memory2 愛の欲求
目を開けると、朝の陽光が瞳を照らした。
「………」
そうか、僕は夢を見ていた…。
まだ覚醒しきっていない頭で考える。
僕の望むことは何か、僕がなぜ夢を見たか。
とりあえずベッドから起き上がって顔を洗う。
人間が生きていくにあたって最も大切なことは己の望みを知ることだ。
そしてそれを知るにあたって、それを実現する力と方法を蓄えねばならない。
だから僕自分の望みを考える。
僕が望むものは──
✤✤✤
昔、そうだな、僕が小学校に入学する以前の出来事だ。
僕の母さんは死んだ。
遺伝性のある心臓の病気で、母さんは一度もその事実を口にしなかった。僕だけではない。全ての人にだ。
記憶上、僕の母さんは常に僕のそばに居てくれた。
とても優しくて、とても温かかった。
僕に何かがあって泣いてしまった時、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてくれた。
毎日僕の隣で本を読み聞かせてくれた。
その本の内容を覚えていないのは、僕が母さんが隣にいるという安心感を感じて眠りについていたからだろう。
心から愛されている。それを実感していた。
急な話、当時から僕は、カレーパンというものが好きだった。
1週間に2回は母さんがカレーパンを手作りしてくれて、それをたべることが本当に好きだった。
なにか悲しいことがあったとき、楽しい事があった時。嬉しいことがあったとき、母さんに叱られたあとも、いつもいつも母さんは笑いながらそれを作ってくれた。
しかし今は食べることはほとんどない。カレーパンを好きじゃなくなったわけじゃない。ただ、僕は母さんの作るカレーパンを、母さんと一緒に食べるのが好きだった。
母さんは死ぬ前に、僕に手紙を書いて残してくれた。それを今思い出す必要は無い。けど、そこに書いてある
けど、問題はそこからだった。
母さんが亡くなって、僕の傍にいる人間は、父とその母。つまり祖母だけになった。
僕はずっと母さんのそばにいて、その体で母さんからの愛を一身に受け続けていた。
それが父からしたら疎ましがったのだろう。
父からの虐待はそこから始まった。
愛する人を失い、深く失望し、僕を恨んだ。
自分に注がれるべき愛を僕に奪われたから。
昼間から酒を呑み、何か気に障ることがあれば僕を呼び出し叩き、殴り、蹴飛ばす。
体のあちこちが内出血を起こし、グロテスクに紫になったアザが日に日に目立っていくようになった。
そしてそんな僕を唯一守ってくれる存在が祖母だった。
僕が父に何かをされた時は、決まって祖母が頭を撫でて、抱きしめて慰めてくれた。
そして、沢山謝られた。
どうして謝るのか、当時の僕はわからなかった。
そんな日々を送る中、僕は『愛』というモノを何処かに置き忘れてきてしまった。
母から授けられた愛はその色を失い、錆び付き、崩れた。
最初はそれを実感した時に悲しさが込み上げてくるのが実感できた。しかし時が経つにつれ、その感情もなくなっていた。
暴力の恐怖から、どうしたら暴力を振るわれないか。どうしたら機嫌を悪くしないか。この人は何を言って欲しいのか。この人は何を求めているのかを常に頭で考えた。そして唯一異常なまでに発達した能力が、相手の気持ちを推察するというものだった。
そうして、今の僕が出来上がってしまった。
愛を知らず、気持ちを忘れ、ただ相手の気持ちを推し量り、それに対して適切に行動する。
それは人間ではない。ただの機械だ。
そこに残るは、渇望しきった愛。
だから僕は望んだ。
愛を。
より多くの人からの愛を──
✤✤✤
僕が望むものは、愛だ。
いま僕に愛を与えてくれる人間は、恋人という存在。
ソレだけ。
足りない。
そんなものじゃ僕は、僕は満たされない。
多くの人からの思い──
無数の人からの気持ちを──
より多くの愛を──
僕は欲しい。
つまり僕が望む愛の解決策は、浮気に他ならない。
でもそれは当たり前だ。僕からしたら当たり前でしかない。
そして今も夢見ている中学校時代を──
なら僕が──
さあ、始めよう。
────。
記憶が僕を作り出す 〜過去の記憶と未来への思い出〜 きむち @sirokurosekai
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