番外編 わっしゃわしゃまるまるぽむりん
「わしゃわしゃしてえ……!」
「?」
「すみません、壮大な独り言です」
ある時、ついに欲求が口から漏れるほどにまで溜まってしまった私は、訝しげな目でこちらを見てきた団長アーロン氏に瞬時に言い訳をしてみせます。
フフッ、凡人力を舐めるなよ。私の謝罪は脊髄反射で行われる。
ついでにすすっと箒を動かし、雑念は塵と共に去りぬのポーズ。うむ、完璧だ。しっかりごまかせたはずだ。竜舎の清掃が終わったらまたいつも通り竜を溶かしてもふもふの液体を作る作業に戻らねばならぬのだ。
本当にどうでもいいけど、竜って騎乗できるぐらいなんで、乗っかると安定感はあるんですけど。でももふもふしてるせいかな、大分柔軟性はあるのです。あとやっぱり性格は犬より猫よりっぽいよね。私が最も接する機会の多いグリンダ嬢が特にその傾向が強いから余計そんな気になるのかもわからんが……。
「サヤ、何かまたやりたいことがあるのか?」
「ヒエッ!? いやまさかそんな、特にないですあはははは」
フッ。ごまかされてくれるかと思ったが、そんなことはなかったぜ。
団長が何か気遣わしげにこちらを見つめている。
彼、一回複雑な男心で私を無視した事案があったのですが、担当竜のグリンダ様に(割と物理的に)しばかれて以降、以前にも増してこちらを気にかけてくださるようになったなー、というか。
まあ、以前なら「またサヤさんが寝言言ってる……」的にスルーしてくれてたところを、「念のため確認しておきますがそれって寝言なんですかね」と言ってくるようになったというか。
良いのか悪いのか微妙だな! 放っておいてくれようってこともないわけではないからね!
「そうか……」
団長さんが笑いながら「でも君、皆まで言ってないよな? わかってるんだぜ。話すまで待つぜ」という眼差しでこちらを見ている。
フッ。彼は有言かつ不言実行の男。こうと決めたら動かねえ。
まあこの場合無理強いはせんだろうが、どこぞの忠犬よろしく、私が「もうええんやで」と声かけするまでずーっと自主的待ての姿勢は続けそうだ。
しゃーねえなあ、全然大したことじゃあないんだけどよぉ!
「あのですね……たまには、こう、わしゃっとしたいなー、と」
「わしゃっと……?」
「いえ。マジで天職だと思ってますし、色々厚遇していただいて本当にこれ以上ガーガー言うのはあれかなーって、私も存じてはおるのですが、頭で理解できている理屈と心の欲するところって噛み合わないことがあるから人間なんですよね、っていうか」
「そうなのか」
いかん、団長さんが「またこやつわからんことをグダグダ言ってるけどとりあえず話を聞いていることを示すために相槌打っとくか」モードになっていらっしゃる。彼はけして急かさない、私の邪魔をしたりはしないのだが、そこは元人の顔色を窺い続けてピー十年社畜予備軍私、お待たせしているなって察知したら居心地が悪い。巻かねば。
「つまり、本当にあれなんですけど。何の配慮もなくわしゃわしゃしてえな、毛玉をよ……的な、こう」
「ああ……そうだな、竜は皆生き物だからな。毛並みを著しく乱すようなことをしたら、その後ちゃんと直すのだとしても、基本怒られるな」
「ですよねえ……」
恥を忍んで欲望を言語化すれば、そこは竜に対する煩悩に長けていることにかけては私以上であろうことが推察される竜マニアの団長、瞬時に納得してくださった。
そうなんだよー! そりゃね、気性の大人しい子もいるし、そもそもあちらからオーケーサインが出てなければあのもふもふすべすべさらさらふかふか、全てのもふみを置いてきたお体には触れられない。
それはそれとして! 一切の配慮なく! 身の危険を心配することもなく! 相手への申し訳なさもなく! あのもふみを、あのもふみを、食らいつくさんとすほどに、わっしゃわしゃにしてみてえーっ! 絶対楽しいじゃーん!
