【短編】学校で二番目にカワイイ女の子が幼馴染に告白された件

鈴木えんぺら@『ガリ勉くんと裏アカさん』

第1話

「あの……うみ、ボク、君のことが、ずっと好きだったんだ!」


 とある日の放課後の校舎裏に、そんな声が響き渡った。

 決して大きな声ではなかったが、強い意志が込められた声だった。

 少し開けた、でも人気のないそこに――男と女がいた。


 告白された女は『山中 海やまなか うみ』という少女だった。高校二年生になる。

 ウェーブがかかった栗色の髪を背中あたりまで延ばした可愛らしい少女だった。

 海は――沈黙。口を閉ざしたまま俯いてしまっていて、その表情は窺い知れない。

 ややあって――


「……やよ」


「え?」


「嫌よ、あんたなんか絶対に嫌!」


 海の声、そのあまりに強烈な拒絶の意思に、頭を下げていた男は顔を上げた。

 両目を大きく見開いて、そして瞳を潤ませる。

 信じられないと、その表情が語っていた。


「……海、ボクのこと、そんなに嫌いなの?」


「……ッ」


 悲しげな声で尋ねられ、海は息を呑んだ。

 言葉が続かない。また沈黙。

 そして――


「……ええ、嫌いよ。あんたなんか大っ嫌い」


「嘘」


「嘘じゃないわ」


「嘘だッ! だって……ボクたち、ずっと一緒だったよね?」


「そうね」


 ふたりは幼馴染だった。

 しかも家は隣同士で家族ぐるみの付き合いがある。

 幼稚園に入る前から、ずっと一緒に暮らしてきた。


「ボクたち……ずっと仲良しだって思ってたのに。ずっと一緒だったのに、ボクのことずっと嫌いだったの?」


「そ、それは……」


 海が言い淀む。

 その言葉に嘘はなかった。

 ずっと仲良しだった。嘘ではない。

 嘘をついているのは海だった。

 海は――彼のことが大好きだった。

 大好きなのに、大嫌いと言っている。


「ねぇ海。ボクの何がそんなに嫌なの? 教えて。ダメなところ、全部直すから」


 そのひと言にカチンときた。

 海の乾いた唇から声が漏れる。

 その声は――呪詛に似ていた。


「……アンタ、私がこの学校で何て呼ばれてるか、知ってる?」


「……」


 その声に、伸ばされていた男の手が止まった。

 まるで縫い留められたかのように。


「黙ったってことは知ってるってことでしょ。ねぇ、言ってみなさいよ」


「……海は……この学校で二番目にカワイイ」


 おずおずと、渋々と。

 語られた言葉に嘘はなかった。

 海は可愛い。この学校で二番目にカワイイ。

 昨年度の文化祭で催されたミスコンでも準優勝している。

 たとえ二番目であろうとも、彼女の可愛さは全校生徒が認めていると言っても過言ではない。

 多くの男子から告白されてもいる。全部断ってもいる。

 だって――海には好きな男の子がいるのだから。

 目の前にいる幼馴染のことが、好きだから。


 好きなのに嫌いという。

 告白されてるのに断る。

 矛盾している。

 矛盾しているが――海にだって譲れないものがある。


「そうよ。二番目。私は二番目なのよ」


「二番目なんて……そんなの関係ない! 海はボクにとっては一番なんだ! 他のみんなが決めた順位なんて関係ないんだ!」


「……そうね。アンタは本気で言ってる。心配しないで。私、別にアンタのこと疑ってるわけじゃないから」


「だったら!」


「でもね……ダメなの」


「信じてくれるのにダメなんて……そんなの、おかしいじゃない!」


 おかしい。

 そのひと言に――海はキレた。


「おかしい? おかしいのはアンタでしょ! 順位なんて関係ないとか、そんなの……アンタには、アンタにだけは言われたくないのよ!」


「海……」


「ふたりで街を歩いてたらナンパされたこと、あったわよね」


「……うん」


「どこぞの芸能事務所にスカウトされたこと、あったわよね」


「……」


「あんたが」


 海の唇から放たれたそのひと言は、あまりにも重かった。

 その場にふたり以外の人間が誰かひとりでもいたならば……うんうんと頷き、そして余りのヘヴィな事実によって地に伏していただろう。


山中 海やまなか うみ』の前にいる少年。

 名前を『淵上 空ふちがみ そら』と言う。

 海の幼馴染のおとこのこ。

 海の幼馴染の――男の娘。

 昨年のミスコン優勝者で、この学校で一番カワイイ――男の娘。


「アンタにだけは……言われたくないのよッ!」


 血を吐くような海の絶叫が、放課後の校舎裏を震わせた。





「死のう」


 空から告白された翌日、海は教室の机に突っ伏して不吉なことを口にしていた。

 学校で二番目にカワイイ彼女の周りには、ひとりを除いて誰もいない。

 纏う空気に圧倒されて近づくことすらままならない。

 どこぞの能力系バトル漫画の様相を呈していた。


「好きな男の子に告白されて断って死にたいとか、アホなの?」


 海の前に座っている女子――海の親友である『村崎むらさき ゆかり』は呆れていた。

 あまりにも贅沢過ぎるだろう、と。

『年齢=彼氏いない歴』のひとりとして、思うところがなくもなかった。

 

