ミス・プリミティーヴァ
ムーア
第1話 実感
戦争というものを、私は歴史の教科書だとかテレビなんかでたくさん見てきた。
人間は争って、誰かのせいにして自分たちの作り上げた文化や建造物、人の命を消してきたのだ。
―――だが今、目の前で繰り広げられている光景は戦争と呼ぶには生易しく感じた。
「ミヅキ!早く逃げるぞ!!」
アオイは、ひび割れたアスファルトに膝をついた私の手を引いた。
後ろでは涙目で口元を覆ったケイが私を見つめている。
―――ゴォォォォォォズガァッッッ!―――
轟音のする空を見上げると数機の戦闘機に加え、新宿に立ち並ぶビルよりも巨大な影が太陽を隠している。
逃げ惑う周囲の人々や崩れ落ちる建物の音が響く中、私は口を大きく広げて叫ぶ。
「逃げるって、どこに逃げたらいいの!」
「とにかく、あの巨人から離れるんだ。ケイ、走れるか?!」
アオイはまだ炎が到達していない駅前の方向へと歩き出す。
―――ズゴゴゴゴォォォォッ!―――
戦闘機から発射されたミサイルは巨人の前で急激に減速し、標的に到達する前に爆発した。
巨人の移動とともに地面が大きく揺れ、私は立っていられなくなる。
ふと、背後を見た。
私と巨大な足の間に立ち止まって泣きわめく幼い子供が見える。
ほどけた髪が腫れた目の上でくしゃくしゃになり、靴は片方はいていない。
私はアオイの手をほどいた。
不思議な感覚だ。急に足を動かしたからか、うまく地面をけることができない。
別にもとから走ることが得意ではないが、足を前に出すのが極端に遅く感じる。
アオイとケイが私の名前を呼んでいる。
耳では聞こえているはずなのに、今優先するべきなのはさっきから爆発音のしている方向へ走ることだと頭が訴えてくる。
「3秒だけ、そこで止まるんだ。」
誰だろうか、聞いたことのない声が聞こえた。妙に落ち着いていて、はっきり聞こえる。
私は暴れる足に地面を吸い付け、声の聞こえた方向へ振り向く。
年齢は同じくらいだろうか。背が高く、声や服装からも男性のようだがそのくっきりと丸い目と長い髪はまるで女子高生のようだった。
「やぁ、初めまして。」
そのわけのわからないタイミングで発せられた初対面の人物に対して向けられる言葉に困惑している瞬間、私の背後を千切れた戦闘機の翼が横切る。
「...ありがとう。」
あまりに衝撃的な出来事に驚愕していた自分にしては、うまい返しができたほうだと思いながら足を運び、幼女を抱きかかえて振り返る。
さっきの長髪はアオイとケイのほうを向きながら地下鉄の入り口を指さす。
「こっちのほうが耐えられる時間は長いと思うよ。」
「わかった、降りよう!」
私たちはただいくつかの足音が響くだけの、薄暗くなった階段を進んだ。
地下には電話をかけている人やSNSで外の情報を調べる人、人を探して声を発する人など騒がしい環境だった。
「自分の名前、お姉ちゃんに言える?」
ケイは女の子と目線を合わせて笑顔を作って話しかける。
「ツナグ...
「ツナグちゃん、っていうのね。私は
お父さんとかお母さんはどこにいるかわかる?」
幼女は首を横に振り、晴れたまぶたを小さな手でこすっている。
この状況では誰もどう動くのが適切かなどわからないだろう。
私たちでさえもわからないのに、怖かっただろう、寂しかっただろうと感じる。
そして他人事のように考えることしかできない自分たちに嫌気がさしていた。
ふと、私はこの子を「助けた」つもりでいたが自分自身が「助けられた」という事実を思い出す。
さっきの女子高生少年の方向へ首を回すと3メートルほど離れたところから手招いているのが見える。
私はアオイに視線で行ってくるという意思を示しながら距離を詰めていく。
「さっきは助かりました。おかげであの子も助けられましたし、
私も死なずに済みました。」
「気にすることはないよ。僕はただ、気づくことができたから言ったまで。
―――目の前で人が死ぬところなんて、見たくないってのが普通だからね。」
少年は少し遠くを見ると声を張って
「端のほうに歩きながら話そうか」
と、ホームに寄った方向へ歩き出す。
―――そういえば名前を伝えていないことを思い出して歩くスピードを合わせる。
「私は
間違われやすいんですけどね。
―――その、名前を教えてもらってもいいですか?」
「僕は
下の名前で呼んでくれて構わない。あと、敬語は使わなくてもいいよ。」
初対面で命の恩人という人物に対して敬語をとるというのもなかなかに抵抗があるが―――確かに年齢もそう変わるようには見えないし、フレンドリーに接してみるのもいいかと妥協する。
「じゃあ私のことも下の名前で呼んでもらって構わないよ、ツルネ君。」
「ありがとう―――それにしても君は勇気があるんだね。
目の前に逃げるべき脅威があったのに、迷わずに命を助けることができる人は
そんなにいないように思えるけれど。」
あのときは動揺していたし、考えている余裕なんてなかった。
次に私が発した言葉も、特に考えずに口から出ていた。
「まぁ、私が思っているよりも生きたいって人はたくさんいるし、
助けてほしいっていう人は助けたほうがいいんじゃないかな。」
ツルネ君は少しの間私を見つめてから口元を緩ませ、自分の持っているスマホに目を移してこう言った。
「確かに、君らしい答えになっていると思うよ。
―――さて、もうそろそろ時間になるかな。」
ツルネ君の持っているスマホが何やらアナウンス音声を流し始めた。
―――現時刻をもって第一次転送シークエンスを開始。
機体を予定通りの軌道へと…―――
途中からは地下鉄の走る音でよく聞こえなかったが、私は地下鉄の音が聞こえたという状況に疑問を持った。
「この状況でも、地下鉄って止まらないんだな。」
いつの間にか足音も立てずに背後にいたアオイが同じ疑問を声に出していた。
ん?止まらないのは運行が?それとも駅に止まらないということ?
