第4話 異形の核

 夏ともなれば日も長く、午後六時をとうに過ぎたというのに未だ外は明るく照らされている。

 友人たちとゲームセンターに寄り道していた槍矢そうやも、まだ明るいうちに家路につくことが出来ることを内心ありがたく思っていた。


「ホントにサンキュー! ソーヤのおかげで予算半分もいかずにゲットできちゃった!」

「ならよかった~。また次があったら遠慮なく声かけて?」

「もーホント、そういうとこカッコイイよねぇ」

「もっと言ってもっと言って」

「あはは! 欲しがりー!」


 楽しそうに歩く彼らは、どう見ても普通の高校生だった。街行く人々からも、そうとしか映らなかっただろう。

 だがこの時、槍矢は既に気付いていた。自分たちからかなり離れた後ろを、見知った顔ぶれがまるで追いかけてくるかのように歩いていることに。


「じゃあソーヤ、俺らこっちだから」

「おー。両手に花じゃん」

「俺に全く興味がない花たちだけどな!」

「あはは! 確かにー!」

「自分で言っといてなんだけど、否定されないの地味に傷つくから!」


 そんな軽口を言い合いながらも、また明日と手を振って。離れて行くクラスメイトたちは、なんだかんだ楽しそうに笑っていた。

 その姿をある程度見届けてから、槍矢もまた歩き出す。ただし、自宅とは別の方向に。


「連絡は、きてなかったはずだけどなぁ?」


 小さく呟いて、左手の腕時計を確認する。『麒麟きりんひづめ』から支給された時計だったが、当然のようにいくつかの機能が備わっていた。例えば今ならば、文字盤にある小さなライトが警戒を表す黄色や、危険を表す赤色に光っていてもおかしくはないはずだった。基本的に証拠を残さないように、そういったやり取りでしか意思の疎通をしていないはずの組織なのだから。

 にもかかわらず、今も支給された腕時計は単なる時計としての機能だけしか表示されていない。デジタルではないそれは、秒針がしっかりと規則正しく動いていた。


「っつーか、日暮れ前だっつーの」


 そう呟きつつも、時刻は間もなく逢魔おうまが時を迎えるのだと槍矢は理解していた。その証拠に、少しずつではあるが日は傾き始めているのだから。

 多少腑に落ちない部分はあるものの、とりあえず人気(ひとけ)のない路地裏を目指してみる。この時間に高校生がそんな場所に一人で入っていくこと自体、どこか怪しく見えるかもしれないが。それでもとりあえずの危険はないはずなので、自然な動作で横道にれた。


「できれば日が暮れる前に帰りたかったんだけどなぁ」


 しばらく歩いてから、誰ともなくそう呟けば。


「悪ぃ悪ぃ。ちゃんと送ってくから、ちーと時間くれや」

「知り合いじゃなかったら、明らかに犯罪臭がするけどな。この構図」


 後ろから現れたのは木馬きばと、さらに数人の『麒麟』のメンバー。今日は全員派手な柄物シャツを着ているせいで、槍矢が言う通り今まさにそっち系の人たちからカツアゲもしくはリンチに遭う高校生、のような図だった。


「この格好だと下手に誰も近づいてこないからな。こういう時は楽でいい」

「残りは入り口付近でたむろ、だろ?しかもあっちは大学生風だったし。毎回苦労してんだなー」

「割とな」


 苦笑する木馬だが、実際彼らの行動はある意味不審者のようにも見える時がある。何せ一般人には見えないモノを相手にしているのに、その『異形いぎょう』たちは時間も場所も選ばないのだから。

 今回であれば二手に分かれて、この道に入ってこられないようにしている、という所だろう。もしかしたらこの先の繋がっている道の出入り口にも、誰かが配置されているのかもしれない。


「で? オレが『憑かれやすい』って知ってて、この時間まで引き留めるってことは……なんか、あったんだろ?」

「まぁな。むしろかなりの大問題かもしれないからってことで、より『憑かれやすい』お前に先に伝えておこうと思って」


 逢魔が時から日の出直前までは、槍矢のように『憑かれやすい』人間は極力外を歩かないに越したことはない。家は一種の結界のような役目を果たすので、自分から招き入れない限りはそうそう自宅内で襲われたりすることはないのだ。とはいえうっかり窓を開けていたりすると、ある程度の力を持つ『異形』ならば侵入できたりもするのだが。


