第5話 嫉妬の異形

 声というにはあまりにもおぞましく不快な音を発しながら、大きな体をのたうち回らせている『異形いぎょう』の右腕。その肘あたりから先が、なくなっていた。


「……刀也とうや、仕事早くね?」

「あれだけ大きい『異形』を相手にするのなら、最初は不意打ちでも問題ないでしょう?」

「いや、まぁ、そうだけど」


 並んだ二人の視線の先で、のたうち回っていた『異形』の腕が唐突に生えてくる。その様子に刀也は日本刀の鞘を握り直し、槍矢そうやは右手の銃を肩に担ぐように乗せた。

 余談だが、彼らが並び立つときには決まって右側が槍矢、左側が刀也になっている。それは利き手がお互い右であるために、槍矢は日本刀を武器にする刀也が鞘から刀の刀身部分を引き出しやすいように、そして刀也もまた槍矢の動きを邪魔しないようにと、お互いのことを思い遣った結果なのだが。いつの間にかそれが彼らの定位置になっていた。


「で? どうする?」

「ひとまず少しずつ削ってみます。今ので右腕の肘から先には『かく』がないことが証明できたので」

「りょーっかい。じゃあオレ、あいつ引き付けてくるわ」

「それならこの先に大きな公園がありますから、そこに誘導しましょう。どちらにしても、ここでは戦いにくいですから」


 それは結界や異空間を作り出すにしても、という意味も多分に含んでいたのだが。それを聞くべき人間は、残念ながらここにはいない。


「あー、あのでっかい池がある公園か。なるほど。じゃあ、オッサンたちに先回りよろしくって伝えといて」

「えぇ。頑張ってくださいね、囮役」

「おー……いや、一言多いだろ」


 そう言いながらも、二人は一瞬だけ目を合わせて不敵に笑って。そのまま示し合わせたかのように、それぞれ別の方向へと散っていく。


「おいこら『嫉妬』! お前オレが羨ましいんだろ? ほら! 来いよ!!」


 声を上げて、自分に注意を向けさせる槍矢。上に向かっているということもあるが、下はかなり車の通りが多いおかげで、その声が他の見知らぬ人へと届くことはない。

 だが、『異形』にとってはその声が全てだった。雑多な音など一つも気にすることなく、正確に槍矢の声を拾いその姿を追いかける。もしかしたら槍矢のその声すら、この『異形』からすれば嫉妬の対象なのかもしれない。

 そうして槍矢が『異形』を目的地へと誘導を始めている間に、刀也は素早く木馬きばの元へ降り立つ。


「遅くなりました」

「いや、助かった。で? あいつはどこへ向かってるんだ?」

「この先の大きな公園へ。なので先回りして、すぐに異空間へ移動できるようにしておいて下さい」

「よっしゃ。任せろ」

「お願いしますね。僕はもう少し、アレの『核』の在りかを探ってみます」


 手短に用件だけ伝えると、刀也は再びビルの屋上へと飛び上がった。その後姿を見送ってから、木馬は全員に指示を飛ばしつつ自らも目的地の公園へと急ぐ。

 一方一人で『異形』を惹きつけている槍矢は、長い手足をもつ『異形』の想像以上のスピードから逃げるのに精いっぱいで、なかなか反撃に出られずにいた。それを見かねたのか、刀也は槍矢を追いかけている『異形』めがけて後ろから飛び掛かり、今度は右側の膝から下を切り落とす。途端バランスを崩し倒れ込む『異形』に今が好機とばかりに、今度は槍矢がその頭に容赦なく弾丸の雨を降らせる。