なんてクエスチョンが連鎖していたが、アオイのことを紹介しようとツルネ君を見る。
「えっと、
というか、今日一緒にいた三人はみんな小学校で出会ってる。
あっちでツナグちゃんといるのが
「
俺はミヅキが危ないところだったのに気づけなかった。感謝しているよ。」
「当然の事をしたまでだよ。
―――うーん。二人とも、びっくりする準備しておいて。」
私とアオイには何のことだかさっぱりわからない言葉で、二人して疑問符を掲げているその時だった。
地上にいた時に感じた振動が私たちに伝わる。それは次第に大きくなり、人々は混乱し始めた。
「なんだ、あの巨人が戻ってきたのか?!」
アオイは周囲を見回し逃げ道があるか探しているようだ。
その様子を見たツルネ君は天井を見上げながらこう言った。
「いや、移動しないほうがいいよ。今死にたくないならね。」
―――ズガァァァァッ‼―――
周囲には煙が充満し、光の見えるほうへと顔を向けると、あの巨人が腕を振りかざしている。大きすぎるその陰には不気味に光る一つの眼球が浮かんでいた。
「ミズキ!ケイ!大丈夫か?!」
アオイの声が悲鳴を上げる人々の中にかすかに聞こえた。声のする方向へと体を起こすと、もう一つの光景が私を動揺させる。
それが何なのか、よくわからなかった。地下鉄のある深さまでを地上から崩壊させ、こちらを覗いているものの正体。それは続けて周囲が崩壊し始めたことであらわになる。
「この状況を、この世界を新たな段階へと到達させる切り札。
次元間特化型換装兵器 プリミティーヴァだ。―――さぁ、行こう。」
ツルネ君は私をまっすぐ見てこう放った。兵器だとか切り札だと言われても、私からすれば一つ眼の巨人と同じ怪物にしか見えない。
―――ガラガラァァァ...ズドォォォンンン!―――
一つ眼の巨人は破壊を続けている。
「何をしているのさ。早く乗って、停止させないと。
君が助けられる命が赤く染まっていくよ。」
地下にいた人々は一つ眼の巨人と、横たわったもう一つの怪物に挟まれたまま動けずにいる。崩壊した天井のがれきから、赤く反射する液体が私に迫ってくる。今止まっている間にどれくらい死んだのだろうか。
―――ズドォォォ!!!―――
巨人の破壊は止まらない。ただ残酷な景色が拡大していくのを見ている私は、自分に向けて求められた行動について疑問を抱きすぎている。
―――あの巨人から逃げるには
―――ここにいる人たちを守るには
―――アオイとケイを守るには
「おい、俺がやるんじゃだめなのか!」
アオイが声を荒げる。
「君と僕では操縦権を持たないよ。悪いけど却下だね。」
それに笑顔で答えるツルネ。
―――私が生き残るには―――
あれ?なんで生き残りたいんだろう。自分のために他人を犠牲にしてまで望んでいるだろうか。さっき私は何と言った。
―――「まぁ、私が思っているよりも生きたいって人はたくさんいるし、
助けてほしいっていう人は助けたほうがいいんじゃないかな。」―――
その少女は走り出した。今のままでは目の前で両手からこぼれてしまう、命を守るために。
「さぁ、こっちだ。」
横たえた巨人―――プリミティーヴァ正面の顔が展開し、ツルネ君が手を差し出している。走り出した勢いそのままツルネ君の手にしがみつき、プリミティーヴァに乗り込んだ。プリミティーヴァの顔が閉じていき、視界が暗くなっていく。
つかまれる場所をつかみ、足を置ける場所へと立つ。すると手首足首、腰と首にリング状のものが接触した。
「一分前の君にはなかった、新たなる革命の力。君の意思を示すんだ。」
ツルネ君を見つめ、後戻りのできない感覚をひしひしと味わう。
大丈夫だと言わんばかりにツルネ君は笑顔で返した。
―――自信はない
だが私は覚悟する―――
二人の声を重ねて優しく囁く
―――「プリミティーヴァ、起動」―――
周囲には
勢いをつけたプリミティーヴァは巨人を地面に擦り付けながらビルに背をぶつける。
「いいね、その調子さ。ちょっと激しめだけどね―――」
私の右側で苦笑いを浮かべるツルネ君はゆっくりと体を起こす。
そのまま横たえた一つ目の巨人へと近づき、追撃をしようとした瞬間。
―――バキバキバキッ!!!―――
巨人の背中から何かが折れるような音が鳴り響いて二本の腕が生えてきた。
巨人はそのままプリミティーヴァに突っ込んでくる。
