第54話 最終話 旅立ち

 旅に出る前に、チェルシーが山に棲まうハイエルフの長老と話をつけてくれていた。


「エルフ族にまつわる血統術があるが、ティリオンたちどうする?」

 チェルシーがその話を持ってきてくれた。


「それはどういうものだ?」


「うん。元々エルフ族は長命であったため、多族間との交流が盛んな種族でもあった。ハーフエルフと呼ばれる混血の種族はエルフと人間との間にできた子孫のことだが、血の量が薄くなるにつれて、特有の姿かたちを留められなくなってきていた。その問題を回避すべく編み出されたのが、種族への回帰。それがエルフの血統術だ。


「それを使うとどうなるん?」

 アイナが不思議そうな声で質問した。


「エルフ族の血が濃くなる。正確には素性ステータスがエルフに近くなる」

「つまりその術を受ければ、俺たちもエルフ族の仲間入りができると言うわけか?」

 ティリオンがこの話に興味を示した。


「純潔のエルフにはなれない。ハーフエルフってとこかな。エルフ語、古代エルフ語、これも自然に習得できるわけでは無い。あくまで素性ステータスの変化のみだから、魔力と理力の体内数値が伸び、筋力はやや落ちる。あ、俊敏性も伸びるかな」


「寿命はどうなる?」


「寿命は長くはならない。あと、耳や髪の色、身長などは全てエルフ族固有のものに近づくよ。もう付け耳はいらないね。さあどうする? 受けるかい?」


 ティリオンとアイナは顔を見合わせた。

「急にそんなこと言われてもなぁ。まあ確かに付け耳は鬱陶しいとは思っていたけれど。どうする~おじさん?」


「俺の地毛は黒だ。それを金色に染めようにも、もう染料が底を尽きかけている。シークレットシューズの履き心地もあまり良くない。チェルシーの話は悪くないな」


「え、そんな理由なん? でも、二度と人間族には戻られへんのやろ?」


「姉ちゃんその通りだ。だから真剣に考えて欲しい。あ、ちなみに血統術はハイエルフのものであってダークエルフのものではない。だから姉ちゃんの髪の色は今よりももっと明るくなるが、肌は黒くはならない」


「この世界には、日サロが無いからそれは困るな~」

「オルテシア大陸は夏の季節がかなり長い。一日日向ぼっこしていれば、肌は黒くなると思うよ」


 一日考えて相談した結果、ふたりは血統術を受けることにした。


 元々ティリオンは乗り気だった。アイナにとってはいずれやってくるであろう妹が、転生後の自分を受け入れてくれるかどうかが気になっていた。


 身体的な特徴は耳と身長を除けばほとんど変わりはなく、むしろ身が軽くなると聞かされて、アイナは「ダイエットになるやん」と腹を決めた。


 かくして、エルフ族の秘術をティリオンたちは、訪れたエルフの村で受けることになった。本来は人間に対してこのようなことは行わないとのことだが、国を救ってくれたこと、そしてチェルシーの計らいが大きかった。


 それからもうひとつ、エルフ族の歴史が書かれた貴重な書物をもらった。アムル山に棲むエルフを知ることは、ティリオンの経歴詐称に信憑性を持たせることができる。これが当人にとって何より嬉しかった。


 ◇

「もう行ってしまうのか?」

 ホームの玄関口で、ティリオンたちをチェルシーとレッジーナが見送ろうとしてくれている。


「本当に金は要らないのか?」

 金とはダイモンが貯めた資金など、ホームに蓄財してあった分である。


「王国再建のために必要だろう。それに俺たちにはこれまで稼いだ分が残っている」

 ティリオンは笑顔で答えた。「むしろ移民者たちがこれからも大勢やって来るだろう。暴徒と化さないように彼らを支援してやってくれ」


「安定した仕事も確保できたし、囚われていた洞窟内には火属性の魔晶が大量に眠っている。オイラたちはもう困らないさ」

 チェルシーは何度も頷いた。


「これからどこに行くの?」

 レッジーナが訊ねた。


「魔法国家マジェストを目指す」

「そこに行くにはいくつか国境を超えないといけない。行くなら大陸中央を渡りながら、ライセンスを取得することをお勧めするわ」


「ライセンス?」

「国家間の競争が激しくなると、間諜や工作員などを懸念して人の出入りに制限がかかる。けれど、優秀な人材や商人たちは囲いたい。ライセンスは身分を証明された通行手形のようなものね。ライセンスを発行してくれる協議会は、商業国家マイルフォーセルにあるわ」


「ありがとうレッジーナ。ご忠告感謝する」


「これはキャリバーンから隣接国へ移動するためだけの通行手形だ。持って行け」

 チェルシーが小さな手でティリオンに渡してくれた。そこへ、鳥車がやって来る。


「車を引くオードリーはその背に人を乗せることをあまり快く思わないが、人語を解する賢い畜獣だ。市街地までこれに乗って行き、そこで帰れと命じてくれれば帰巣本能でここまで帰って来る。これに乗って行くのだ」


「チェルシー、ありがとう」

 そう言うとアイナはチェルシーに抱きついた。その後、レッジーナとも抱擁する。

 ティリオンもチェルシーと握手を交わす。


「国民を救ってくれてありがとう。なあティリオン、もし旅の目的を果たしたときには、またここに戻ってこないか?」

「ああ、俺たちもそうしたいと思っている。そんときはまた世話になるかもしれない」


「大臣の位を用意しておこう、ふたつな」

 ふたりはハハハと笑った。


 レッジーナがティリオンに杖を差し出す。以前からレッジーナが使用していた魔法の杖だ。魔晶は風属性と治癒魔法に適したものをはめ込んでくれている。


「ありがとう……ティリオン……」

 そう言うといつもは気丈に振る舞うレッジーナが急に背を向けた。その体は小刻みに震えている。その肩にそっと手を置き、


「また会おうレッジーナ」

 と声を掛けた。


 ふたりは鳥車に乗り、「出発してくれ」と頼むと、オードリーはクエッとひと泣きして歩き出した。


 解放されたラパン族が集まってきて、去り行くティリオンたちの鳥車をどこまでも追いかけて手を振る。

 アイナは涙を流しながら彼らに大きく手を振った。


 ◇

「なあ、いきなりマジェなんとかという国に行くんか?」

 ふたりに持たせてくれたオヤツを食べながらティリオンに訊いた。


「そうだな……そうしたいのはやまやまだが、まずはライセンスというものを手に入れた方が、効率よく国を回れそうだ」


「それって免許証みたいなもんなんかな?」

「取得試験はあると聞いてはいるが内容までは知らない。簡単に手には入ればいいのだが……」


 ふたりを乗せた鳥車は轍を踏み外すことなく進んで行く。

 これからふたりにどんな困難が待ち受けているかは分からない。でもふたりなら、どんな高い壁でも超えられることを、互いに口に出さずとも知っていた。

                         

                               〈了〉

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自称エルフ族の男とダークエルフを名乗る黒ギャルJKの異世界(アウターネット) 川上イズミ @izumi-123

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