ねえ、あそぼうよ
はあ、はあ、と自分の荒い息だけが聞こえる。何故こんなことに、何が起きたのか、そんなことを何十回も考えた。しかし答えは出ない。わかっているのは、「アレ」から逃げないと殺されるということくらいだ。
金がなくなったので久しぶりに実家に来て金をもらおうと思ったが父親はいなかった。そして、家から出てすぐに急にアレが追ってきた。
走って走って神社に来た。嘘か本当か知らないが、この小さな社はどんな化け物も退けると年寄りたちが酒の席で話していたのを思い出したのだ。あの事件の生き残りの少女も確かここで発見された。だったら助かるはずだ、「アレ」から。
一体何時間社にいるだろうか。いつになったら出られるだろうか。大人一人が入るのはやっとで、足を曲げて屈葬のような形になりようやく入ることができた。スマホを持ってこれたのは運が良かった、助けはすでに呼んでいる。音声など使えないので父親にアプリで連絡しておいた、既読もついている。返事はないが。
ガサガサ、と音がした。ヒッっと息をのむ。
「もういいかーい」
子供の声だ。その声はくぐもっていて、男にも女にも聞こえる。自分の息と心臓の鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
ガサガサ、と地面の落ち葉を踏む音が聞こえる。ゆっくりと移動するその足音は遠ざかったり近づいたり。
「もういいかーい」
向こうへ行け、と思ってもゆっくりとまた近づいて来る。そしてまた遠ざかる。早く、どこかに行ってくれ。ぎゅっと目をつぶり震えながら待つ。
再びゆっくりと足音が遠ざかった時にスマホを操作して父親にメッセージを送った。早くしろ、緊急事態なんだよ、と言葉遣いが荒くなる。
ポコン
メッセージが届いた通知音だ。一瞬どきりとしたが自分のスマホではない。通知音は切っておいた。では、どこから聞こえたのか。
外からだ。
まさか。そんなはずない。何故父親のスマホを「アレ」が持っているんだ。まさか、父親のもとに行ったのか? 行って、どうした。父親は今何をしている、どうなっている。いや、そんな事どうでもいい。自分が呼んだ助けは、誰にも届いていないという事だ。
「もういいかーい」
声と足音が近づいて来る。カサ、カサ、と一歩一歩。自分の方に向かってゆっくりと。そして、社の前で足音が止まった。しばらく待つがまったく動く気配がない。
チカチカと自分のスマホに通知を知らせるランプが光る。震える手でその通知をタップすると。
「もういいかい」「もういいかい」「もういいかい」
メッセージが延々と続く。その勢いは止まることがない。やめろ、送って来るなと叫びたい衝動に駆られる。電源を切らなければ電池がなくなってしまう。操作をしようとした時だった。
バン!
「っヒィ……」
思い切り社の扉を叩かれる。ビクンと大きく体がはね、声も出てしまった。慌てて口を押えてももう遅い。
「みーつけた」
バンバンバン、バンバンバン
何度も何度も叩いて来るが、扉を開けようとはしない。ビクビクしていたが、だんだん心に余裕が出てくる。
「あかなーい」
そんな声が聞こえた。なんだ、やっぱり伝承は正しかったんだ。「アレ」はこの神聖なる社に入ることができない。だったら他に助けを呼べばいいだけだ、と冷や汗をかきながらニヤリと口元に笑みを浮かべる。
ガリガリガリガリ、ガリガリガリ、と妙な音が聞こえてきた。何かを削っているような、引っかいているような音。そしてその音と連動するように社も小さく揺れている。社に何かをしているようだが、見ることができないのでわからない。
「うえ、ぺっ ぺっ」
ガリガリガリガリ、とぺっぺっ、という音が交互に聞こえ始めた。ぺっぺっ、という事は口の中の物を吐き出しているということだ。吐き出す? と疑問を感じた時、背筋が凍った。
かじっているのだ、社の扉を。開かないから、削り始めている。アレは。抜鬼は、何でも食べてしまうバケモノだ。宴会の席で年寄りたちがしていた会話が蘇る。
「ヌキはな、何でも食べるんだ。逃げる奴をどこまでも追いかける。川があれば川の水を飲み干し、武器で戦おうとすれば武器ごとかじりつく。そうやって食べ終わるまでどこまでも追ってくるんだ。食べられないのは神社の本殿と社だけ。あそこには護符が守ってるからな」
護符。ガタガタと震える手で左手を見る。この社に入る時、扉に何かついていたので邪魔だからむしり取った。
ガリガリガリガリ、ぺっぺっ
そんな、だって、そんな事知らない。今この社の中にあるんだから効力があってもいいじゃないか。
ガリガリガリガリ、ぺっぺっ ガリガリガリ バキン バキン
いやだいやだいやだ扉に亀裂が隙間ができてきたイヤダイヤダイヤダ穴が開く歯が、歯が石をかみ砕いて扉が壊れるやめてくれやめてくれごめんなさい許してください助けてください
ガリガリガリ バキン バキン ぺっぺっ バギャッ
大きな穴が開いた。目の前に立つのは子供。にこにこと笑い、カパっと口を大きく開ける。耳元まで裂けた大きな口が三日月の形に歪む。嬉しそうに笑っていた。
「ひ……」
「私を殺した子、みっけ」
まるで卵を飲み込む蛇のように。勢いよく、オニワさんは社の中に頭をつっこんだ。
<了>
オニワさんとかくれんぼ aqri @rala37564
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