第12話

 白んだ空の下、枯れ木のように佇む信号機が、青を灯していた。

 道路をはさみ反対側に三上さんが微笑みながら立っていた。

「稲村君」と三上さんは言った。

「三上さん、生きていたんだね」

「ええ、私はあなたが忘れない限り生きているよ。稲村君も元気そうだね」

「僕は駄目だよ。生きている理由がわからなくなっている」

「あなたは、小説を書いているんでしょ?」

「うん、なんでだろうね。夢を見たいからかもしれないな。だからかな、現実の場所がわからなくなってしまったみたいだ。まるで迷子だ。ねえ、三上さん教えて欲しいんだ。ここはどこだい?現実?過去?それとも夢の中?君は本当にいるの?それとも僕が作った小説の登場人物なの?」

「ねえ、稲村君。現実の世界なんて存在しない。世界を測る物差しが存在しないからね。人それぞれ真実を持っている。現実も過去も夢も全て真実だよ」

「全て真実・・・。ねえ僕は一体誰?」

「稲村君であり、この小説を書いているあなた自身でもある。蝶になった夢を見るあなたなのか、蝶が見る夢があなたなのか誰にもわからない。だから稲村君、夢と現実の境界線なんて探さないで、そんな物は存在しないの。かといって虚無に囚われたら駄目。全てを大切にして。あなたが見る全てが真実なのだから。そろそろあなたを起こす人が来るよ」

「先生、先生」

「立木。立木の声がする。三上さん、まだ行かないで。聞きたい事が、話したい事があるんだ」

「あなたが忘れない限り私は生きているよ」

 信号機は青から赤に変わった。


「先生、先生」

 重たい目が開くと、そこには泣き濡れた立木の顔があった。

「立木・・・」

 喉に水分が無く、掠れきった声がでた。

「先生、おはよう」立木は笑った。目元の涙がキラキラと光り、朝露に濡れた葉のように綺麗だった。愛しい、大切な顔だ。

「おはよう・・・。長い夢を見てたみたいだ・・・。立木が起こしてくれなかったらずっと寝ていたかもしれない」

「うん、先生を起こすのが私の役目だからね。ねえ先生、私、先生の夢を見たよ。どこかの街の小さな部屋で、隣同士座りながら紅茶と一緒にモンブランを食べる夢」

「いい夢だね」

「ねえ先生、同じ夢を見てくれない?」

「ああ、一緒に夢を見よう」

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彼女はモンブランの夢を見る 北乃イチロク @rokurange

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