人の気持ちが分からない
高黄森哉
読心
男は、白衣の男の前に座っている。この男は、日頃から生きにくさを感じていた。彼が彼の意見を述べるたびに、周りから人は離れていった。その意見が、あまりにも率直過ぎたからである。普通なら言うのを、ためらう事を、真っすぐに指摘した。そのため、度々人を傷つけた。しかし、彼は何故、自分の発言に人々が傷つき、人々が自分を嫌うのか、まったく理解できなかった。彼は、人の気持ちを量ることが出来ない人間だったのだ。
「あなたは、人の気持ちが分からない人間です」
「ははあ、なるほど」
「この病気には名前が付いています」
白衣の男は、病名をつげた。
「ああ、そうだったんですか。自分があの有名な病気を抱えて生きていたとは、思いませんでした」
「ショックではありませんか」
「いいえ。自分の生きにくさに、説明がついたのでホッとしています」
男は胸をなでおろした。自分は、どうして、こうも人と違っていたのか、原因が判明したからだ。これ以上、人が離れていくことを勘ぐらなくて良くなったのだ。解放された気分であった。
「ところで、……………… そうですね、まだ、未認可なのですが、治療を受けてみませんか?」
「この病気は、完解する類のものなのですか」
「いいえ。今までの医学の常識では、違いました。しかし、ある研究で脳に強力な電磁波を当てて、ある領域をやけどさせると回復、いや、それどころか、健常者以上の成績を収めることが認められました」
「危なくないんですか」
「ええ、危ないです。後遺症が残る可能性が三割あります」
「後遺症とは、どのような、ものなのでしょうか」
「脳は、まだ判明していない機能が多いんです。予測不能ですね」
男は、家に帰り、妻に一切を報告した。妻は、男の性格を愛していたため、反対した。それに、子供がまだ小さいのだから、後遺症で介護が必要になれば、大変だと主張した。
だが、男は、治療を受けたがった。いままで、人から避けられる原因を突きとめた上、解決出来るかもしれない、またとない機会なのだ。それに、人の心を感じ取れる機能に、興味があった。人が何を感じているか理解できるなんて、素敵ではないか。
次の日には、例の病院へ、治療を受けることを約束していた。堅苦しい合意書に署名するためだけに、半日が溶けた。それでも、折れなかった。それほどまでに、普通の人間に、なることを望んでいたのだ。
そして、治療が始まった。頭に取り付けられた、電磁波放出装置が唸りを上げ、男の脳を焼く。脳に麻酔はかけられなかった。地獄の痛みだ。手術が終わるまでに、ひどく衰弱していた。終わってからは、病院のベットにしばらく横になっていた。
「どうですか。手術の方は。手をグッパしてみて」
「こうですか」
「後遺症はないみたいだね。念の為、おかしなことがあったら、すぐ連絡するように。ところで、人の気持ちは分かるかね」
「さっき、ナースが来ました。彼女は僕の顔をみて、笑いかけました。彼女は、僕に気があるようです」
「本当に? そうか。でも、それじゃあ、ちょっと僕には不確かだから、そうだな。じゃあ、僕の今の気持ちを当ててごらん」
「先生は、手術が成功して、心から安堵しています」
「大正解だ。君は普通の人よりも、心を読めているようだ。心が読めるようになって、何か感想はあるかい」
「はい、先生。分かったんです。ここから、待合室のベンチが見えます。そこで、人が話しています。彼らの思考をふと読んでみたんです。それで、―――――― 人は、人のコトを分かったと錯覚してるだけなんだって。先生、人には、他人の心は、読めないんです。だから、僕はきっと正常だったんだ。ただ、僕に足りなかったのは、人を理解しているという、根拠のない自信だったんです」
人の気持ちが分からない 高黄森哉 @kamikawa2001
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます