白鳥(しらとり)は悲しからずや

山口遊子

第1話

 今日は堀口明日香の部署に異動してきた白鳥君の歓迎会を兼ねた会社の慰労会である。今まさに宴もたけなわ。


 あちこちで、大きな声での会話が聞こえて、宴会場はかなり混沌こんとんとしてきたところ。



白鳥しらとりくん! この堀口明日香のいだお酒が飲めないっていうの?」


「いえ、堀口先輩、そんなことありませんが、僕、お酒はまったくだめなんです」


「そうは言ってもあなたのグラス空だったじゃない」


「最初からお酒を入れてなかったんです。すみませーん」


「じゃあどうやって乾杯したの?」


からのグラスをもって真似だけしました」


「はあー? なにそれ。それじゃあ、社会人として失格よ。いいわ、わたしが鍛えてあげる。今から特訓よ。薄いお酒から少しずつ濃くしていけば、すぐにどんなお酒でも飲めるようになるはずよ! このわたしがそうだったんだから。

 だれかー、薄めでハイボール作ってくれるー?」


「はい、明日香」


「静香、サンキュ!」


「白鳥くん、薄めのハイボールだから大丈夫なハズよ」


「堀口先輩、勘弁してくださいよー。僕、お酒の臭いだけでも駄目なんですー」


 酒臭い堀口明日香の顔から顔を背けるようにした、白鳥くんはもう涙目である。


「訓練なんだから、頑張って、ほら!」ハイボールの入ったグラスを白鳥くんの鼻先に差し出す堀口明日香。 


 先輩による後輩いじめ、まさに、アルハラである。本人に自覚がないのが幸か不幸かはわからないが。


「うっ! ううっ! 先輩失礼します」


 白鳥くんは口を押えたまま走って宴会場を後にした。


「あらら。行っちゃった。

 静香、わたしには濃いめのハイボール作ってくれる? やっぱストレートで。ケチケチしないで、なみなみ注いでよ」


「明日香、もう飲みすぎじゃない?」


「そんなわけないじゃない。まだ、グラスで4、5杯よ!」


「グラスで4、5杯って、あなたの飲んでるの、焼酎のロックじゃない。明日香を連れて帰るのわたしなんだから人の迷惑も考えてよね。あれ? そういえば、白鳥くんどうしたの? さっきまであなたと喋ってたのに」


「白鳥くん? 誰だっけ?」


「もー、明日香は飲みすぎなんだからー」



 そのころトイレの個室ではまだ異音が続いていた。



 白鳥は悲しからずや からの酒 薄い酒でも 飲まずただ酔う 季語:白鳥? 作:山口遊子




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