はい。なんだろうね。普段は私も竜もお互い癒やして癒やされてWin-Winみたいなアレなんだけど、なんかたまに私の中の飢えた獣がさまよいそうになるんだ。ちょっとだけ蛮行を働きたくなるんだ。
「まあ実際やったら良くてドン引き、悪くて反撃なのでやれませんけれども」
「そうだなあ。パンチもキックも噛みつきも尻尾ビンタものしかかりも、どれもそれなりに痛いぞ」
そっかー、それなりに痛いのかー。
突っ込まねえからな。なんでそんなどれも実体験に基づいていますみたいな響きで語ってるんですかなんて、絶対に突っ込まねえですからね!
この見た目はお手本のような金髪イケメン王子、今でこそいい年になって多少落ち着いてきたけど、若い頃はそれこそもっと竜への愛を爆発させていただろうことが、なんとなーくわかってしまうからな。竜関連だとすべての愛と黒歴史を一通り履修してたとしても全く驚かない御仁だからな。
心の中の獣のままに飛びかかって「何すんだテメエ!」されたこと、そらあ一度や二度ではなかろうなのでしょう。
そして全部履修しても今に至るまでピンピンしてるのももはや驚かない。サヤ、知ってる。竜騎士、大体皆フィジカルモンスター。てかそうじゃないと竜のお相手が務まらない。きゃつら、見目麗しいキューティーハニーズだけど、なんだかんだ世界最強生物だからね。あとシンプルに体格差。でかい相手にはかなわない、これ世の中の基本。
しかし団長氏の担当竜がグリンダ嬢であらせられるの、こう考えると結構相性がいいのかもわからんな。グリンダ様、意思表示明確だからな。
「だから、私は学びを得たのだ。本体の毛を逆なでようとするからいけないのだ、と――」
おい、なんかまた流れ変わったぞ。
団長がうんうん頷きながら、そっと懐に手を忍ばせ、取り出したるは――そ、それは!
「け、毛玉! それはまさかもしかしなくても、竜から抜け落ちた毛玉ですね!?」
「そうだとも。あ、ちなみに季節の変わり目の換毛期に集めたものかつちゃんと洗ってから塊にし直しているので、安心安全だぞ」
「よ、よろしいのですか!? そのような良きものを……!」
「大丈夫、他にいくつもあるし、君も換毛期が来たら嫌というほど自作できるから……」
そっ……と掌の上に落とされる毛玉。
わしゃあ! わっしゃわしゃあ! ヒャッホー! 握りつぶしても押しつぶしても頬ずりしても何も言われねー! だけどあのふわふわ感はちゃんと伝わってくる! イエーイ!!
「……ふう。ありがとうございました、団長」
「構わんとも」
通じ合う私達。そう、それはもふみをモフモフせねば生きていけないちょっぴり悲しき獣たちの相互理解。
しょうがないよ。だって人間はもふもふしてないんだもん。もふもふは外注しないとあかんのだもん。でも生活の一部にもふもふがないとしょんぼりしちゃうんだもん。
とりあえず、高度な竜マニアパイセンによって一時の欲求は満たされた。私はこれでこの後、また何の憂いもなく、雑念のない竜の皆様の専属マッサージ師に戻ることができる。
(いやあしかしこれ、ぬいぐるみとかにもできそうですよねえ。気持ちいいだろうし、一緒に眠れたら幸せだろうなー。もっといっぱい集めてでっかいぬいにしちゃうのも、いいですよね。それにやっぱり、本物の皆さんとの緊張感孕みつつやり応えのある触れ合いからでしか得られない幸せもあると再確認できました!)
ハッピー、イージー、ワンダフル。
日々充実した異世界生活が続いていくのでした!
お疲れアラサーは異世界でもふもふドラゴンと騎士の世話をしています 鳴田るな @runandesu
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