堀口明日香の仮想戦記その1、実験潜水艦

山口遊子

第1話 実験潜水艦71号艦

[まえがき]

毎度のことですが、この物語に登場する人物・団体・名称・国名等は架空であり、実在のものとは関係ありません。気持ちはスーパー潜水艦建造秘話。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昭和14年4月1日。午前7時。


 当時の帝国にはエイプリルフールなどというバカげた風習はなかった。従って帝国臣民は1年365日いたって真面目なのである。


 世間では、つい先日NHKが無線・・によるテレビ実験放送を公開した。そういった時代である。



 ここは、呉海軍工廠の岸壁。艤装を終え、すでに各種実験を行って良好な成績を収めている実験潜水艦71号艦が横付けされている(注1)。涙滴型・・・の艦首の先端は水没している。この艦首の形状は、当初の計画ではマッコウクジラ型であったが、堀口明日香による『バルバスバウが有効なら潜水艦でも有効じゃない?』という一言で東京帝大工学部船舶工学科において造船模型による水槽試験を行ったところ、水中抵抗が格段に低下したため採用されたという経緯がある。この変更により水中抵抗は低下したが、水上抵抗は逆に増したため、当初計画であった水上18ノットが15ノットに修正されている。ちなみに、昨年12月、平賀譲造船中将が東京帝大の総長に就任しており、東京帝大では軍学一体となった研究が一層進み、各種の新機軸も考案されつつあった。



 今日の実験では、定数である九五式53・・・・・センチ酸素魚雷本(注2)と満載燃料24・・トンを積み込んでの最大水中速力25ノットの確認を行う予定だ。


 乗り組むのは、海軍実験部所属堀口明日香海軍少佐以下12名の実験部員。艦の定員は11名艦長は堀口少佐と兵学校同期の鶴井静香海軍大尉である。堀口少佐は操艦などから離れ、できれば・・・・実戦配備に向けての艦内の人の『動き』を確認しようと思っている。気分は艦長に指示を出せる提督である。


 ダイムラー・ベンツ社製ディーゼルエンジンが快調に起動し、小気味よい振動が堀口少佐のいる発令所に響いてきた。




 2隻の曳船から伸びたロープに艦の前後が引かれて、71号艦がゆっくり離岸する。十分桟橋から離れたところで2本のロープが外されて、曳船はロープを巻き取りながら退去していった。


 鶴井艦長以下実験部部員たちが出航手順を進めていく。


「取り舵一杯、前進微速」


「前進微速」


 艦がゆっくり艦首を左に巡らしながら前進していく、方向が定まる少し前に、


「舵中央、前進半速」


「舵中央、前進半速」

 

「実験水域までこのまま。操艦任す」


 副長役の実験部部員に操艦を任せた鶴井艦長に向かって、海図盤に行儀悪く腰かけている明日香が、


「やはり、エンジンはドイツ製だわ。音が違う。油が乗ってるって感じよね。そう思わない静香?」と分かったような口を利く。


 鶴井静香は明日香がエンジンの音など聞き分けられないことをよく知っていたので、苦笑いしながら、


「提督でも違いが分かりますか?」


『提督』の言葉にニヘラと笑った明日香が、静香に向かって、


「それくらい分かるわよ。

 それと、わたしはまだ・・少佐なんだから『提督』と呼ぶのはほんの少しだけ・・・・・・・早いわよ。でもこの艦内だけなら『提督』と呼んでもいいわ」


『提督』呼びはまんざらでもないようである。



 呉より実験水域として指定された佐田岬半島沖まで直線距離で約60海里。水上12ノットで5時間。最高速度試験は13時を予定しており、観測船が1隻実験に立ち会うことになっている。


 実験水域の水深は約150メートル。潜航深度30メートルで水中速度試験を行う予定だ。


 呉から本土と倉橋島を隔てる音戸の瀬戸を慎重に抜けた71号艦は倉橋島を右に回り込むように柱島方面へ向かい連合艦隊の巨艦を遠く右手に眺めつつ南東方向に舵を切り実験水域である佐田岬半島沖に向かった。



 時刻は12時30分。実験開始の30分前。71号艦は実験水域に到着した


 艦橋上に登った見張り員が、観測船からの合図を認め艦内に伝える。


「観測船から旗振られました」


 実験開始だ。


 露天ブリッジから見張り員の役割の部員が艦内セイルに入り、内側からハッチ閉鎖。セイル内で小窓を覗いていた航海士の役割の部員と共に梯子を伝って発令所まで下り、割り当てられた計測器に向かった。


