2話 旬を味わう和風ポトフ

 さて3品目、これがメインだ。新玉ねぎはしんを残して縦に4等分にし、時間短縮のためにラップで包んでレンジで加熱した。


 それを鍋に張った煮汁に沈める。煮汁は鰹と昆布の合わせ出汁をベースに、ブイヨン顆粒かりゅうを溶かしたものだ。


 そこに1センチ厚さにした半月切りの人参と新じゃがいも、一口大にカットしたブロックベーコン、半分に斜め切りにしたウインナを入れた。新じゃがいもは皮付きだ。味出しのために人参の皮も入れた。


 味付けは日本酒と薄口醤油でほのかに付けた。それをことことと煮込んで行く。


 新玉ねぎポン酢、無限新玉ねぎを作りながら、仕込んでいたものだ。


 煮汁はやはり透明の方が見栄えが美しいし、味も洗練される。主にベーコンとウインナから出てくるわずかな灰汁あくを、小さなお玉で丁寧ていねいにすくう。


 カウンタを挟んで、寺島てらしまさんは無限新玉ねぎを食べながら生ビールを楽しんでいた。時折茉莉奈まりなと目が合い、その度ににかっと口角を上げる。なんとも調子の良いことだ。


 寺島さんのジョッキが空になり、片付けを進める母にお代わりを頼んだ。母が新しいジョッキを運んだタイミングで、テーブル席でくつろがれていたお客さまが席を立たれる。


 その方たちが帰られると、店内にお客さまは寺島さんだけになる。店内に小さく響くのは寺島さんが立てる衣擦きぬずれの音に、母がテーブルを片付ける音、そして茉莉奈が鍋を煮るくつくつと言う音。


 穏やかな時間が流れる。と同時に、寺島さんをあまりお待たせしてはいけないとも思う。そのために普段は滅多に使わない電子レンジまで使った。


 こうした小料理屋が電子レンジを使うのが、悪いこととは思わない。だがなんとなく罪悪感が芽生えてしまう。ならそれを打ち消す様に、美味しい料理を仕立てよう。


 煮汁がわずかに減って来て、食材が顔を出している。もうそろそろ良いだろうか。人参に竹串を入れるとすっと滑らかに刺さった。他の野菜にも透明感が出てきている。頃合いだろう。


 深さがあるうつわに盛り付ける。中心に新玉ねぎを置く。4等分にしたそれをひとつに戻す様にして。


 その周りに他の食材を散らした。寺島さんはお若い男性なので、肉っ気もたっぷりと。煮汁もふんだんに張って、別に彩り良く塩茹でしたスナップえんどうを添えた。


 仕上げに黒の粒こしょうを引いて、スプーンを添え、「旬の野菜の和風ポトフ」が完成だ。


 今回はこの時季なので春野菜を使ったが、夏ならかぼちゃやピーマン、秋ならかぶや蓮根にさつまいも、冬なら白菜や大根など、さまざまな旬の野菜がある。それらをたっぷり使えば、季節を味わえるごちそうになる。


 ただ、茉莉奈の個人的な好みで、いつの季節でも玉ねぎは入れた方が、スープの旨味が格段に上がる様な気がする。


「はい、寺島さん。お待たせしました。熱いのでお気をつけください」


 湯気の上がる熱々のポトフをお渡しする。寺島さんは注意しながら器を受け取った。


「うわぁ、いい匂い。ありがとうな」


 寺島さんは相貌そうぼうを綻ばすと、まずはスプーンで煮汁、スープをすっと口に含む。そして「はぁ……」と穏やかな溜め息を漏らした。


「すっごい優しい味。肉類入ってるのに、野菜の旨味が凄いって言うかさ。これポトフだよな?」


「はい。和風のポトフです。ですのでいつもの鰹と昆布のお出汁がベースで、味付けはお酒とお醤油ですけども、顆粒ですがブイヨンも使っています。なので野菜の風味が強いのだと思いますよ」


 ブイヨン顆粒は市販のものだが、無添加でいくつかのアレルギー品目が不使用のものを使っている。なので市販とはいえ余計な成分は限りなく少ないはずだ。


「なるほどな。そうだよなぁ、ポトフって野菜が主役って感じがするもんな。ベーコンとウインナもたっぷり入れてくれてるけど、この真ん中にどんとある新玉が主役だよな、ビジュアル的にも」


