第9話 新たな仲間

「お、まっ……誰だよお前!?!?」


 先に我に返ったのは、以外にも槍矢そうやの方だった。こういう時、割と頭で考えていない人物の方が立ち直りが早かったりする。

 遅れて槍矢の声にハッとした刀也とうやも、目の前の人物に対して警戒態勢に入る。見た目は普通の人間で、さらには先ほど『かく』を破壊したと口にしていた。つまり仲間の可能性が一番高いわけだが、本人の口から何も語られない以上は警戒しておくに越したことはないだろうという判断だったのだが。


「…………熊田くまだ慎也しんや

「いや名前かよ!!」


 そうじゃない! というツッコミは、とりあえず今は置いておくとして、だ。上下真っ黒な服装で、黒髪はスポーツ刈りよりも少し長めのツーブロック。その上かなりの高身長な上に少しだけ目尻がツリ上がっているので、ただ立っているだけでもかなりの威圧感がある。人によっては怖がられてしまうだろう。

 だが。


「確かに誰かって聞いたけどな!? そうなんだけどな!?」


 槍矢の物怖じしない性格のせいか、それとも本能的に危険はないと判断したのか。なぜか突然現れた人物につかつかと歩み寄っていく。その後姿は、まるで警戒心剥き出しの猫のようにも見えるのだが。

 行動が、明らかにかみ合っていなかった。


「っつーか! 今お前、燃えてる『異形いぎょう』に手ぇ突っ込まなかったか!?」

「…………心頭滅却すれば、火もまた涼し」

「なるほど、一理ありますね」

「んなわけあるかぁ!!」


 槍矢の鋭いツッコミが冴えわたる。まさか見ず知らずの男の言葉に刀也が乗るとは思っていなかったので、思わず口をついて出てしまったのだ。

 この場面だけを誰かが見ていたら、おそらくこう聞かれることだろう。


「何のコントだ?」


 と。

 ちなみに言ったのは、現れた木馬きばだが。


「オッサン! なんかこいつらおかしいんだけど!?」

「いえ。実際に刀が溶けてしまったのは、僕の想像力不足ですから。そういう視点も必要だろうという意味では、やはり一理あるんですよ」

「なんか頭良さそうだけど意味わかんないこと言い出したし!!」

「おーおー。絶好調だなぁ」

「これ見て出てくる感想それか!?」


 一気ににぎやかになったが、熊田慎也と名乗った男はこの間、一言も喋ることなくそこに立っていた。むしろ二人の前に現れてから、口を開いたのは三回だけだという方が驚きだろう。無口にもほどがある。


「それで? 木馬さんたちが落ち着いているということは、彼もまた仲間、という解釈でいいんですか?」


 さすがに放っておくのは忍びなかったのか、それともいいタイミングだと思ったのか。突如現れた謎の男について、なにも言及してこない木馬たちに問いかけたのは刀也だった。


「ま、そんなとこだ。母親の実家で修行してて休学してたんだけどな。お前らと同じ高校生で、しかも同級生だ」

「マジかよ!?」


 見た目からして明らかに年上だろうと思っていた槍矢は、同じ高校生である以上にその年齢に驚いていた。何せ一年前は中学生だったなどとは思えないし、誰に聞いてもそんな答えはきっと返ってこないだろう。あまりにも落ち着きすぎているので、実は普段から年上に見られやすいのがこの熊田慎也という男だった。

