memory1 夕焼け、心の叫び

彼女を追い越してから、僕は颯爽と帰路に着いた。


家に着いてから、風呂に入って晩御飯を食べて本を読む。

けれど、何となく頭の中に黒いモヤがかかったみたいで、集中するということが出来なかった。


本を閉じて、それを棚にしまう。


それからごろりとベッドに寝転がって、瞳を閉じる。


「………」


いつもは黒くて何も見えない瞼の裏に、夕焼けの景色が映った。


それは、またしても思い出だ。

だから僕はそれを受け入れて、ただただ記憶に潜る。けれど、きっとその記憶の海に底はない。果てしなく続く悲しみの海なのだ。


引きずり込まれた先にあったのは、夕焼けの西日によって、オレンジ色に塗り替えられた壁だった。


その壁は等間隔に四角い穴が開いていて、その全てがこちらを覗いているようだった。


見覚えがある。いや、脳ミソにじっくりと焼き付けられたように覚えがあるそれは、中学校の校舎だった。


「…………」


等間隔に開く穴は窓で、縦に4階分、横には無数に並んでいる。


またこの感覚だ。

胸が締め付けられる。


今にも崩れそうな足元を見ると、そこが校庭のグラウンドだということに気がついた。

元は薄い茶色の地面も夕焼けの色には逆らえず、その体をオレンジに染められている。


やがて、懐かしくて、優しい音色メロディーが耳を撫でてきた。


その旋律は、何度も聞いたことのある『蛍の光』だった。


そうだった。


下校時間になると必ず放送されていたそれは、自然と僕に安らぎと、柔らかな悲しさを生まれさせた。


途端、


がく、帰ろ」


誰かが僕の名前を呼んで肩を叩いた。


反射的に僕は後ろを振り向いた、しかしその人物が誰であるかは顔を見なくてもわかっている。

大野 ひかる。いつも朝一緒に投稿していた友達の1人だ。


それをわかっている。わかっているくせに。

僕は光を見た瞬間、喉が詰まって言葉が出てこなかった。


「………」


「どうしたん、楽」


「………久しぶり、光」


そう言った声は震えていて、掠れていた。

僕の今出せる精一杯の声。そして精一杯の気持ちだった。


「なになに急に」


「なんでもないよ」


光は困惑して、しかし笑って僕の背中を叩く。


「そう?とりあえず帰ろ」


「うん」


2人でオレンジに染まったコンクリートの道を歩く。今となっては記憶の中のモノでしかないこの帰り道が、以前は当たり前の日常だったと考えると、何故か不思議な気持ちになる。

この気持ちがなんて言うのかは僕はまだ知らないし、これから知る予定もない。


住宅街の道を曲がってから、店が並ぶ通りに出る。そしてそこに伸びる車通りの多い大通りを、車の来ない隙を見計らって、2人で走って渡る。


学校から2人で歩いて帰る家までの道のりは、1度だって忘れたことがない。今だってわざわざ高校の帰り道にたまに使うぐらい、


「楽、今日ゲームやろうよ」


「ん、いいよ。やろやろ」


僕はいつの間か、この記憶の中に当然のように住んでしまっていた。これは記憶だ。過去じゃない。現在いまの僕が只々思い出している記憶なのだ。だから僕のどうしようと勝手。

今という未来が改ざんされることもない。


だから今は、今だけは光と、一緒にいさせてくれ。


高校に入ってまるっきり話さなくなった彼を、僕はそれほど好きだったのだろう。それを今気付かされた。


なんて僕は馬鹿なんだ。


再び自分を嘲る。


「そういえば、楽は高校どうするん」


「ああ、俺はね、近くの高校がいいな。それと、可愛い女の子がたくさんいるのが条件ね」


なんでふざけたことをいって2人で笑う。

この日常が、なんて楽しいのだろう。

ただただ夕焼けの中、彼と笑うことがこんなに楽しく思えた。


無くなってから大切なことに気づく。


やがて、2人で帰る道も僅かになってしまった。

僕の家は光の家からあと5分ほど歩いたところにある。だから僕はいつも登校の時は光の家に来て、帰る時も光の家に来るという形になっていた。


そして、光の家の玄関まで僕達は2人で歩いてきた。

彼は玄関に向かって言って、


「それじゃあ、また明日」


と手をあげた。


しかし、その明日が無いことを僕は知っている。この記憶はもうすぐに終わる。これは僕の思い出でしかないから。僕はそれがどんなに寂しくて、どんなに辛いかを、無意識に理解してしまった。


彼は玄関のドアノブを握り、扉を開けようとする。

その瞬間だった。僕は僕の体が制御できなくなって、カラダが勝手に言葉を紡ぐ。


「光!!」


急に僕に呼び止められた光は、こちらを振り返る。


「ん?なに?」


に対して僕の体は素直ではなかった。



「また、明日────

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