「ええ、もちろん。寺島さんの新玉ねぎをふんだんに味わっていただける一品ですよ」


「嬉しいねぇ」


 寺島さんは目を細めて、新玉ねぎにスプーンを入れた。繊維せんいごと柔らかくなり、透明感のあるそれはスプーンでも簡単に切れる。芯から2枚ほどをすくって口に運んだ。


「あ〜、甘い。しみじみ甘い。旨いなぁ」


 そう頬を緩め、ゆったりと微笑む。そこには来店された時に見せた軽薄けいはくさは微塵みじんも無い。茉莉奈はくすりと笑みを浮かべた。




 本日最後のお客さまとなった寺島さんをお送りし、茉莉奈と母は店内を軽く掃除して、まかないを用意する。


 先ほど寺島さんにお出しした和風ポトフだ。寺島さんの新玉ねぎを母といただきたいと、多めに作っておいたのだ。


 夜も遅いので、量は控えめだ。新玉ねぎも半玉ずついただく。


 温め直し、器に盛ったそれを前に、母とテーブル席で向かい合った。


「いただきます」


「いただきます」


 手を合わせてスプーンを取り、さっそく新玉ねぎに入れた。抵抗も無くするっと外側ががれ、それをたっぷりのスープと一緒にスプーンに乗せる。


 そっと口に運ぶと、口内にふわりと優しい旨味が広がった。


 毎日母が丁寧に取る鰹と昆布のお出汁。それにブイヨンで野菜の風味が足されている。ベーコンやウインナからもコクのある旨味がにじみ出ているが、玉ねぎからも甘みがふんだんに醸し出されている。


 柔らかく煮えたそれは、歯を当てなくてもとろっとほどけて行く。生でも甘い新玉ねぎは火を入れてやると、それをさらに高め、すぅっと身体に染み渡る。


「……美味しい」


 茉莉奈が「ほぅ……」と緩やかな息を吐くと、母も正面で穏やかな笑みを浮かべている。


「ええ。とても美味しいわ。新玉ねぎだからこその美味しさね」


「うん」


 その新玉ねぎを支えるのが、新じゃがいもと人参。新じゃがいもは皮ごと使っているので、ほのかな土の香りが鼻を抜ける。その皮が薄くて柔らかいのも、新ものならでは。


 新じゃがいもも人参も柔らかく煮えていて、すっと歯が入った。どちらもねっとりとした食感が心地良い。それぞれ濃い旨味も蓄えていて、染み込んだスープが味わいを上げている。


 ベーコンとウインナの持つ脂や旨味がスープに溶け出しているが、しっかりと肉々しい味を残している。ベーコンは繊維に沿ってほろりと崩れ、ウインナはぱりっとした歯ごたえを残しつつ、皮の中は柔らかくほどけた。


 スナップえんどうはぱんぱんに張っていて、ざくっとした弾ける様な歯ごたえ。豊かな緑は目にも鮮やかだ。青臭くありながらも甘みをふんだんに内包している。


 全ての食材が滋味じみ豊かなスープで煮込まれることで調和を生み出し、黒こしょうのほのかなアクセントが加わる。お肉はもちろん野菜を優しく味わえる一品に仕上がっていた。


 茉莉奈も母も、スープを最後の一滴まで飲み干し、「ふぅ」と目を細めた。


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさま。茉莉奈、また腕を上げたわね」


 母のせりふで、茉莉奈は喜びに目を丸くする。


「本当? だったら嬉しい。私、この店げるぐらいになりたいからね」


 この「小料理屋 はなむら」は母が始めた店だ。父を事故で無くした時に入って来た保険金などを元手にオープンさせた。


 この店の2階が住居になっている。母は少しでも茉莉奈のそばにいられる様にと考えて、この形を取った。


 当時茉莉奈は小学生低学年だったが、人見知りをしなかった茉莉奈はしょっちゅう下に降りて来て、ご常連に可愛がってもらったものだった。


 だから茉莉奈が跡を継ぎたいと、ご常連の憩いの場を守りたいと思うのも当然と言えた。


「頼りにしてるわよ」


「うん」


 美味しい料理でお腹を満たし、心もほっと癒される。茉莉奈は母の、そして自分の料理でご常連を始めとするお客さまに、ゆったりと憩っていただきたいと思う。


 これからも精進しようと、心に固く誓うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旬を味わう和風ポトフ 山いい奈 @e---na

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