 そんな実は同級生だったという男を刀也は横目で一瞥いちべつしてから、またすぐに木馬へと視線を向けると真剣な表情で問いかける。


「今の木馬さんの説明だけでも、聞きたいことは色々ありますが。とりあえずまずは、今後は三人で動けるという解釈でいいですか?」

「あぁ。本人もそのつもりで、この街に戻ってきたんだ。もともとお前らが能力に目覚める前に、ホントに弱っちい『異形』を一人で退治してたのは、慎也だったからな」

「え!? 『異形』って最近になって現れたんじゃないのか!?」

「本格的なヤツはそうだな。けどまぁ、正直『けがれ』なんてのはどこにでも存在してるんだよ。それに人間の負の感情が合わされば、即席の『異形』の完成ってわけだな」

「お手軽すぎないか!?」


 だが実際、慎也は幼いころから一人『異形』に立ち向かっていたのも事実だ。本人は未だに口を開こうとはしていないが。


「『気穴きけつ』ができるかどうかは、土地で言えば火山ができるかどうかって話だからな」

「いや、火山はそう簡単にはできねぇよ?」

「じゃああれだ。人間に例えたらニキビだ。ほら、ある日突然できるだろ?」

「あぁ、なるほど」

「その説明でいいんですね。そして君も、それで納得してしまうんですね」


 少々呆れ顔の刀也ではあったが、確かに木馬の例えは分かりやすいものだった。実際体が疲れていたり悪いものが溜まっていたりしない限り、基本的に思春期でもなければそういったものができることはないはずなのだから。


「けどそれに比べて、小っちゃな『穢れ』ってのはどうしても自然に生まれるもんなんだよ。けど力が弱いから大量に生まれてこない限りは、一つの街に対処できる人間が一人いれば十分だってことだな」

「へぇ? そういうもんなのか」

「君は何でも素直に信じすぎです。少しは疑うことを覚えることをお勧めしますよ?」

「え? オレもしかしてだまされてる?」

「さぁ? 真実は僕たちには分かりませんからね」

「ちょ! そういう惑わせるようなこと言うなよ!」

「いやぁ……説明しといてなんだけど、ぶっちゃけ俺としても槍矢はもう少し色々疑った方がいい気がするな」

「オッサンまで!?」

「だから! オッサンって言うな!!」


 三人で進む会話を、ただ眺めているだけの一人の長身の男。この構図だと、ひとり不審者がいるようにも見えてしまうだろう。何せ平時でも少々目つきが悪そうに見えてしまうのに、さらに無言のままじっと三人を見続けるだけというのは、いかにも怪しい。怪しすぎる。

 ただ、この熊田慎也という男。実は無口なだけというのが、実際のところなのだが。


「それで? とりあえず今日はもう遅い時間なので、自己紹介だったり詳しい話だったりは後日でも大丈夫ですか?」

「それ、俺たちにも同席しろってことか?」

「当然ですよね? むしろ説明義務があるのは木馬さんたちの方じゃないですか?」

「ソウデスネ」


 どうにも刀也に弱い木馬ではあるが、確かに慎也に説明させるのは筋が違うのだろう。それ以前に、慎也が果たしてちゃんと説明できるのか、という疑問もあるのだが。


「どこかの昼間に集まりましょう。夜はきっと『異形』が現れるので、時間なんて取れないでしょうし」

「あー……。じゃあ、こっちで大人数集まれそうな店予約しとくわ。ちゃんと学生が入っても大丈夫そうなトコ」

「えぇ、お願いします。それと、今日みたいな特殊な『異形』の資料も持ってきてもらえると嬉しいです」

「そうだな。対処法は早いとこ知ってた方がいいもんな」


 刀也と木馬が二人で話を進めている間、手持ち無沙汰になった槍矢はふと新しい仲間になった慎也を見上げてみる。槍矢自身も割と背が高い方で一七八センチあるのだが、それよりもさらに目線が高いということはおそらく慎也は一八十センチは優に越しているだろうということが分かる。ちなみに刀也は一六五センチで、高校生男子としては平均よりも少し背が低いことを気にしているような節があるのだが。考えてみたら刀也と慎也が並んだら二十センチほど差があるのではないかと、ふと思ってしまったのだ。もちろん刀也にそんなことを言うつもりはないのだが。


「ってことで、これから三人でよろしくな! ヤ組」

「はぁ!?」


 全員の名前の最後が「や」で終わるという、ある意味奇跡のような三人は。


「結局そのままかよ!! ってか、オッサン知ってて名前つけただろ!?」

「当然だろ? っつーか、いい加減オッサンって呼ぶな!!」


 これからこの街の影の救世主となっていくのだが。

 それを知り得るのは、ほんの一握りの人間たちだけだった。






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