記憶が僕を作り出す 〜過去の記憶と未来への思い出〜
きむち
プロローグ 過去の記憶
それを見た瞬間、一瞬と言える時間が長く、永遠に感じられた。世界は止まっていて、自分の脳ミソだけが感覚を目覚めさせている。そんな錯覚だった。
しかし世界はすぐに時間を加速させる。
本棚が並ぶ本屋の中で、それは僕の横を通り抜けた。
え──。
頭の中が真っ白になった。
そして、すぐさま体を後ろに向ける。
背中に背負ったリュックの中身が揺れて、腰に少し負担がかかった。
──やっぱりだ。
少しくすんだ金色の髪、大きく並ぶ茶色い2つの瞳、顔の輪郭。そして、風邪が流行っているわけでもないのに常につけている白い不織布のマスク。
その材料が、それが誰であるかを理解させてくれた。いや、理解させられた。
大判の小説本を、彼女は手に取った。
すぐさま僕は彼女の近くに寄って、本を棚から引き抜いた。
そして
高校生特有の少し膨らんだ胸と胸の間に、バッグの肩紐がくい込んで、彼女が動く度に少しふわりと揺れる。
まだ髪の毛が黒かった頃の彼女を思い出す。
僕が中学校3年の頃、彼女と一度隣の席になったことがあった。
それからは、毎日のように話して、なんて言うか、一言で言うと楽しかった。記憶の中の彼女もいつもマスクを付けていた。
僕の言うことに笑ってくれて、少しギャルっぽいところがあるけど、そこも含めて、彼女のことが──
……。なんだよ。僕が彼女のことを、なんだって……。
急な話し、自分で言うのもなんだけど、僕は周囲の人から好かれていたと思う。いつも人前に立てて、常に周りには友人がいて、皆も僕のことを頼ってくれたし、頼らせてくれた。
そんな僕だから、人から好かれた。
つまり、人からその思いを告げられることだって、今までに結構あった。それに対して僕は、1度だけ、そう1人だけしか断ったことがない。
そこに愛があるかと言われたら、無いに等しいけど、告白されたら付き合う。それが僕の生き方だった。
しかし、今僕の後ろにいる彼女と僕は付き合ったことはない。
理由は簡単、僕は彼女に嫌われてしまったからだ。
中学生っていうのは面倒なもので、誰かが誰かと付き合ったら、一大事になって一瞬にしてその噂は広がってしまう。だから僕は、誰かと付き合った時は絶対に人に言ったりはしなかった。相手にも他言はするなと言い聞かせていた。
そうすると、誰かと付き合っている時に誰かに告白されるということが多々あった。
そして僕はそれを拒まずに、受け入れた。必然的にそれは浮気になる。けれど僕が誰かと付き合っている。なんてことは誰も知らないので、僕のコミュニティの中に僕が浮気をしているという噂が広がったことはなかった。
そういうことを何度か繰り返しているうちに、浮気をすることは当たり前。という考えが僕の中に寄生した。
裏から見ると多数の女の子と紐で繋がっているように見えるけど、表面から見るとただただ多数の女の子と仲が良い。という風にしか見えない。
だから大丈夫。だと思った。
けど、そこが唯一の僕の穴だった。
彼女は僕のそういう所がきっと嫌いになってしまったのだ。表面上、多数の女の子と仲が良いと言ったが、それは言い換えてしまえばただの女たらしでしかないなだ。そこが僕の落ち度だったのだ。
そして、肩の触れ合うような距離にいる僕達だけど、いつの間にか心の距離だけはどんどんと離れていって、関係は引き裂かれ、いつしか口を聞くことは無くなった。
これが僕が初めて人から嫌われた経験。そして初めての⬛︎⬛︎だったのかもしれない。
たまに僕は彼女を思い出す。
しかし高校生2年生になった僕には今、恋人がいる。恋を教えてくれたたった1人の恋人が。
「…………」
インクと紙の匂いが鼻を抜けていく。
中学生から高校生になった僕は、容姿は全く変わってしまっている。けれどそれは彼女も同じだった。耳にピアスが着いているし、髪の毛も染められている。
けれど、僕だけが彼女を分かっていて、彼女は僕をわかっていない。
そう考えたら、胸がギュッと締め付けられた。
そして足が軋んで、震え出した。
これはきっと、悲しさなんだろう。
忘れていた悲しい記憶は、色褪せてもなお輝き続ける。
そんな言葉が頭に思い浮かぶ。
なんだよそれ。超イタいじゃん──。
自分で自分を嘲る。
彼女はパラりと本のページを捲る。
その横顔を見つめると、更に足が強く震える。
なんで僕は──。
足元を見下ろして、それから彼女を再び見つめる。
話しかける勇気なんてない。
話しかけられるはずがない。
そうして、彼女は本を棚にしまってその場を去っていった。
僕の足はやっと震えを治まらせ、正常に稼働する。
それから彼女の背中を追いかけた。
そしてそれを追い越して、
僕は彼女の元から去っていった。
それから僕が彼女に会ったことは一度もない。
だから伝えておけばよかった。
僕は君のことが⬛︎⬛︎だったって。
そしてそれがこの話の終わりで、これからの話の始まりでもあった。
これから彼女は僕の中で、僕が生き続ける限り永遠に生きるのだ。
この出来事がきっかけで、高校生の僕はいま中学校の記憶を鮮明に思い出す。
そして、過去の記憶が、未来へと繋がることを僕は知らなかった。
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