「アンタに……アンタなんかに私の何がわかるってのよ!」


「好きな男の子にカワイイで負けて嫉妬してるの、みっともなさすぎ」


「ハッキリ言うな!」


 ド直球で急所にブッ込まれて激昂した海は、友の襟首を掴みかかる。

 ゆかりはその手を難なく躱し、鼻で笑う。

 再び海はしおしおと腰を下ろし、また突っ伏した。


「ねぇ……どうしたらいいと思う?」


「諦めたら?」


「ないし。空に好きって言ってもらえて諦めるとか絶対ないし」


「断っといて何言ってんの」


「嫌とは言ったけど断るとは言ってない」


「空君がそう思ってくれてるといいけど」


「思ってるし。『ボク、絶対に諦めないから!』って言ってくれてたし」


 机に突っ伏しながら頬を染め、そっぽを向いた。


「だったら、なおさら諦めたら?」


「だから何でそうなるのよ」


 確かに空は幼い頃から女装趣味があった。

 記憶にある範囲では海の父が『空君は可愛いね~ね、海の服着せてみよっか?』などとほざいて両家の親が悪ノリして、空も嫌がらなくて。

 着替えて撮った写真をツイッターにアップしたらバズった。

 あれがすべての始まりだったように思う。


――男の子って書いたのに。いや、そこは重要じゃない。そっか、元凶はパパだったんだ。


「タイムマシン作ってパパを黙らせれば」


「もう少し建設的なことを考えた方がいいと思う」


「そうよね。さすがに親殺しはちょっと拙いわね」


「そっちじゃねーよ」


 海は友人の忠告をスルーした。

 それはともかくとして。

『おかしいな、おかしいな』と心の中で首を傾げつつも表向きは――否、ふたりの関係は良好だった。表も裏もない。

 周りがおかしいのだ。


「大体なんでアイツがミスコンに出てくるわけ?」


「あ、それ私」


「は?」


「ほら、私、去年の文化祭実行委員だったじゃない。だから盛り上げようと思って、つい」


 親友の裏切り。

 その衝撃的な告白に、海は手元に硬くて重いものを探った。

 幸いと言うべきか不幸と言うべきか、それらしいものはなかった。


「命拾いしたわね」


「殺意がリアルすぎて怖い。でもまぁ、言い訳させてもらうと……私が何もしなくてもいずれはこうなってたと思うけどね」


「チッ」


 盛大に舌打ちした。

 生徒総会――生徒会長選挙を思い出してしまったから。

 今年度新しく生徒会長に就任した女は、とある公約を掲げてトップ当選した。

 曰く、


『みなさんご存じですか? 本校の校則では女子がズボンをはいて登校することが認められています。でも、男子がスカートをはいて登校することは認められていません。これは明らかな男女差別です。私が当選した暁には、この差別的な校則を改めさせるよう学校に強く強く働きかけます! みなさん、私に清き一票を!』


 そして女は当選し――男子がスカートをはくことが認められた。

 空も調子に乗って時々女装して学校に来る。

 これがまたカワイイ。


「この世界、歪んでない? おかしくない?」


「性の多様性の容認はグローバルスタンダードではあるからねぇ」


「チッ、世界滅べ」


「ま、文化祭の件では悪いことしたなって思わなくもないこともないような気がしないでもないし」


「何が言いたいわけ?」


「せっかくだから令和の女諸葛孔明たるこの私が、親友である海に策を授けて進ぜよう」


「私、孔明嫌い。天下三分の計とか言っといて、何で魏を攻めまくるの? あいつアホじゃない?」


「そのあたりの談義はよそう。で、策はいらない?」


「欲しい」


 余計なことをすることはしばしあれど、ゆかりはれっきとした海の親友である。

 めんどくさいという自覚がある自分と付き合ってくれるいいやつなのだ。

 海だってそれは認めている。時々余計なことをするけれど。


「策はふたつ。上策と中策。どっちから聞く?」


「ふたつだったら上策と下策じゃない?」


「細かいなぁ、海は。まぁ上策から行っとこうか。ぶっちゃけカワイイで争うの止めたら?」


「は?」


「だって空君は今や世界が認めるカワイイの第一人者だよ。まともにぶつかっても勝てないって」


「そ、それは……」


 口ごもった時点でゆかりの言葉を認めたも同然だった。

 空はカワイイ。それはこの学校だけでなく世界が認めた事実だった。

 女装ツイートは絶対バズるし、たまさか誘われたスカウトに乗って出演したドラマでは、主演女優を食ってまたバズるし。挙句の果てには共演した人気男優が『君とならイケる』とか言ってさらにバズった。

