食の細いお姫様

竹神チエ

食は細くも面食い姫。

 ある王国に、可愛らしいお姫様がいました。


 お姫様はとても食が細く、ミルクは一口飲むと「ゲップ!」。

 お豆なら三粒、トウモロコシも三粒食べるとお腹がぱんぱんになるのでした。


 そんな食の細いお姫様を、王様と王妃様はとても心配しました。


 ですから、お姫様にもっとたくさん食べてもらおうと、国中のコックをお城に集め、こういいました。


「お姫様がぱくぱく食べる料理を作っておくれ」


 コックたちは腕をふるって、たくさんのごちそうを作りました。


 厚切りのステーキ、こっくり濃厚なホワイトシチュー、ぱりぱりレタスのサラダに、とろーりチーズのピザもあります。


 でもお姫さまは、ひとかじりで「ごちそうさま」。


 デザートだけでも、とすすめても、ペロッとなめるだけ。コックたちはがっかりしました。王様と王妃様もしょんぼりして、せっかくのごちそうがだいなしです。


 そんな風でしたから、食の細いお姫様は、とてもとても体力がありませんでした。ほとんどの時間をベッドですごしています。


 やがてお姫様もお年頃になりました。でもまだ食は細いままでした。


 ある日のことです。


 お城にひとりの若者がやって来ました。


「お姫様にぼくの料理を食べてもらいたいんです」


 お前は料理が上手なのか?


 王様がききました。


 お姫様がたくさん食べたくなる料理を作れるかい?


 王妃様もたずねます。


 若者は「もちろんです!」と自信満々です。


 ずっと食の細いお姫様を心配していた王様と王妃様は、わらにもすがる思いでした。でも、今回もだめだろう、とも思っていました。


 ですから王様はつい、こういってしまいました。


「もしも姫がお前の作った料理を全部食べたら、結婚させてやろう」

「本当ですか?」

「ああ。約束する」


 これを聞いた王妃様はびっくり仰天しました。


 若者は王子でも大貴族でも、お金じゃぶじゃぶの大富豪でもありません。ただ、ぷらっと城に来て、「料理を作りたい」といっただけの男なのです。


 王妃様より、もっとびっくり仰天した人がいました。お姫様です。お姫様は勝手な約束をした王様に、心底がっかりしました。


「ひどいわ。あんまりよ」


 王妃様は泣きじゃくるお姫様を抱きよせ、王様を鋭くにらみます。


「とんでもない約束をしたものね」


 王様は弱りました。肩を丸めてもじもじします。


「でも若者がどんな料理を作ろうと、姫は完食なんてしないだろう?」


 それもそうです。お姫様は筋金入りの食細姫なのです。


「でもでも」


 お姫様はそれでも納得できませんでした。もちろんどんな料理もひとくち以上食べない自信はあります。でも、結婚を賞品にするなんてあんまりです。


 ですが約束は約束でした。

 若者は厨房で何かを熱心に刻んでいる真っ最中なのです。


「わたくし、ひとくちも食べませんからね!」


 お姫様はそういうと、またしくしく泣いたのでした。


 若者はお姫様がおいしく食べてくれることを願いながら、料理を完成させました。お姫様が待つ部屋に、とびっきりの一品を持って向かいます。


 ドアをノックすると、小さな声で「どうぞ」とありました。若者は緊張した面持ちで部屋に入りました。


「はじめまして。どうかぼくの作った料理を食べてください」


 お姫様はベッドに横になっていました。おっくうでしたが無視もできません。お姫様は起きあがり、天蓋のカーテンを開け、若者がどんな料理を持ってきたのか確かめようとしました。そして……。


「いただくわ!」


 お姫様は大喜びで叫びました。とても素晴らしい料理だったからではありません。お姫様が見ていたのは料理ではなく若者でした。


 ひとめ見て好きになったのです。若者はお姫様がしびれちゃうくらいのイケメンでした。この人と結婚できるなら、どんな料理でも食べるわ、とお姫さまはあっという間に決心したのです。


 若者が作った料理はスープでした。


 黄金色にすきとおったスープです。小ぶりに切ったニンジンとジャガイモ、スライスした玉ねぎに、こんがり焼き色がついたベーコンが入っていました。


 お姫様はスプーンをつかむと、スープをたいらげようと大口を開けました。でもひとくちで……ブーーーッッ!!! 盛大に吹き出してしまいました。


「お姫様!!」


 若者は顔を青ざめました。青くなってもイケメンでした。きっと緑でも紫でも赤でもピンクでもイケメンでしょう。お姫様はゲホゲホせき込みました。


「やっぱりだめだったか」


 報告をうけた王様はがっかりしました。


「ほらね」と王妃様はちょっと安堵しています。


 こうして若者は城を出て行くことになり、お姫様は結婚せずにすみました。

 めでたしめでたし……とは、なりませんでした。


 お姫様の恋は、スープを吹き出した程度で砕けたりしませんでした。お姫様はもう一度スープを飲もうとしたのです。


 ブーーーーッッ!!!! 

 もう一度。

 ブーーーーーッッッ!!!!! 


