第7話 作戦会議

「で? どうすんだ?」

「どうするも何も、僕たちに出来ることを今まで通りやっていくしかないでしょうね」


 翌日の放課後。珍しく槍矢そうや刀也とうやの部屋にいた。名目上は勉強を教えてもらうためだが、実際には今後の対策と方針についての、いわば作戦会議のようなものだった。


「っつーか、オレ一人じゃ『嫉妬の異形いぎょう』は相手できない場合もあるんだよなー」

「常に狙われますからね」

「でも刀也が一緒にいるとは限らないからなー。暗くなる前に帰りはするけど、さっ」


 自室だというのに高級そうなソファがあるあたり、部屋の広さと家の裕福さがよく分かるのだが。慣れてしまった槍矢は、もはや自宅のようにくつろいでいる。今だってソファの背に頭を預けて天を仰ぐようにして愚痴ったかと思えば、そのまま勢いよく姿勢を正し。


「遠距離専門なのに距離取れないとか、まとがデカすぎて意味がないとか、やめて欲しいよなーホント。はぁ……。あ、いただきます」


 言いたいだけ言って、ため息をついたかと思えば。すぐに出された茶菓子に手を伸ばしていた。

 ちなみに今日のお茶請けは、一口サイズのマドレーヌ。これが意外と、冷たい麦茶と合うのだから驚きだ。


「君の場合は二丁拳銃なので、ある程度は何とかなると思いますけどね」

「んー。昨日のあれが続くんなら、無理じゃね?」

「大きいだけなら、君が言った通り的でしかないんですよ。僕は逆に、動きが早すぎる『異形』が出てきたら嫌だなと思ってますけどね」

「うわっ、確かに! それヤダなー。撃っても弾当たらなそー」

「あと逃げられる可能性が高いので。そういう意味では、逆に小さすぎるのも嫌ですね」

「なんでそういうオレに不利な条件ばっかり出すわけー?」

「その対策を考えるのが、今日の目的だからですよ」


 ジトっとした目で見られて、槍矢はうっと言葉に詰まる。マドレーヌに伸ばしかけていた手が、空中で不自然に止まってしまった。

 刀也の言う通り、今のうちに不利な条件の相手の対策方法を考えておかなければ、その時に対処できませんでしたでは困るのだ。何よりこれはゲームではなく現実なのだから、下手をすれば彼ら自身が命を落としてしまう。だからこそ、そうならないために必要なことだと集まったというのに。


「っつーかさ。単純に考えて、街を守るのに二人だけって……少なくね?」

「その意見には、全面的に同意します」


 しかもまだ高校生になったばかりの未成年が。一応危険手当なのかは分からないが、討伐の報酬としてかなりの金額はもらえるとはいえ、だ。明らかに二人だけでやる仕事ではないだろう。

 だがそもそも能力に目覚めていなければ、何もできない一般人でしかない。何なら木馬きばたちだって、戦闘に関しては一般人とあまり大差はないのだ。

 戦えるのが二人しかいない。

 命に関わることだから仕方がないとはいえ、かなりの重労働であることに変わりはないのだ。


「個人的には、もう一人前衛が欲しい」

「そうですね。バランスを考えるのであれば、それが適切でしょうね」


 『異形』に狙われやすいが援護が得意な後衛の槍矢と、家族に『憑かれやすい』タイプがいるため基本的に狙われにくい前衛の刀也。二人だけだと考えれば、それなりにバランスは悪くない。だが欲を言えば、増やせるのなら増やしたいと思っているのは両者とも同じだろう。

 もっと言ってしまえば、おそらくは一番増えて欲しいと思っているのは『麒麟きりんひづめ』のメンバー全員だ。


「何だっけ? なんか、年齢制限があるとか言ってたよな?」

「体力勝負だからなのか、十代からしか選ばれたことがないと最初に言われましたね」

「それって全員未成年ってことだろ? いいのか? 時代的に」

「こんな説明できない能力に、時代も何も関係ないんでしょうね。そもそも平安時代には既に『麒麟』は組織として存在していたらしいですし。その頃の現役を考えれば、妥当だったんじゃないですかね?」

「うげっ! なにそれ。千年前って、十代で働いてたわけ?」


 早ければ十二歳で元服げんぷく裳着もぎという成人を迎えていた頃を考えれば、確かに刀也の言う通り高校生が選ばれるのは妥当だろう。むしろ千年前など数え年での話なので、現代で言えば十一歳だった可能性も否定できないのだから。


