最期のメッセージ

結騎 了

#365日ショートショート 055

 男の命は燃え尽きようとしていた。

 誰よりも、彼自身が死期が近いことを悟っている。震える手を伸ばし、ナースコールを押した。最期に家族に伝えたいことがある。

 男は、一生を振り返った。家族には迷惑をかけてばかりだった。ほとんど家にはおらず、国内外を飛び回っていたからだ。男の仕事は外国人の就労支援。たとえ日本の文化を知らなくても、たとえ日本語が喋れなくても、本人の希望さえあれば日本で働けるように……。諸外国を渡り歩き、国内では企業への熱心な説明を重ねた。男の何十年にもわたる活動は功を奏し、今では外国人労働者の受け入れが爆発的に増えている。その働きが認められ内閣総理大臣賞を受賞したまではよかったが、家族は男の元を離れていった。関係修復を図ろうとした矢先、重病が発覚。病院でひとり、こうして死を迎えようとしている。

 やがて、看護師が駆けつけた。ナースコールに応えてくれたのだ。「頼む、今から言うことを、家族に伝えてほしい。妻と娘に、なんとしても伝えてほしいのだ」。男は看護師の手を握りしめ、思いを語った。自らの大きな後悔、しかし、仕事に明け暮れながらも常に家族の笑顔を想っていたこと。その決死のメッセージが終わると、男は糸が切れたように絶命した。看護師は、涙ながらに彼の手を握り返した。

 やがて、遅れてやってきた医師が死亡を確認する。書類にサインをしながら、男を看取った看護師に尋ねた。

「ところで、この人は最後になにか言っていたかね。……ああ、すまない。君は日本語が分からないのか。おおい、誰か通訳ができるスタッフはいるかね」

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