第3話 立ちはだかる壁。いやデカ盛り
「うわ……」
サチが思わずそう言ってしまったのも無理はない。目の前には先程SNSで見たような巨大なチャーシューがどん、と置かれている。写真の何倍ものインパクトがあり、チャーシューの下に隠れている太い麺も相当な量である。
「巨木だ……。巨木ラーメンだ」
サチは目の前の大きなどんぶりを前に、ただ独り言を溢すことしかできなかった。
「ちょっと待っててね。今唐揚げ定食も持ってくるから」
思わず「もういりません」と言いたくなったが、この期に及んでそんな事言えるはずもなく、モモエはおばさんの後ろ姿を眺めるよりほかなかった。
「はい、唐揚げ定食ね。ご飯お代わり無料だから遠慮なくどうぞ」
彼女が重そうに持ってきたのは、これまた写真で見た物と同じ唐揚げ定食だった。ニンニク醤油の美味しそうな香りが食欲をそそるが、これが自分の胃の中に入るとはとても思えなかった。握りこぶしサイズの巨大な唐揚げが五つ、山盛りキャベツにもたれかかっている。真っ白なご飯は漫画でみるような大盛で、オマケに漬物までこんもりと盛られている。
「何で八六十円でこのサイズが来るの?」
二人は大きな机を圧迫するデカ盛りに圧倒されていた。新幹線の時間まで四十五分。頭の中に「不可能」の文字が浮かぶのは、本能の一種である。
「サチ、巨木ラーメン食べきれるの?」
「モモエこそ、その握りこぶし唐揚げは相当胃にくると思うよ」
二人はお箸を持つ気にもなれずに、目の前のデカ盛りを見つめた。巨大で荒々しい見た目が、どんどんやる気を奪い去っていく。
「でも、やるしかないか」
モモエがスマホで時間を確認しながら、大きく深呼吸した。
「うん。やれるだけやろう」
こうして、二人の戦いは始まった。
モモエは、まず唐揚げを持ち上げようとしたが、重くて上手く掴めない。しょうがなく箸を突き立てると、肉汁がピュっと溢れてキャベツにかかった。大きく口を開けて一口食べてみる。ニンニクの匂いとぷりっとした鶏肉が、一気にモモエの口の中を支配する。
その味はどこか懐かしく、彼女はふと中学生の頃の運動会を思い出した。バスケ部だったサチとモモエは、顧問の女教師に「負けたら練習メニュー増やすからなー」と野次られながらグラウンドを走っていた。そしてお昼の時間になると、お弁当を広げ、お互いに嫌いな食べ物を交換していた。そのときに食べた半分に切られた唐揚げは、異様に美味しく感じられた。いつもの冷凍のとは違い、少し焦げていたが、モモエは夢中でその唐揚げを頬張った。その時の記憶が、口の中で蘇る。
「これ、時間があったらゆっくり味わって食べたかったな」
キャベツと唐揚げをいっぱいに口に詰めたまま、サチに話しかける。彼女も同じような口をして巨木にかぶりつきながら頷いた。
サチの巨木ラーメンは、幹のように太いチャーシューもさることながら、麺も枝のように太い。小麦と卵の味が感じられる麺は、啜っても啜っても減らない。かみ切るのにも一苦労で、前歯の温度は上がっていくばかりである。汁はあっさりとした醤油味で癖もなく食べやすかったが、随時幹から樹脂のように油が流れるので時間を増すごとにこってりとしていく。メインのチャーシューは柔らかい繊維質で、噛む度に旨味が溢れる。しかし脂身の部分は常にサチの胃袋を攻撃していった。
二人は喋る暇もなく箸を動かした。お盆の上にキャベツやら汁やらが飛び散っても気にもせずに、ただデカ盛りと向き合う。しかし食べても食べても底は見えず、サチなんて最初よりも増えているとさえ感じてきた。
お互いに「絶対に間に合わなない」と感じてはいるものの、ひたすら食べる以外のことを考える余裕がなかった。
食べ進めること十分、次第に箸を動かすスピードが遅くなってきた。顎も手を疲れて、鼻息も荒くなっている。
「よし、サチ」
モモエはシャキシャキとキャベツを噛みながら、サチの方を向いた。
「ちょっと貸して」
そう言うと、彼女のどんぶりを少し自分の方によせ、漬物が入っていたお椀に移し始めた。
「え、何してるの? 唐揚げまだ残ってるじゃん」
「うん。まだアホほどあるよ」
モモエは手を止めずに言う。
「いいよ。まずは自分の食べなって」
「もう唐揚げは持って帰ることにするから。とりあえず今はラーメンだけ完食しよう」
その言ったモモエは、今までで一番頼もしい目をしていた。サチは「ありがとう」と言って、かみ切ろうとしていた麺を勢いよく啜った。
そうして二人は巨木ラーメンを食べ続けた。ズズッという心地の良い音は、まるで会話をしているかのようにリズミカルに響いていた。最後の麺がモモエの口の中に消える頃には、新幹線が来るまで残り十分となっていた。
「すいません、タッパーください」
モモエが手を上げて大きな声で叫ぶ。
「あ、二個ください」
続いてサチも声を出す。
「リュックをニンニク臭くするなら、二人でね」
サチは唐揚げとご飯とキャベツを、丁度半分貰ったタッパーに詰めた。タッパーは蓋が閉まるかどうかぎりぎりだった。
「ご馳走様でした!」
二人は会計を素早く済ませると、ハスキー声にお別れを告げて急いで店を出た。
「サチ、あと八分。走るよ!」
大きなニンニクのナップザックを大きく揺らして、二人は駅へと向かう。今度は箸ではなく足を止めずに、前へ進むのである。
「なんか、なんとかなりそうだね」
モモエは息を切らしながら、サチの顔を見た。サチは苦しそうというようりかはむしろ、笑顔であった。
「そうだね。完食はできなかったけど、なんとか乗り超えた。こんな最高な旅の思い出、他にないよね」
サチから見るモモエは、苦しそうというよりも少し寂しそうだった。「本当は新幹線に乗りたくない」と言っているような顔をしている。
「またリベンジしようね」
サチはモモエの手を取った。熱く脈打つ手首がぶつかる。
「うん。足さえ止めなければ、多分何でも乗り越えられるから。また旅行にだって行けるから」
モモエは迷いなく返事をした。
暫くして、ようやく駅が見えてきた。
新幹線は、まもなくホームに到着する。
ノンストップ・チョップスティックス @sunf
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