「まぁ、今それを言っても仕方のないことですし。それよりも本題に戻りましょうか」

「いや、戻ったところでそう簡単に対処法なんて出てこねぇんだけど?」

「だからこそ、考えておくべきなんです。もしも今日そんな『異形』が出てきたらどうするんですか」

「え、困る」


 むしろ「困る」どころの話ではない。自分たちの命どころか、この街の危機なのだ。


「なら真剣に考えて下さい。少なくとも『嫉妬の異形』に関しては、君を囮にすれば何とかなるんですから。それ以外で」

「ちょっ!! 待て待て!! なにナチュラルに人のこと利用しようとしてんの!? こわっ!! お前こっわ!!」

「でも事実ですよ?」

「事実かどうかじゃなくて! っつーか、そこで首かしげんな!! 心底不思議そうな顔するなよ!! 本気で怖いわ!!」


 槍矢がそう思うのも無理はない。何せ刀也の言葉は、全て本心なのだから。彼は至って真面目で、至って本気である。

 だからこそ、彼の口からはこんな言葉が飛び出すのだ。


「それなら、他に何か良い手はありますか? 一応言っておきますけど、一般の人の『憑かれやすい』体質の人を囮にするのは、なしですよ?」

「当たり前だバカ!! そもそも囮作戦をやめろって言ってんだよ!!」

「じゃあ代替案だいたいあんを出してください」

「だっ……。…………いや、急に言われても……」

「『異形』は前触れもなく、突然現れるんですよ?」

「そう、なんだけど、さ」


 槍矢も刀也の言いたいことが分からない訳ではない。分からない訳ではないが、何となく納得できないのだ。

 そもそも囮にしないといけない時点で、かなり詰んでいないか? と。さらには『嫉妬の異形』にしか通じない作戦の時点で、意味がないんじゃないか、と。


「いいですか? 今ある手札でしか僕たちは戦えないんです。これ以上を望めないのなら、使えるものはなんだって使って最大限力を発揮していかないといけないんです」

「それは、分かってるけど……」

「木馬さんたちもある程度、何らかの対抗策がないかは探ってくれるとは思います。けど結局それを実行に移すのは、基本的に僕たちなんですよ」


 過去の文献や記録から、色々探ってくると言っていた。きっと出てくる『異形』の特徴も、そこでいくつかは予想がつくはずだろう。

 だが。それを倒せるかどうかは、自分たち二人にかかっているのだと。刀也はそう言っているのだ。


「今回は嫉妬だったからこそ、何とかなったんです。でもこれが例えば、前みたいに憤怒だったら? しかもあの大きさだったら?」


 ただでさえ平均的な『異形』よりも大きくなるのが『怒りの異形』だというのに、前に二人が一度だけ戦ったことがある『憤怒の異形』はそのさらに二回りほど大きかった。それでいて異様なほどの怪力で、手あたり次第破壊しながら物を投げてくるのだから。単純なパワーだけでも、十分脅威だった。

 もしも、それが。あれだけの巨大さをもって、街中に急に現れたら。


「……それ、防ぎようなくね?」

「それでも、です。何とか一般の人たちに被害が出ないようにしないといけないんですよ」


 一番手っ取り早いのは、木馬たちに即異空間に送ってもらうことだ。そうすれば現実では建物は破壊されないし、誰に見られることもなく戦える。

 だが現実は、往々おうおうにしてそう上手くはいかないものなのだ。


「考えましょう。今の僕たちに出来ることは、それだけです。それしか、ないんですよ」

「…………そう、だな……」


 今ここで、考えることが苦手、だなんて。さすがの槍矢でも、そんな弱音を吐くことはしない。彼にだって、自覚はあるのだ。


 とはいえ。

 まさか散々頭を使った後に、さらに本当に勉強まですることになるとは。

 この時の槍矢は、まだ予想もしていなかった。


「え? 当たり前じゃないですか。もうすぐ期末試験なのに、大丈夫なんですか?」


 そう言われてしまえば、オネガイシマスと頭を下げるしかなかったのは。果たして彼にとって不幸だったのか、それとも幸運だったのかは分からないが。

 そのおかげで無事試験を乗り切れたことを考えると、何とも言えなくなってしまうのだった。





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