第8話 炎の異形

「オイオイオイオイ!! おかしいだろ! なんだよアレ!!」

「困りましたね……」


 強化系の『異形いぎょう』が出現するようになってから、早数週間。既に夏休みへと突入していた槍矢そうや刀也とうやの二人は、ほぼ毎晩のように『異形のあやかし』退治へと繰り出されていた。

 そんな中、今日の『異形』は明らかに今までとは違っていた。そもそも本来であれば『怒りの異形』より一回りも二回りも大きいのが『憤怒の異形』であるにも関わらず、普通の人間と同じ大きさしかないというのもそうだが。それよりも。


「なんで燃えてんだよアイツ!! 刀也の武器かたなが溶けるほどって、意味わかんねーよ!!」


 そう、文字通り燃えていた。真っ赤な炎を纏っているのか、それとも『異形』自体が炎なのかは判別がつかないが。ただ時折火の粉を飛ばしながら、全身に炎の顔を揺らめかせていることだけは肉眼でも分かった。


「物理法則を考えて、刃こぼれはしにくいような素材を考えていましたが……。まさか溶けない刀を考えるべきだったとは、予想の範疇はんちゅうを大いに超えすぎていますね」

「っつーか、リアルに考えすぎだろ!! なんで武器が溶けるんだよ!?」

「刀ですからね。むしろ君の銃が一切溶けない方が、僕には不思議です」

「本物じゃねぇからな!! もうちょっと現実から離れた想像しとけよ!!」

「無茶言いますね」


 だが今回ばかりは、自分の想像力の欠如だと刀也は理解していた。この可能性も考えておくべきだった、と。

 そもそもにして何かを想像するときに、どうしても現実的な部分を重視してしまうのはある意味刀也の利点でもあり弱点でもあった。今回はそれが結果、弱点になってしまったということなのだが。


「どうすんだよ。いくらここが異空間だからって、手あたり次第破壊されたんじゃどうにもならねぇよ?」

「隠れる場所が無くなるのは、さすがに困りますね」


 憤怒に対して、真正面から突っ込むのは得策ではない。そんなことは馬鹿のすることだ。それは彼らも一度対峙して、よく分かっていた。

 だが今回は不意を突いたところで、相手は熱すぎる『異形』。槍矢が遠くから運よく『かく』を撃ち抜かない限りは、そうそう近づくことすら出来ない相手なのだ。


「せめて『核』がどこにあるかさえ分かってれば、狙い撃つことも出来るんだけどな」

「すみません。今回は四肢を切り落とすのは難しそうです」


 毎回基本的に体の末端から切り落として行って、再生される部分から『核』の在りかを探るのが彼らの戦法だったのだが。今回ばかりは、その方法が使えない。そもそもにして前衛であるはずの刀也の武器が一切機能しなくなってしまった以上、持久戦を余儀なくされてしまったのだ。二人だけでそれは、正直時間がかかりすぎる上につらい。


「武器さえ出してれば身体強化できるとはいえ、熱いもんは熱いんだよなぁ……」


 両手に持つガン・コントローラのような銃を見つめながら、槍矢はポツリと呟いた。実際今の状態の二人は、ちょっとやそっとのことでは傷一つつかない。かなりの負荷がかからなければ怪我もしないし、屋根の上に一足飛びで上がることだって可能だった。

 だが槍矢の言う通り熱いものは熱いし、本能的に目をつぶりたくなるし呼吸も止めたくなる。こればっかりは、どうしようもなかった。


「囮になることぐらいなら、できますよ?」

「体力が持たないだろ、それ」


 溶けてしまった刀身を見てため息をついた刀也が、仕方なさそうに納刀のうとうしながら口にした提案を。珍しく槍矢の方が正論を口にして、一刀両断する。

 そもそも『異形』は人ですらないのだから、スタミナという概念がない。単純に朝日が昇れば消えてしまう、ある種幻のような存在なのだ。

 対して二人は、ただの高校生。木馬きばたちよりは体力はあるかもしれないが、無尽蔵ではない。持久戦など、本来は明らかにこちらが不利になるのだ。望んでやるべきではない。


「それなら今日倒すことを諦めて、仕切り直しますか?」

「朝までコースかよ。それもきっついなぁ。逃げ続けるってことだろ?」

「そうですね。でも現状倒しきれる算段が付かない以上、明日までに対策を考えてくるというのは有効な手段ではありますよ?」

「そうだけど……」


 う~んと唸る槍矢の懸念は、次に『異形』がどこに現れるのかが分からないという点にあった。もちろんたった一日で対抗策が思い浮かぶのかも、確証がない以上賭けのようなものなので懸念材料の一つではある。だがそれ以上に、これだけ強化された『異形』が翌日人々の目の前に現れたら?

