死ななくなった陰陽師

星奈

プロローグ ペルソナ


「君、もう人間じゃないから」



小さい頃から体の弱い子供だった。


外で友達と遊んだ記憶もほとんどない。


本当の親も知らない。


赤ん坊の時に寺の前に捨てられているのをその寺の住職が見つけ拾い育てられた。


我ながらつまらない人生だったと思う。



人魚の肉を口にするまでは。




「すみませんが、今の医学ではどうしようも……」


「そんなことありやすか?何か手立ては……」


閉ざされた扉の奥から聞こえる声。

元主治医と俺を拾ってくれた住職であるおっさんの会話だった。

俺は生まれつき心臓に欠陥があったらしく、それを治すには心臓を移植するほか方法が無かった。

だが、当然ながら何年たっても提供者ドナーは現れない。


なす術もなく月日が経ち、俺は15歳の誕生日を迎えた。


外から聞こえる子供たちの楽しそうな声。

きっと病院の向かいにある公園からだろう。

病室に響く心電図の音が、孤独を一層掻き立てる。

いつになったら、この檻から出られるんだろう。


そうだな、もし、もし出られるのなら。


外で思いっきり走ってみたい。

冷たい海で泳ぎたい。

学校に行きたい。

学校ってどんなところかな。

友達ってどうやって作るんだろう。


居なかったわけではない。入院してくる同じ年頃の子もいる。でも彼らは必ず俺より先に退院して出て行ってしまう。彼らが楽しげに話す学校、部活、恋愛事情。漫画やネットで予習はばっちりだ。


なんならそこらの女子高生よりも流行には敏感な自信がある。


でもそれは、きっとどれも叶わぬ夢。

叶わないとわかっている夢は見ない方がいい。


俺はそうやって、今日も一人で病院食を呑み込んだ。



「おう!もう起きてるのか。はえーじゃねーか」


「早いって。もう昼だし」


「ありゃ?そうだったか。それよりだ!誕生日おめでとう!」


そう言っておっさんが持ってきたのは不格好な誕生日ケーキだった。

見るからに手作りのケーキ。中心に乗せられたチョコプレートに書かれた俺の名前は漢字が間違っている。


「どーも」


「なんだー?反応薄いなー」


おっさんが不満そうにしながら、ベットの横の椅子に腰かける。

もちろん、おっさんには感謝している。

身寄りのない俺を引き取ってくれたし、入院費だってずっと支払ってくれて。

寺の住職として働きながら、毎日こうやって様子を見に来てくれている。


俺は、ほとんど病院の外から出たことがないから詳しくは知らないが、おっさんはどこかの有名な家の分家の人間で、望めば全国の寺の中でもそれなりの地位の人間になれるらしい。


「ケーキは後で食べるとしてだな。誕生日プレゼントもって来たぞ」


「また手紙?別にいらないって」


書いてくれるのは嬉しいが、毎回泣きながら読むもんだから、いい加減なだめるのにも嫌気がさしていた。


「チッ、チッ、今年は一味違うんだな、これが」


「へー。ビデオレターとか?」


それならなだめる必要がなさそうでありがたい。


「お前がずっと欲しかったものだよ」


「え?」


おっさんの声のトーンがふざけていたものから真剣なものへと変わった。


ずっと欲しかったもの?なんだそれ。


「ただ、使うかどうかはお前次第だ」


「……全然話が見えないんだけど」


「ほらよ」


おっさんが差し出してきたのは、手のひらより少し大きな木箱だった。手に取ると、それはずっしりと重い。開けてみると、そこには肉のようなものが入っていた。


「なんだこれ?」


白く透き通った塊。白身魚の刺身に近い色だが、魚独特の臭みは感じなかった。


「人魚の肉だよ」


「は?ニンギョ?何言ってんだよ」


ニンギョって、あの人魚じゃないよな?

あんなの空想上の生き物だろ?現実にいるわけ……


「信じられないかもしれないが、想像通りの人魚だ。ずっと探して、やっと本家からくすねてきた」


「え、マジで人魚なのか?……でも何で俺に?」


「人魚の肉を食うと、不老不死になれる」


「は?」


不老不死?それってつまり、死なないってことだよな。


「ただ、ほとんどの人間は、その力の大きさに耐えきれず即死する」


なんてもの持ってきたんだよ。


「そんなの、食べるわけないだろ!」


「お前、自分でも気づいてるんだろ?お前はもう長くない。お前には言わなかったが、この間医者に言われたよ。余命3ヶ月だと。……お前、このまま死んでいいのか?やりたいこと、何もできてないだろ?これが最初で最後のチャンスだ」


頭が追い付かなかった。

もし食べたら死ぬかもしれない。

死ななかったとしたら、今度は一生死ねなくなる。


どっちか選べって?


「それ、どっちを選んでも地獄じゃん。確かにまだ死にたくない。やりたいこともある。でもだからって死ねなくなったら、それはそれで……俺は、普通の生活がしてみたいだけなんだよ。死ねないバケモノになりたいわけじゃない」


漫画で見る不老不死の人間は、必ず苦しんでる。

まさか自分がフィクションの人間になる可能性がめぐって来るとは。


「わかってる。これは俺のエゴだ。俺はお前に生きていて欲しい。……そして、その方法はこれしかないんだ」


おっさんが、今まで見たことが無いほど真剣な顔をしていた。どこか泣きそうな、苦しそうな顔。


あぁ、外から子供の声がする。楽しそうな声。

ずっと憧れていた。俺も、あんな風に楽しそうな生活が送れるかな。


これを食べれば俺も、フツウになれるかな。


どうせこのまま生きていても仕方ないし。


「わかった。食べるよ」



俺は、泣いていた。




俺は、覚悟を決めてその肉を口へ運んだ。

そのままというのはもちろん抵抗があったし、下手すると最後になるかもしれないから遺書なり最後の晩餐なり準備をしたかったけれど、そんなことをしていたら食べるのが怖くなると思い、勢いのまま人魚の肉を食べた。



てっきり生臭いものだと思っていたが、案外甘くておいしい。

俺は目をつぶったまま咀嚼し呑み込んだ。


さぁ、こい。


目をつぶったまま身構えても、一向に何も起こらない。

てっきりよくある少年漫画のように肉が膨れ上がったり、苦しみでのたうち回ることになると思っていたのだが。


もしかしなくても、人魚の肉というのは噓だったのかもしれない。

普通に考えておかしいだろ。そうだ。これはおっさんの悪い冗談だったんだ。

思い切り怒鳴ってやろう。


そう思って目を開けると、おっさんの冗談ではないことが、嫌でもわかってしまった。


「なんだよ……コイツら」


目を見開いたおっさんと病室にいる、数体の何か。

それが何なのかはわからなかったけど、明らかにこの世のものでないことだけはわかった。


「お前、成功したのか……!」


おっさんが目を見開いている。


「おっさん、アレ……」


おっさんは涙を流していたが、俺はそれどころではなかった。

なんだよアイツら。


「そうか、お前にも見えるんだな」


その何かは、動くことなくこちらを凝視している。




「あれは霊怪だよ」

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死ななくなった陰陽師 星奈 @amimaru

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