第6話 穢れと気穴

「おー。さっすがー」


 『異形いぎょう』が倒されたことを確認して、どこからか木馬きばたちが集まってくる。倒れた巨大な『嫉妬の異形』を横目で見ながら、槍矢そうやはやれやれとばかりに大きく伸びをした。


「あー、つっかれたー。あぁいうまとがデカいタイプは、足元とか体に張り付いて戦うのがセオリーなのにな」

「お前は今回できなかったもんな」

「少なくとも街中じゃあ、無理だよな。普通の人間には、オレが宙に浮いてるように見えるだろうから」


 このご時世、誰が決定的瞬間をカメラに収めるか分からない。その姿を動画サイトなんかにあげられた日には、それはもう大騒ぎだろう。

 『麒麟きりんひづめ』が対処できないとは槍矢も思っていないし、木馬もできないとは言わないが。それでも手間は少しでも減らすに越したことはない。


「で? なんで急にあんなデカいのが出てきたんだ?」

「その話をしようとしてたんだけどな。完全に話の腰を折られたよな、アレの乱入で」


 そう、元々槍矢は日が沈む前に帰ろうとしていたのだ。そこを尾行して話し合いができそうな場所に誘導したのは、木馬たちの方。しかもかなり重要そうな話だったはずなのだが、本題に入る前に『嫉妬の異形』が出現し攻撃を仕掛けられたのだから。話の続きを槍矢が促すのは、当然といえば当然のことだった。


「話、ですか? なにか今回のアレと関係があるみたいですけど……」


 一方その場にいなかった刀也とうやからすれば、二人が一体何の話をしているのか具体的な内容が分からない。

 槍矢と刀也、二人の高校生に若干首を傾げられながら真っ直ぐに見つめられた木馬は、僅かに言葉に詰まった。彼にとっては少々、純粋過ぎたのかもしれない。


「あー……。そう、だな。先にその話だけしておくか」

「なんか、最近の出現回数からして強化系の『異形』がとかなんとかって言ってたよな?」

「そう、それだ。お前らも気付いてるんだろ? 最近の『異形』の出現率が高くなったこと」

「少なくとも、以前よりはかなり頻繁にはなりましたね」


 実際二人が能力に目覚めた頃は、一週間に一度現れるかどうかというものだった。それがここ最近は、ほぼ毎日のように出現している。

実はそのせいで、槍矢はここのところずっと早めに家に帰ろうとしていたし、刀也に至っては今日の妹との約束の時間を少しずらしてもらっていたりする。彼は今、稽古がなかった代わりに自主練習として走りに出ていることになっているのだ。

 ちなみに妹の陽芽歌ひめかは、兄との勉強の時間を楽しみにしながら優雅にバスタイム中である。


「どうやら『気穴きけつ』から出ている『けがれ』の量が増えてるらしくて、その影響を『異形』も受けてるらしい」


 この場合の『気穴』とは、鍼灸はりきゅうのことではない。気の流れの中に出来た、『穢れ』を吐き出す穴のことを『気穴』と呼んでいるのだ。


「あれだろ? なんか、火山の噴火口みたいな感じで『ケガレ』が煙みたいに出てるってヤツ」

「そうそう、それだ。その『気穴』から噴き出す煙が、ここ最近異常に増えたって思ってくれればいい」

「つまり今まで以上に『穢れ』が出てくることによって、今日みたいな『嫉妬』や他の強化系の『異形』が出てくる可能性が高くなった、ということですか?」

「お! さっすが刀也! 理解が正確かつ早いから、助かるわ」


 正直なところ、槍矢はあまりよく理解していない部分もある。何度説明されても、どうやらピンと来ないらしい。

 だが刀也は違った。一度聞いただけでほぼ全てを理解し、時にはかみ砕いて槍矢に説明もしてくれる。木馬たちにとっては、そういう意味でもありがたい存在だろう。


「オレにはよくわっかんねーけど、刀也が理解してるんだったら別にいいや」

「君も理解すべきことなんですけどね」

「いーじゃん。さすが一組! 秀才は違うよな!」

「今ここで学校は関係ないと思いますけど?」


 彼らの通う高校は、一組は秀才が集う進学コース、二組は運動ができるスポーツコース、三組以下はそれぞれの成績や能力、そして家柄で振り分けられるという伝統があるのだが。今ここでその話を持ち出すのは、確かに余談でしかない。理解力の差に関係が無いとは言い切れないが。