 が。


まとがデカすぎて、逆に一か所削るだけで終わるだろ! こんなの!」


 撃っても撃っても、一向に見つからない『核』。それどころか何十発と打ち込んだところで、小さな風穴一つ開けることができるかできないかというレベル。

 さらには刀也も追撃を加えているが、右の肩、左足、左手首と切り落としたところで、ほどなくして復活してしまう。


「ゾンビなら頭撃って終わりなんだよ!! ホントにお前らしぶとすぎだろ!!」


 逆に言えば、手足や頭付近には『核』がないことを証明できたとも取れるが。一番面積の多い胴体部分から小さな『核』を探し出すことは、正直なところ容易ではない。


「槍矢!」

「刀也! これラチがあかねーよ!」

「えぇ。これ以上派手に戦闘も出来ませんし、そろそろ木馬さんたちも配置についたはずですから」

「じゃあもう、真っ直ぐ公園に向かっていいんだな!?」

「そうして下さい。危なくなりそうだったら、僕がまた後ろから足を切り落とすので」

「そうしてくれ! オレは次首あたり狙うから!」


 一瞬だけ並走した二人は、数十秒にも満たない時間で短く会話を交わす。内容は最低限の必要事項と、最後に少しだけ他人が聞いていたら物騒な言葉をお互い残して。


「んじゃ!」

「えぇ。また後で」


 槍矢は予定通り、公園へと足を向ける。時折振り返りながら両手の銃から弾丸を放つのは忘れていないが、戦うよりも誘導をメインに。

 刀也は告げた通りに、逃げる槍矢に追いつきそうになった『異形』の足や腕を切り落とす。それは時に残酷なほど正確に、腕や足の付け根から先を全て奪うほどに。

 けれど『異形』は止まらない。何度でも手足を再生させながら、槍矢だけを見て追いかけ続ける。切り落とされた断面は真っ黒で、その先は何も見えないが。光すら飲み込んでしまいそうな暗さが、いっそう不気味さを引き立てていた。

 だが既に慣れ切ってしまった二人には、そんなものは些細なことだ。むしろ槍矢に至っては、そんなことを気にしている暇すらない。何せあの大きな『異形』に狙われている、張本人なのだから。


「なんでこいつらホント、こんなにしつこいんだ、っよ!!」


 悪態をつきながらも時折振り返っては弾丸を放ち、時には人間離れしたアクロバティックな動きで宙を舞いながら、手を伸ばしてくる『異形』の攻撃をすり抜ける。

 そんな槍矢を援護する刀也は、伸ばされた『異形』の手が彼に届く前に切り落とし。巨大な顔から放たれるレーザーのような攻撃の気配を感じ取ると、素早く足元に潜り込み足首や膝を切り落とす。そうすることでバランスを崩させ、時には打ち出される前に攻撃を止め、また時には放たれた攻撃を何物も存在しない空へと軌道を逸らしていた。

 見事な二人の連携により、槍矢と『異形』の距離を適当に保ちつつ。つかず離れずのような距離感で、徐々に徐々に目的の場所へと誘導し。

 そうして、二人と一体が完全に公園の中へと足を踏み入れたと同時に。待ち構えていた木馬たちにより、異空間へと転移させられた。


 その、瞬間。


「これでようやく……思う存分暴れられる!!」


 逃げ回っていただけだった槍矢が、今度は狩る側へと変わる。伸ばされた『異形』の手をすり抜けて、その胸元へと張り付き。


「食らえ!!」


 弾数制限のない両手の銃からは、無数の弾丸が放たれる。それはようやく、巨大な『異形』に風穴を開けるほどで。


「機嫌が悪そうですねぇ」

「あったり前だろ!! こんなストーカー、オレはごめんだね!!」


 先ほどまでのうっ憤を晴らすかのような槍矢の行動に、刀也は苦笑はしていたものの。確かに自分の姉に同じことをされれば、今以上にこの『異形』を切り刻んでいただろうなと思うので、それ以上は言及しなかった。

 だが交わされる言葉に反して、本当に冷酷なのは刀也の方だった。彼は何でもないかのように『異形』に近づき、槍矢が動きを止めている間に当然のようにその胴体を真っ二つに切り捨てたのだから。


「う、っわ! ちょ、バランス崩れるから! 切るなら切るって言えよ!」

「切りました」

「事後報告やめろって!!」


 腹部から綺麗に上下に分かれてしまった『異形』は、上半分が地面へとずり落ちるように傾いていき。そこに張り付いていた槍矢は、急いでそこから離れることで難を逃れた。


「おいこら! 危うく下敷きになるところだっただろうが!」

「そうでもなさそうですよ? ほら、見て下さい。どうやらアレの『核』は、下段にあるみたいなので」


 切り落とされた上半身部分は、黒いモヤのような物を残して消えていく。だが残された下半身部分からは、また新しい体が生えかかっていた。


「うーっわ、最悪」

「今度は縦に真っ二つにしてみましょうか?」

「お前ホント、そういうとこ容赦ないよな」

「アレは生物じゃないですからね。害しかないなら、切り捨てればいいんですよ」

「経営者の息子こえぇよ!!」


 けれどその提案にノーは出さない。なんだかんだ言いながら、槍矢もそれが一番手っ取り早いと分かっているからだ。

 そして何より、復活する前にとどめを刺してしまうべき、という暗黙の了解の元。


「させるか、よっ!!」

「切る部分は少ない方がいいですからね」


 完全に上半身が生えるよりも先に、今度は宣言通り縦に真っ二つにされた『異形』の下半身。

 そうして文字通り小さく切り刻んでいった先で、ほんの僅かに見えた『核』に。槍矢が正確に弾丸を打ち込むことで、巨大な『嫉妬の異形』との戦闘が終了した。





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