灰塵のデットリバルト～ひねくれエルフの冒険譚～

第15話 神木・・・

「何か武器はないのかよ！」

「え？武器？武器武器・・・」

ヴァンの叫びに、茫然（ぼうぜん）としていたリリーは我に返った。

武器と言われても何もない。

あの様子だと考える時間もあまりないと悟（さと）り、森の方へ駆（か）け出した。

「時間稼（かせ）いで！！」

「無茶言うな！」

角兎は素早く後ろに飛ぶと、姿勢を低くし後ろ足に力を籠（こ）める。

黒鎧（くろよろい）を確実に仕留めるため、角での攻撃を選択したのだ。

ヴァンは横に走り飛び、突進してきた角兎を回避する。

視界の端に、落とした短剣が見えた。素早く短剣を手に取った。

角兎は、急停止すると素早く旋回（せんかい）し、再度下半身に力を籠（こ）める。

短剣を拾い上げ、構（かま）えるヴァン。

両者は、にらみ合った。

「お互い、色々と予想外だったな」

黒鎧（くろよろい）の目から漏（も）れた赤い光が揺れる。

その言葉に呼応するかように角兎の喉が唸（うな）る。

「さぁ来いよ。格の違いを教えてやる」

角兎が突進してくる。

ヴァンは、短剣で角を弾（はじ）き、反動を利用し反対の腕で角兎の目を殴った。

今までとは比べ物にならない程の痛みに悶（もだ）える角兎。

ヴァンは、短剣を逆手（さかて）に持ち変え、とどめを刺そうとする。

――短剣は折れていた。

ものの見事にポッキリ逝（い）っていた。

「嘘だろ」

ヴァンの下腹部（かふくぶ）に衝撃が走り、後ろに吹き飛ぶ。

片目を瞑（つむ）りつつ、黒鎧（くろよろい）を視界にとらえ額の角を向ける。

もう一度、攻撃を仕掛けてくる気だ。

短剣はもう使えない。いなすことも、弾くことも出来ない。

ただ逃げ続けるにも限度はある・・・

「ヴァン！」

森の方からリリーの声がした。

今のヴァンにその方向を見る余裕はない。

「受け取ってー！！！」

何かがクルクルと回転しながら、こちらに飛んでくる。

ヴァンはそれを片手で受け取った。

柄（え）のような感触に、勝利を確信するヴァン。

やればできるじゃないかと、リリーと出会って初めて感謝の気持ちを胸に抱（いだ）いた。

そして受け取った得物を確認する。

――木の棒だった。

確信した勝利が、大手（おおで）を振って去っていく気がした。

同時にあの女どうやって殺してやろうとリリーを葬（ほおむ）る方法を考え始めた。もし生き残っていたらの話だが。

角兎が躊躇（ちゅうちょ）なしに突進してくる。

ヴァンは握りしめた木の棒を構える。

もしかしたら、万が一、億が一、この木の棒が効くかもしれない。

“何が起きるかわからんぞ。人生なんて”

と別れた師匠の声が頭に響く。これが走馬灯（そうまとう）か。

「こいよ！ウサギ野郎！」

疾風（しっぷう）のごとく向かってくる角（つの）が、木の棒に触れた瞬間

黒鎧（くろよろい）の小手（こて）から出た光が溢（あふ）れ、木の棒を包み込んだ。

ヅォーーンという振動のような音が響き、角の先端（せんたん）が地面に落ちる。

ヴァンは返す手で、光の棒を振り下ろし、さらに角を斬る。

バランスを失った角兎がよろめいた。

その好機を逃すことなく光の棒を逆手（さかて）に持ち変え、勢いよく振り上げた。

制止する両者。

先に倒れたのは角兎だった。

頭部を正面から切断され、絶命（ぜつめい）していた。

その身体は黒ずみ、次第に粉状になり崩れていった。

身体を覆う黒い鎧は光の粒子に変わり、いつもの姿を取り戻した。

ヴァンは、手に持っていた棒見つめる。すでにただの棒になっていた。

「なんだこれ・・・」

「ヴァン！」

リリーが駆け寄ってくる。

「あんた無事！？さっきのアレ本当に木の棒でやったの！？」と身体をゆすってきた。

この女は人が死ぬか生きるかの瀬戸際（せとぎわ）で、木の棒を投げて寄越（よこ）したのだ。

「オイこら、どういうことだ木の棒って」

リリーが止まる。さすがにまずいと思っている顔だ。

「アレはね、エルフに伝わる聖なる木の枝なの」

ヴァンは“真顔で何を言ってんだコイツ”と呆れながら拳（こぶし）を握った。

「そう精霊の力を宿（やど）すと言われている神木（しんぎ）マジマンジっていうのよ」

リリーは保身（ほしん）のために思いきり嘘をついた。

そこには正義の心も労（いたわ）りの心もなかった。

「そうか・・・これは、そんなに大切な枝だったのか」

と怒りを露（あら）わにしつつ、木の棒を振り上げる。

しかし、神木マジマンジは、黒い粉になり朽（く）ち果（は）てた。

サラサラと風に流されていく神木マジマンジ。

キラキラと光を反射し、神々しい雰囲気を醸（かも）し出している

「ありがとう。神木マジマンジ」

リリーは微笑みながら、うっすらと浮かんだ涙を拭（ぬぐ）った。

第一章 完