4.告白の夜

 柏木の葬式が終わって、僕は日々ぼんやりしていた。

 一つ分かったのは、人はいつ死ぬか分からない。どんな思いを胸に留めていても、死ねば全部無になる。

 柏木は死に瀕して、自分がセックスが好きだと気づいて、この先そういった生き方をしようとしていたのに死んでしまった。気づいた思いも、これからの思いも全部無になった。

 家にいる時も学校にいる時も、僕は腑抜けみたいにぼんやりしていたけど、ある日の夕方意を決して叔父の家に向かった。

 母の話だと叔父は今一人で住んでいるらしい。一人暮らしでも援助してくれる女性がまたいるのは確かだったが、新しい住居は僕の家の近くのアパートだった。僕は叔父の部屋の前に立ってから、連絡もせずに来てしまったことに気づいて、女性がいたり留守だったらどうしようと思ったが、運よく叔父は在宅で一人だった。

「どうした、ゆう。なんかあったのか?」

 突然訪ねてきた僕に叔父は起き抜けの顔で訊ねたが、何かあった訳でも何でもなく、ただ叔父のことが好きだと言いに来ただけだった。

「あー、えっと……」

「まぁ、とりあえず中に入れ」

 叔父は僕を部屋に招き入れると、細くて狭い廊下を先に歩いていった。僕は後を追いながらその後ろ姿に欲情した。

 叔父は背が高く、がたいもいい。適当に伸ばした髪や剃り残した髭や、引き締まった背中を見ていると欲望を抑えきれなくなる。でもそう感じる度に自分の気持ちが分からなくなる。叔父を好きだという思いが強い性欲に押し潰されて、本当のところ、叔父を純粋に思っているのか、ただ性欲の対象として見ているのか分からなくなる。

 だけどその迷いを僕は振り切った。叔父に思いを伝える。それだけを考えた。

「叔父さん」

「なんだ? 有」

「僕、叔父さんのことが好きなんだ」

「好きって、まぁ昔から有は俺のことを慕って……」

「違うよ、そうじゃない。そうじゃなくて愛してるってことだよ」

 僕はこの瞬間までこの思いが成就すると思っていた。

 世間では許されないこの思いも退受け入れてくれると思っていた。

 でも違っていた。叔父はありありと困惑の色を表して、その後は滔々とそれはいけないことだと語った。辺りが暗くなるまでその説教めいた話は続き、叔父は家まで送ってくれたけど、僕はもう途中から何も聞いていなかった。

 思いが受け入れられなかった。

 受け入れ難いその結末を受け入れられず、母と夕飯を食べている時も、風呂に入っている時も、ただぼんやりしていた。

 なんとなく現実が身に染みてきたのは布団に入った時だった。

 涙は零れなかったが、柏木の顔が浮かんだ。

 彼は自分の本意に気づいたが死んでしまった。生きている僕はそうならないように叔父に思いを伝えたが、何にもならなかった。

 初めて柏木がうらやましいと思った。

 死んでしまった彼は、もう悩むことはない。

 生きている僕は冷えた布団に一人でいる。

 見上げてもそこに好きな人の姿がある訳でもなく、白い天井があるだけだ。

 ふと、死に憧れる。それで全てのことから解放される。

 友人を失ったことからも、叶わなかった思いからも解放される。

 そんなふうに考えては駄目だと思いながら股間に手をやると、今までにないほど勃起していた。



〈了〉

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見上げても、そこにあるのは白い天井だけ 長谷川昏 @sino4no69

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