私はとっさに腕で防御姿勢をとろうとしたが、ツルネ君は右手を前に出し冷静に対処する。
「A粒子放出、前方展開。」
すると先ほどの
それは水面に浮かぶ泡のように進み、襲い掛かる巨人に抵抗する。
腕を伸ばせば触れられる距離で停止した巨人は必死に腕を動かし、かき分けてこようとしている。
「すごい、止まってる...」
「まだあいつに攻撃のターンは与えないよ。さぁ、力負けはしないはずさ。」
二人で粒子の壁に阻まれた巨人の腕一つをつかみ、ミシミシと音を立てて引きちぎろうとする。
「右手と左足が義手&義足パーツだからアンカーを打ってしまおう。」
確かによく見ると手足が左右で異なる形をしている。目の前に機能メニューが表示され、左足のアンカーを起動する。
「打った!」
「よし、一気に引き抜こう。せーのっ!」
腕をちぎられた巨人は閉じられていた口を大きく開けて轟音を発する。
残った三本の腕で必死に粒子をかき分けようとしているが、プリミティーヴァに触れることはできない。
―――よし、これならいける!―――
そう感じた瞬間、背後から飛翔体が迫り爆発した。爆発の勢いをそのままにプリミティーヴァは地面へと突っ伏す。
「制御下に置けてない連中が動いたか。うっとおしい!」
ツルネ君がいら立っている声が聞こえるが、表示されている警告文にはパーツ破損と書かれている。
よく見ると先ほどまで私たちが立っていた場所にアンカー固定された脚部が転がっている。
「こっちの右腕も破損だね。やっぱり義体パーツは耐久がもろいなー。」
「今の攻撃は何?!」
「多分人類側の攻撃だろうね。
はたから見れば今二つの怪物が都市を破壊しているように見えるだろうから。」
次の瞬間、目の前には巨大な影が迫っていた。引きずられる衝撃とともに、プリミティーヴァの右腕は肩から巨人に破壊されていた。
「まずいな、これじゃどうしようもない。」
「ほかに武器はないの?!」
「そんなものあったら最初から使ってるよー。」
ありったけの力でA粒子を放出し、巨人の攻撃を押し返そうとする。巨人は吠えながら三本の腕で殴り続けている。
―――ピロピロピロリンッ―――
少し古めかしい音でなる電話にツルネ君が応答する。
『もしもし~霞雨くんかい?ごめんねちょっとその機体向けに発信する方法がわからなくってさ~』
「あーはいはい大丈夫ですよ。まぁ陥っている状況は大丈夫じゃないですけど。」
『いやー上層部が焦っちゃって、慌てて止めに入ったんだけど対空ミサイル4,5発出しちゃったんだよねー。』
「まぁ今後撃ってこなきゃ平気ですよ。じゃあ状況やばいんで切りますねー」
「ちょっと待って!!」
私は慌てて止めに入る。
「一発だけ、私たちめがけて撃ってくれませんか!」
『いいけど、死んじゃったりしない?』
「かまいません。そのまま殺す気で撃ってきてください!」
「あーそういうことね、了解了解。」
ツルネ君と私は巨人を抑える手を放し、残った右足で抵抗を続ける。左側を見ると低空でビルの間を抜けてくるミサイルが目に入った。
だんだんと足が耐えられなくなり、巨人の吠える頭が迫ってくる。プリミティーヴァは左手を伸ばし、迫りくるミサイルを素手でつかんだ。そのまま足の力を抜き、巨人の口腔めがけて押し込む。
―――「A粒子放出!」―――
目の前は爆風で何も見えなくなり、プリミティーヴァは地面を擦って倒れこんだ。
「ふぅ...なかなかいい初陣だったんじゃないかな。」
「もう少し、楽に勝てるプランでも用意しておいてほしかったよ。」
私は少しの不満をこぼしながら、ゆっくりと意識が遠のいていくのをそのままにした。
「まぁ、大体は予想通りってところだね。これで信じる気にはなったでしょ。」
「まだお前を信じたわけじゃない。
信じさせたいなら、その姿で俺の前に現れるのは間違っている。」
アオイは崩壊したビルの隙間に見える巨人たちの残骸を見て少女に向けて話す。
「それで、俺は何をすればいいんだ。」
「そんなに睨まないでよ。この世界の私、小原ミヅキを導けばいいの。」
簡単でしょ?と言いたげな顔をしながら少女は少年へと顔を向けた。
ミス・プリミティーヴァ 第1話 実感
ミス・プリミティーヴァ ムーア @mooreca
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