電気で溶ける
夏伐
悲観的な風
「また海面が上昇し、一つの島が世界から消えました」
ニュースではいつものように、環境問題を取り上げている。
僕は扇風機の首を自分の方へ固定させつつ、アイスをかじった。型落ちでインターネットを介してタダで譲ってもらった冷凍庫で作ったため、凍り方にもムラがあるし、手作りゆえに味がぱっとしない。
今、世界では失業に加え、土地が減った事による食料自給率の低下、故郷を海に飲まれた人々は難民化し治安も悪化しているという。
常温で放置したアイスが溶けるように、地球の氷河が溶けているらしい。
僕はエアコンをガンガンかけた室内で、扇風機の音を聞く。
今使ってる電気はマンションに備え付けられたソーラーパネルで発電されたものだ。
ほとんどの人はこの暑い中、エアコンも扇風機もなく、必死に緑のカーテンやうちわで暑さをしのいでいる。
なんだか複雑な気持ちになった僕は扇風機を止めた。音はピタリと止む。
環境に良いと言われる発電方法だとしても、今の日本では批判の対象になってしまう。
一人でいると色々と考えてしまうが、頭を振って仕事に集中する。古い家電に囲まれているものの、パソコンだけは最新の最高スペックだ。
風一つで悲観的にも楽観的にもなる。
しかし僕がそんな風に考えられるのも親がお金を持っていて、電気を気にせずに使うことができるからだろう。
就職に失敗しつつも、不動産管理だとか会社の経理なんかについての勉強をしつつ、テレワークで親の会社で仕事をしている。
今住んでいるマンションも親に買ってもらったものだ。
僕は間違いなく恵まれている。
何十年も前に話題になっていた『格差社会』は、今では生死に直結するような問題になっている。
仕事中に計画停電中に熱中症で倒れてそのまま……という話も珍しくはない。救急船を呼ぶことも出来るが、地続きだった頃に比べて助けに来てくれるまでが長い。
学校でも問題になっていた。学習環境を整えなければ今後の国の発展がどうとか。
かなり有名な会社では昔のような設備が整っているようだし、自社で発電設備を揃えている所も多くなってきた。だが、それはまだまだ先の話。
ほとんどの会社はエアコンがあっても使えないし、パソコンよりも手書きで書類を作成したり時代は戻りはじめている。
今は昔に比べてずっと、ずっと季節による死者が増えた。そうニュースで言っていた。
僕は今日〆切の書類を送信し、画面に表示された緑のバーが満たされるのを見届けた。
手作りアイスの棒をくわえたまま、外に出る。
玄関は二重ロック。面倒だが仕方がない。
一度、何かの事件に巻き込まれた住人が襲撃されて、それから一段と警備が増えた。
最近は、富裕層に対する反感も大きく、僕もほとんど買い物はネットで家族と会うこともめったにない。
出歩けばそれだけ襲撃されるリスクが増えるからだ。
マンションの屋上では、かつてあった文明の栄枯衰退を見ることが出来る。フェンス越しに海に沈んだビル群を眺めていると、自分がこの世界ではないどこかにいるような気分だ。
「おーい!」
下の方から小さく、男の声が聞こえた。
僕が声の主を探すと、船を操りながら道路をこちらに向かって進む男の姿があった。
僕も手を振る。
――ヒュッ
一瞬、風が通りすぎる音がして、次いで『バンッ』と発砲音が響いた。
撃たれたのだ、と気づいた時には僕はその場に倒れ込んでいた。
頬が熱い。確認すると、血が流れていた。
サイレンが響いて、騒ぎがどんどん大きくなる。マンションに常駐している警備隊が男を取り押さえたらしい。
明日のニュースで男の氏名と動機を知ることになるのだろう。
このマンションはかなり治安が良い。家賃も高いし警備もいる。にもかかわらず屋上やベランダには銃弾の痕や血痕が残っている。
僕は事情聴取される前にそそくさと部屋に戻った。
玄関の鍵を閉めると、途端に心臓がドッドッと音を立てて動き出す。へたりこみそうになったが、このままでは頭がおかしくなりそうだった。
扇風機を付けると、送風する音が部屋に響く。床に倒れ込むと、冷蔵庫の小さな起動音、パソコンのファンの音。
この小さな箱の中で音に包まれて、僕は自分がなくなっていくのを感じた。
心臓が落ち着いていく。
この古い家電の海に溶けてしまいそうだった。
扇風機は一生懸命に風を送る。あの男の動機は本当の所は分からない。でも、この現状に不満を持ってということならば――そう想像すると、僕は部屋に起きた小さな風をとても悲観的なものだとそう思った。
電気で溶ける 夏伐 @brs83875an
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