仮称「J」の幻影
鳴海穗
1、たのしい たのしい たのしい
折り曲げた右手の指を一つずつ広げていく。手の内側に溜まっていた黒い砂がサラサラとこぼれ落ちていく。その者にとっては砂はとても冷たく感じられた。
アスファルト上に一つの山になった黒砂を見つめると、高揚してきたのかケタケタと笑い始める。
悲鳴のような叫び声がザッと湧く。だが、それはほんの一瞬であった。
──$。XE
──$。XE $。XE $。XE $。XE
──##############!
風船をたたき割るような音が一斉に鳴る。紅が一番地区内で飛び散った。
工事現場に設置された騒音計は計測不能の文字を浮かべた時、周囲の電灯と共に表示が消えた。
たちまち闇が支配する。そこに残るのはケタケタと笑う一人の男の声───と思いきや、次に女の声で笑い、さらに男の声で楽しげに笑う。それはボイスチェンジャーで変えられた音声のようなものでは無い。肉声だ。幅のある声調はその地に狂気を作りだす。
隣の二番地区と三番地区からは救急車のサイレンがあちらこちらで鳴り始めた。鼓膜が破れて血が止まらない。もともとうっ血していた箇所から突然血が吹き出して止まらない───など、出血にまつわる内容の百十九番通報が一カ所の消防情報通信センターに集まった。回線は逼迫し、病院の救急車は足りなくなる。
出血量から不安を抱いた住民は家族の力を借りながら、或いは自らの足で夜間の病棟へ駆け込む者もいた。
二番地区、三番地区の病院はごった返した。
センターは一番地区の病院へ緊急を要する連絡を取るが何故か回線が繋がらなかった。
この日、一番地区の生存者はゼロとなった。
仮称「J」の幻影 鳴海穗 @Inahomachi
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