 一般の人々には『異形』の姿は一切見ることができない。視認できないだけでなく、気配も感じられないのだという。時折勘のいい人物はいるようだが、それでもその存在を認識できるほどではないのだ。そんな人々の前に、これだけ強化された『憤怒の異形』が現れれば。急に道路や建物が壊れたように見えることだろう。

 そしてその時には、一体どれ程の被害が出る?


「君が考えていることは分かります。ただ今日僕たちが倒せないのであれば、結果は同じなんですよ」

「そうなんだよなぁ。その通りなんだよ」


 だが同時に、その『憤怒の異形』を倒せる可能性があるのもまた自分たち二人だけだということを、嫌と言う程理解していた。

 その自分たちが、仮に今日ここで倒れてしまったら? 明日以降一体誰が、この街を守ってくれる?

 大切な人たちも積み上げてきた思い出も、全て破壊されてしまうのは目に見えている。だからこそ、戦略的撤退も必要だろうと刀也は言うのだ。そしてそのことは槍矢も理解していた。理解しているからこそ、すぐに手を打てない今がもどかしい。


「しょうがねぇよなぁ……」

「えぇ。仕方がないことですし、被害は最小限に抑えられるよう木馬さんたちと話し合いましょう」

「だな。それが一番――」


 いいな。と賛同しようとした言葉は、しかし最後まで続かなかった。『憤怒の異形』に見つかったわけでもなければ、隠れていた場所が破壊されたわけでもない。

 だが。


「おい……オイオイオイオイ!! 今一瞬、異空間が解除されなかったか!?」

「……そう、ですね」


 明らかに、人の気配が。車の音が。感じるはずのない、聞こえるはずのないこの場所に存在していた。それは本当に、一瞬と呼ぶべき僅かな時間で。

 けれど『異形』を倒していないのに、異空間が解除される理由がない。少なくとも彼らには思い当たらなかった。それがあまりにも、不穏すぎて。


「何か、問題が起きたんでしょうか?」

「いや、だってっ……『異形』はまだここにいるんだぞ!? まさか、他にもいたってのか!?」

「その可能性は……否定できないかもしれませんね」


 閉じ込めている『憤怒の異形』だけではなく、異空間の外でもう一体別の『異形』が発生していたのだとすれば、確かに納得できる。

 だが同時に、この状況でさらに一体追加、などということになれば……。


「冗談だろ? さすがに相手できねぇよ、そんなの」


 二体同時に『異形』が発生するものなのかどうかも彼らは知らないが、少なくともそれが事実だとすればもはや絶体絶命である。たとえもう一体が普通の『異形』だったとしても、『憤怒の異形』から逃げつつ見つからないように処理するなど、ほぼほぼ不可能なのだから。


「クソッ! いっそのこと二手に分かれるか?」

「そうですね。その方がいいかもしれません」


 その場合、どちらが目の前の『憤怒の異形』を相手にすべきなのか、だが。もう一体の有無を調べなければならない以上、今現在戦える槍矢が確認に行く他方法はない。先ほど『憤怒の異形』に刀を溶かされてしまった刀也では、戦う術がないのだ。

 鞘に納められた刀を見せてくる刀也に、嫌でもそのことに気付かされる。苛立ちを隠せずに乱暴に髪をかきむしる槍矢だが、やがてゆっくりと脱力してゆっくりと息を吐いて。


「分かったよ。問題なければ、すぐに戻ってくる」

「えぇ。気を付けてくださいね」

「刀也こそな」


 二人真剣に視線を交わして、頷きあう。そのままそれぞれ反対の方向へと駆けだそうとして。

 けれど、現実には二人とも動かなかった。

 正確に言えば、動けなかったのだ。真横を通り過ぎた黒色と、いるはずのない『麒麟きりんひづめ』のメンバー以外の人の気配。

 そして。


「『核』の破壊、完了」


 なぜか目の前で『憤怒の異形』の胸元に、拳を直接突き立てている男の姿に。

 現実でありながらあまりにも非現実的過ぎる光景に、二人ともが目を見開いて固まってしまっていたのだから。




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