 心配した侍女が止めるまで、お姫様はスープを飲もうとがんばりました。

 でも激マズなのです。

 自分だけがそう思うのかも、と侍女にも飲むようすすめました。

 いつも冷静な侍女も、ブッハアアア!! 吐いています。


「やっぱりぼくの料理はおいしくないんですね」

「そ、そんなことないわ」


 お姫様は否定しましたが、若者は自分でもわかっているのです。


 イケメンがすっかり打ちひしがれています。打ちひしがれていてもイケメンでした。お姫様の恋のお熱も全く冷めません。若者を褒め、励まし、「料理がマズくても結婚しましょう」と手をにぎりました。


 若者は喜びませんでした。暗い顔をしたままです。


「ぼくには理想の結婚相手がいるのです」


 若者は自分の夢をお姫様に打ち明けました。それは、自分が作った料理を、「おいしい!」といって毎日食べてくれる人と結婚すること、でした。


「でもぼくの料理はマズいのです。みんなそういいます。こんな激マズ料理を毎日食べるくらいなら、料理を作れない男と結婚したほうがマシだと去っていきます」


 若者はイケメンです。だからモテました。

 料理が趣味だというので、さらにモテモテです。


 けれど激マズ料理人だったので、どんな面食い女性も嫌気がさしてしまうのです。だから若者は理想の結婚をあきらめたくて、お城にやってきたのでした。


 お姫様に自分の作った料理を見てもらったら、それを最後に鍋をおくつもりでした。包丁も、お玉も、もちろんフライパンもおいて、ただのイケメンになるのです。そして料理のできない男として、二度とトーストも焼かずに結婚生活を送るのです。


 ですが作ったごはんを、いつも「おいしい!」と食べてくれる奥さんを持つことが、若者の小さいころからの夢でした。簡単にあきらめることはできません。


 若者はぽろぽろと涙をこぼしました。

 それを見たお姫様は胸が苦しくなりました。


「あきらめてはいけません」


 お姫様がいいました。


「あなたが料理上手になるといいのです。そうしたら、わたくしがすっかりたいらげますから、そのあと結婚してくださる?」


「すっかりたいらげますか?」

「すっかりたいらげますわ。毎日、どんな料理も、ぺろりです」


 若者は大喜びしました。お姫様も大喜びのイケメンに大喜びです。

 こうして、若者の料理修行がはじまりました。


 ……紆余曲折ありました。


 季節がいくつもめぐりました。


 お姫様は若者の作った料理を毎回食べました。

 そしてブーーッと吹き出しました。でもまた食べました。


 そのうち、おいしい料理というものを知る必要があると思い、他の人が作った料理も食べるようになりました。有名コックから田舎のおっかさんの料理まで、おいしいと聞けば、どんなものでも食べました。


 料理を作ることもはじめました。食材を育て、収穫することもやりました。山にきのこを、海にマグロを求めて、国中を移動しました。


 食べ、動き、そして食べ続けたお姫様は、すっかり健康になりました。食も細いどころか、大盛パスタをおかわりするほど、大食姫になりました。


 ですが若者の料理の腕はさっぱりでした。まったく上達しないのです。


 いまではお姫様が作る唐揚げは絶品、ポトフは天にも昇るほどの美味で有名になっているのに、若者の作る料理は、死人も吐き出すほど刺激的なものばかりなのです。


「もう料理はあきらめて、姫と結婚したらどうだ」


 王様がいいました。なんだかんだで二人三脚でがんばる二人はお似合いだと思ったからです。


「お料理はお城の専属コックに任せたらいいのです」


 王妃さまがいいました。お姫様が若者にぞっこん、若者のほうでもずっと応援してくれる姫を好ましく思っているのを知っていたからです。


 若者も、そろそろあきらめ時かな、と思いました。


 彼もお姫様が好きになっていました。


 どんな料理でも、ぜったいひとくちは食べるお姫様を、誰が嫌いになるでしょう。マズくてもマズくても「次は上手になるわよ」と励ましてくれるお姫さまは、とても頼もしく、そして可愛らしいのです。


 だから若者はお姫様にプロポーズしました。お姫様の作るポトフをずっと食べたい、といいました。お姫様の返事はまさかのノーでした。


「あなたの料理をたいらげるまで、結婚はしません!」

「姫っ」


 若者は自分が情けなくなりました。

 必ずお姫様がおかわりしたくなる料理を作ると、新たに決意しました。


 そして……。


 ついに!!


「ぷはーっ。とってもおいしかったわ」


 お姫様は若者の作った料理をすっかりたいらげました。


 若者が作った料理は、最初のときと同じ、黄金色のスープでした。ほくほくのジャガイモ、甘いニンジン、スライスした玉ねぎは、天女の羽衣のようにスープの夕暮れのなかを泳いでいます。焦げ目のついたベーコンが香ばしく、スープは匂いをかぐだけで、ヨダレが濁流になるほどおいしいのです。


 決め手は、『これひと瓶で完ぺき!! 万能スパイス☆ミラクルリッチ』でした。お姫様が開発した調味料です。このスパイスをひと振りするだけで、あら不思議、激マズ料理も、高級レストランの味わいです。


「姫、ぼくと結婚してください」

「もちろん、よろこんで。毎日料理を作ってちょうだいね」


 二人はめでたく夫婦になりました。


 王様と王妃様、そして料理修行を見守ってきた全員がヤレヤレといって祝福しました。


 若者改め、新夫の得意料理はスープです。


 その名も、


『イケメン王子の愛妻スープ~隠し味はフォーエバー・ラブ!~』


 なのでした。おしまい。




 

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