「大問題って、何だよそれ。嫌な予感しかしねぇよ?」

「大正解だよ。なんたって最近の『異形』の出現回数からして、今度から――」


 メキリ、と。話の途中で上から音がした。

 それと同時に、一瞬で辺りが暗くなった気がして木馬たちが空を見上げるのと、槍矢が自らの武器である銃を出してその場から飛びのいたタイミングは一緒だった。


「ふ、っざけんな!! デカい上にいきなり攻撃とか、何考えてんだよ!!」


 的確に槍矢がいた場所を狙ったらしい『異形』の攻撃は、地面に焦げた跡を残していた。少しでも逃げ遅れていたら、今頃は槍矢が黒焦げになっていたことだろう。そう考えると、悪態の一つでもつきたくなるのは理解できる。基本的に『異形』には思考という機能は備わっていないので、特に何も考えてはいないのが悲しいところではあるが。

 だが木馬は、いたって冷静に言い放った。


「あー……。今度から強化系の『異形』が頻発して出現することになるだろうから、気をつけろよーって言いに来たんだけど、な?」

「言ってる場合か!! しかもコレ『嫉妬の異形』じゃねぇか!! 落ち着いてると思ったら、全部オレに向けさせる気だな!?」

「いや、そこは予想外というか、不可抗力というか?」

「しかも何だこのデカさ!! これどうすんだよ!? むしろ『かく』はどこだよ!?」

「どこだろうなぁ?」

「ノンキだなぁ!?」


 『異形』は例外なく『核』と呼ばれる球体を体の中に持っている。その『核』に負の感情が寄り集まって出来たものが『異形』なので、ある意味『異形』の本体とも言えるかもしれない。

 だが逆に、その『核』を破壊しない限り『異形』は消滅しない。そして毎回、その『核』を見つけ出すことが、一番の鬼門だった。特にこう大きくては、もはやどこにあるのか見当もつかない。


「ちょ!! 早くどうにかしろよ!!」

「無理だって! こんなデカいヤツそう簡単に閉じ込められねぇよ!」


 そもそも人員が足りていても、配備が間に合わない。全員近くにいたせいで、今急いで木馬以外がこの大きな『異形』を閉じ込められるだけの異空間を作れる範囲へと散らばっているが、人の足では限界がある。

 それに。


刀也とうやがまだ来てねぇんだよ! もーちっと耐えてくれ!」

「そんな簡単に、ってうわッ!! あっぶね!!」


 誰もいない背の低いビルの屋上に飛び乗った瞬間、すぐ真横を『異形』の攻撃が掠めていく。先ほどは攻撃の瞬間を見逃していた木馬も、今度はしっかりとその瞬間を目撃できた。それは一番大きな人の顔から放たれる、ビームのような光の筋で。


「いやいやいやいや!! そんなこと言ってる場合じゃなくね!? あれに当たったらオレ終わりなんだけど!?」

「そうは言っても、お前の武器じゃ相性悪すぎだろ!?」

「そうっ、だけ、どッ!!」


 徐々に辺りが暗くなっていっているおかげで、飛び回る槍矢の姿は視認されにくくはなっているものの。これだけ大声で話していれば、いつかは誰かに見つかってもおかしくはない。

 正直なところ、槍矢としては一刻も早く異空間を作り出してほしいところだったのだが。木馬の言う通り、同じ遠距離戦では分が悪いのも事実だった。体格の差もあるが、何よりあちらは『核』が壊されない限り基本的には何度でも再生可能であるのに対して、こちらは武器を出している間は強化できるとはいえただの人間。しかも怪我をすれば後々まで響いてしまうのだから、全ての攻撃から逃げ続けながら銃を撃ち続けなければならないという、割と無理ゲー状態だった。


「くっそ!! ゾンビの方がまだ可愛げがあるだろ!!」

「君のそれも、割と特殊だと思いますよ?」


 悪態をつきながら、それでもオレンジのラインの入った愛用のガン・コントローラ風の銃を両手に。唯一攻撃してくる顔に向けて、ひたすらに打ち続けていた槍矢の耳に届いたのは――


「刀也! おっそい!!」


 黒髪メガネの、気真面目そうな頼れる相棒の冷静なツッコミだった。





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