「ま、そーゆーコトだから。今後割と厄介になる可能性もあるから、こっちもなんか対策考えるけど。お前らも、気をつけろよ?」

「具体性がないですね」

「しょーがねーだろ? まだこれから詰めるところなんだから」

「原因は?」

「まだ調査中。けどもしかしたら、火山と同じで噴火前みたいなもんなのかもな」


 それはつまり、一気に大量の『穢れ』が噴き出す可能性があるのと同時に。そこまで行ってしまえばこの『異形』の出現も落ち着くかもしれないという、一つの希望でもあった。


「『気穴』の場所の特定は、まだできていないんですよね?」

「大体の場所の目星はついたけどな。でもまだ完璧じゃない。ぶっちゃけ『気穴』の大きさも、まだどのくらいかは分かってないからな」

「分かってもすぐに直接攻撃できないんだろ?」

「あったり前だろ! 誰が噴火口に刺激与えるんだよ! 聞いたことねぇよ、そんな無茶苦茶な話!」


 ちなみに『気穴』が判明した途端、一斉に攻撃を与えた記録は『麒麟の蹄』に残っている。けれど現在それを推奨しないということは、ことだ。結果など想像にかたくない。


「木馬さん! お待たせしました、終わりましたよ」

「よっし。じゃ、帰るか」


 普段よりも多い人数で調査にあたっていた内の一人が、駆け寄ってきて報告する。既に切り捨てられた『異形』の体は、端の方からじわじわと黒いモヤとなって消え始めていた。


「送ってけよ?」

「当たり前だ。こんな時間に高校生を一人で歩かせるか」

「僕は近くの公園まででお願いします。ランニングに出かけると言ってあるので」

「あー。だからそんな動きやすそうな格好してたのか」


 普段は私服でさえキッチリと着込むタイプの刀也だが、今日は珍しく動きやすそうな運動服だった。駆け付けた時点で戦闘中だったので聞かなかったが、実は槍矢は少しだけ気になっていた

のだ。おかげで疑問が解決して、スッキリした顔をしている。


「君はむしろ、なんでこんな時間まで制服なんですか? どこを出歩いていたんですか」

「いやいや、オレの母親でもそんなこと言わねぇよ。普通に友達と遊んでたの。暗くなる前に帰ろうとしてたけど、知り合いに尾行されてたんだから仕方ないだろ?」

「……木馬さん。せめて一度家に帰してからの方が良かったんじゃないですかね?」

「うん、まぁ、そこは悪かった。けどほら、実際急ぎだったし」

「それは結果論ですよね? 確かにそのおかげで早期に食い止められましたけど、一応僕たちまだ高校生なんですよ? 遅くなると補導される年齢なんですよ」

「ハイ、スミマセン」


 なんだか最近、毎回謝ってばっかりだなぁと思う木馬ではあったが。それでも刀也の言葉は正論でしかないので、素直に頭を下げる。間違いをちゃんと認めて謝れるのだって、大人として大切なことだろう。

 ただし。これが正しい見本かどうかと聞かれれば、是とも非とも答えにくいところではあるが。


「にしてもさ。これ毎日ってなると、さっすがに面倒だよな」

「そうですね。夏休みに入るとはいえ、こう呼び出されてはいつか家族に不審に思われそうですし」


 木馬たちが異空間を解除する準備をしているところを何とはなしに見ながら、二人並んでため息をつく。

 大立ち回りをしていたり、大人たちを言いくるめたりしているが、実際には彼らはまだまだ高校生。しかもまだ入学して半年ほどの一年生なのだ。昼は学校もあるし、宿題だってある。友達付き合いだって大事だし、家族との時間だって必要だろう。


 だがそれでも、文句は言えども駆けつけないなんてことはない。

 それは彼らが一番よく知っているからだ。この街を守ることが出来るのは、自分たち二人しかいないのだということを。


 大勢の人の命を、生活を守るなど、一介のただの高校生が背負うようなものではない。だが二人はそれでも、背負わざるを得ないのだ。

 それが、能力に目覚めてしまった者の定めなのだから。




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