「各タンク注水準備よし」


「71号艦、前進半速。メインタンク注水。潜航開始。前部トリムタンク注水。下げ舵5度」


 セイル前方中央に取り付けられた潜横舵がわずかに下に向き、水中にある艦尾の潜横舵がわずかに上に向く。


「前進半速。メインタンク注水。前部トリムタンク注水。下げ舵そのまま」



 艦首が下がり艦がゆっくり海中に没していく。



「深さ25。前部潜横舵、後部潜横舵水平、後部トリムタンク注水」


「艦水平。深さ30」


 ぴたりと深度30で艦が水平になったところはさすがである。


「これより速度試験を行う。電池直列。前進一杯」


「前進一杯」


 艦内速度計の針がゆっくり右に振れていく。


「速度15。15.5、16、……、20」


 これまで水中20ノットを越える潜水艦は存在しないと考えられていたためか、ここで艦内から声にならない声が漏れた。


 もちろん堀口明日香も同様だ。


「いちおう世界記録は達成したな」


 その間も速度計の針は動き、観測員が数値を読み上げている。


「21、21.5、……、24.5、25」


 ここでまた堀口明日香がニンマリした。


「25.5、26、26.5」


「どこまで行くんだ?」


「27、27.5、27.5、28、28、……、28で安定しました」


「このまま5分ほど様子を見よう。電池残量は大丈夫だろ? 残量が2割を切ったら5分前でも実験終了して浮上だ」


 ……。


「電池残量40パーセント」


 ……。


「5分経過しました」


「電池並列。前進半速。浮上する。上げ舵5度。メインタンク排水、前部トリムタンク排水」


「電池並列。前進半速。上げ舵5度、メインタンク排水、前部トリムタンク排水」



「電池残量はどうなっている?」


「25パーセントです」


「全力発揮は10分が限度か」


 この日、71号艦は計画水中速度25ノットを大きく上回る28ノットの水中速度を記録した。この結果は帝国海軍の今後の潜水艦建造計画に大きな影響を与えたのは言うまでもない。



 手始めとして、71号艦の拡大発展させた81号艦が建造される運びとなった。81号艦は艦内容積を増すため艦尾も涙滴型をしており、大東亜戦争停戦後・・・各国潜水艦の標準型となる葉巻型潜水艦の原型となる。



 そして、約1年後、昭和15年3月1日。大型潜水艦イ200型4隻が順次起工された。その2年前住〇金属工業において超高張力鋼、UHT40が開発され、同時にUHT40に対応した溶接技術も開発されていた。このUHT40を使用するイ200型潜の安全潜航深度はこれまでの潜水艦の安全潜航深度とは一線を画すものとなる。


 進水後、堀口明日香海軍中佐・・が1番艦イ201の艤装委員長、鶴井静香海軍少佐が艤装副委員長に就任している。1番艦イ201の竣工は起工から2年後、昭和17年4月である。ミッドウェー海戦の2カ月前だった(注3)。



『堀口明日香の仮想戦記その2、ミッドウェー海戦』https://kakuyomu.jp/works/16816927861131260913 に続く




イ200型要目

基準排水量 2,900トン

水中排水量 4,200トン

全長 84.0m

最大幅 9.1m

深さ 10.3m

吃水 8.5m

53センチ魚雷発射管×艦首6門、艦尾4門、魚雷30本

水上  15kt

水中  25kt

安全潜航深度 200m

最大魚雷発射深度 150m

航続距離

 浮上時 10ノットで25,500海里

 潜航時 7ノットで500海里



注1

この物語世界では第四艦隊事件は発生していないため、電気溶接による工期短縮が積極的に図られている。従って条約型の小型艦艇で船体強度が不足しているものも多く存在しているが、条約失効後建造された艦艇は十分な船体強度を有している。


注2

当初計画では艦首形状がマッコウクジラ型だったため十分な艦内容積が取れず45センチ魚雷用発射管を艦首に艦外装備する予定だった。水中模型実験の結果を受け艦首形状が涙滴型に変更されたため艦首に53センチ魚雷発射管4門を備える発射管室を設けることができた。


注3

イ201は単艦で独立第16潜水隊としてミッドウェー海戦に参加し、真珠湾を出航しミッドウェー近海に進出中の3空母撃沈などの殊勲を上げ、ミッドウェー島攻略に貢献した。堀口明日香はこの功により海軍大佐に進級している。また、帝国海軍ではこれまでの建艦計画を大きく見直し、イ200型の追加建造及び、イ200型の発展型であるイ400型の建造を決定した。



[あとがき]

イ200型の要目での寸法は海自の「そうりゅう」のものです。ワハハ。


そういえば、実験宇宙艦が登場するSF

『銀河をこの手に! 改 -試製事象蓋然性演算装置X-PC17-』

https://kakuyomu.jp/works/16816700427625399167

作中登場する実験宇宙艦X-71は71号艦から取っています。

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堀口明日香の仮想戦記その1、実験潜水艦 山口遊子 @wahaha7

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