 二十一世紀は情報社会だ。

 こんなことが表沙汰になったら(表沙汰になった)男優のファンがSNSあたりを盛大に燃やしそうなものだが、現実には『尊い』『おめでとうございます』『お幸せに』などとほざきやがって盛大に祝福された。


「まぁ、もやしてはいるんだけどねぇ」


「字が違ぁう!」


『燃える』ではなく『萌える』だった。

 なお、死角から放ったはずのビンタは、やはり容易に躱された。


「チッ」


「今のは割とガチ目だった」


「それで、中策は?」


「この流れでサラッと聞けるその精神性が時々怖い。ま、それもアンタのいいところか。それじゃ中策。海よ、時を味方につけなさい」


「時?」


「そ。いい、空君はカワイイけど、あくまで男子。彼のカワイイは決して永遠じゃない。これから年を取っていけば……」


「やめて、アイツのカワイイは永遠よ。あのカワイイが失われるなんて、私、耐えられない!」


「分裂症かアンタは。カワイイのがいいのかよくないのか、どっちなの?」


「どっちもよ」


「即答かい。まぁ……でも、現実的にはそうなるでしょ」


「それは……そうだろうけど」


 今はまだ高校二年生だから、空はカワイイままでいられる。

 でも、これから年を取っていけば彼の容貌は変化する……はずだ。


「アンタって空君の顔だけが好きなわけ?」


 挑発的なゆかりの問いに、海は猛然と反論を連ねる。


「バッカじゃないの? 空は顔だけじゃないし。顔よりむしろ心の方がよっぽど最高だし。優しいしカッコいいし、ふたりっきりの時はメチャクチャ甘やかしてくれるし。でも、ダメなときはちゃんと叱ってくれて、それがまた最高なのよ。顔しか見てないニワカどもにはわかんないでしょうけどね」


「はいはい。そこまでわかってるんなら空君が年取っても大丈夫でしょ」


「……うん」


「ならいいじゃない。年を取って空君からカワイイが失われても、アンタは空君が好きなまま。そして自分と空君を比べなくてもよくなる。ね?」


「まぁ、そうかも」


 今この瞬間に空とカワイイで争うメリットはない。

 時間をかけてプライドと折り合いをつければ……問題は、ない。

 ゆかりは中策と言っていたが、むしろこちらの方が上策に思える。

 穴は――ないはずだ。見落としは、ないはずだ。

 

「……空と話してみる」


「それがいいと思うよ」





 そして十年後。


「ごめん」


 ゆかりが頭を下げている。

 と言うか、土下座している。


「別にいいし」


 対する海の顔には諦めに似た笑みが浮かんでいた。

 今日は喜ばしい日なのに。海と空の結婚式なのに。

 みんながふたりを祝福してくれる、ふたりにとって大切な大切な日なのに。

 海とゆかりの顔は晴れない。ふたりは十年前のあの日を思い出していた。

『時を味方につけろ』とゆかりが語った、あの日のことを。


「まさか、こんなことになるなんて」


「もう過ぎたことよ」


 十年の歳月は、海を変えた。

 ヒステリックな気質は霧散し、大人びた雰囲気を漂わせている。


「あの、新郎の準備が出来たそうです」


 扉の向こうからスタッフの声がかかる。

 幾分緊張しているような、それでいて戸惑っているような声だった。


「わかりました。今から行きます」


 頷いて、立ち上がる。

 バージンロードを往く前に夫となる最愛の幼馴染の顔が見たかった。

 心の準備がしたかった。

 案内されてドアを開けると――そこには空がいた。


 純白の――ウェディングドレスを身に着けて。

 空のカワイイは――失われなかった。

 十年の時を経て、なおカワイイ。

 カワイイが極まっていた。


「海」


「空……とても素敵よ」


 純白のタキシードを身に着けた海は、精いっぱいの微笑を浮かべた。

 その感情に偽りはなかったけれど。

 空への愛情は嘘ではないけれど。

 心の中で、ちょっとだけ泣いた。

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