第2話 おばあちゃん
サラリーマンを不本意にも救ってしまった死神さんは、冥界に戻ると上司から注意を受けたようだ。休憩から戻ろうとしたときに、別室から色々と聞こえてきた。
「また死なせられなかったらしいな。…お前もさ、今や新人さんの上司じゃないの。先輩なんだ。もう情けない姿は見せられないぞ」
死神さんは背中を向けていて、どんな表情をしていたのか分からなかった。(そもそも骸骨だから顔はそれほど変わらないけど)
「…まぁ、お前はまだ夜にも仕事があるから、今日のところはそれで挽回すればいい。チャンスは1回だけだからな?」
低い声で「はい」と、聞こえてきた。
「よし、じゃあ行こっか」
深夜1時。とある家にその人がいるというので、我々はそこへと出向いた。
壁をすり抜け中に入った我々は、人々の話し声を耳にした。
「ここだね」
話し声が聞こえてきたのは和室からだった。
医療用のベッドで横たわるおばあちゃんがいて、彼女を取り囲むように人がいる。
おばあちゃんはゆっくりとこちらを見て、特に表情を変えることなく天井を向き直した。
「…そういえば…」
おばあちゃんが細い声でそう言うと、周りの人々は顔を近づけた。
「ゆうちゃんは…部屋にいるの?」
「ゆうちゃん」という名前を聞いた人々は、お互いに顔を見合わせて、やがて1人の男性が言いづらそうに口を開いた。
「あの子は…全然部屋から出てこないんだ」
男性がそう言うと、隣の女性がこう言った。
「そうね…ずっと部屋にこもって、ご飯も全然食べないの」
…そのとき、死神さんが天井を見上げた。
「どうしましたか?」
「いや…ゆうちゃんっていうのは、もしかして2階にいるのかなぁって」
そう言うと死神さんは、おばあちゃんと目を合わせて…
大きな声でゆっくりと、言い聞かせた。
「ゆうちゃんを、連れてきます」
そのまま死神さんは階段のほうに行ってしまった。おばあちゃんはまた天井を見ている。
「ゆうちゃんっていうのは…あの男性と女性の子どもなんですかね?」
「さぁね。…ここかな?」
階段を登りきった我々は、2つあるドアのうちの1つをすり抜けた。…棚や机はあるけどここじゃない。ではもう片方か?
「こんばんは〜」
死神さんは穏やかにそう言った。私も後から中に入ったが、その部屋はなんとも乱雑としていた。ベッドの上はぐちゃぐちゃで、服や教科書は床に散らばり、壁には傷あとやくぼみがあって…
当の「ゆうちゃん」は、机に突っ伏したまま泣いていた。
死神さんの挨拶を聞いて振り向いたゆうちゃんは、午前中に助けたサラリーマンとは違ってとても驚いていた。
「えっ…なんっ…はぁ?…なんだよお前!」
声を裏返しながら、腰を抜かしたのか尻もちをついた。
「僕は死神です。死期が近い人のもとに現れて、その魂をいただく者です…」
それを聞いたゆうちゃんはさらに驚いた。
「魂を…てか、だとしたらなんで俺のとこに来るんだよ! 死ぬつもりとかねぇし!」
彼はそう言うが、机には刃が出しっぱなしのカッターがある。
「ああ、そのとおり。君の魂ではなく、君のおばあちゃんの魂がお目当てなんだ」
「えっ…ばあちゃんが…?」
ゆうちゃんは、先ほどの焦りや恐怖とは違う反応を見せた。
「君のおばあちゃんはもうじき死ぬ。だが安心しなさい。眠るように死ぬだろうから」
ゆうちゃんの部屋の壁には時計がかかっていて、トクトクと秒針の音が響いている。
死神さんは時計を見て、ゆうちゃんに聞こえるくらいの声で言った。
「もうすぐだなぁ…あと…2、3分かな?」
ゆうちゃんは部屋のドアに飛びついた。我々をすり抜けたことは気にも留めずに、乱暴にドアを開けて…危うく転びそうになりながら階段を駆けおりた。
我々も階段をおりて、和室に来た。
「ゆうちゃん!?」
「悠介…!」
両親はとても驚いていた。親戚らしき人々も同じように驚いていた。
そんなことはお構いなしに、ゆうちゃんは部屋着のまま近づいていく。両親の間に割って入るように、おばあちゃんに話しかけた。
「ばあちゃん!」
その声を聞いたおばあちゃんは、ゆうちゃんを見て微笑んだ。
「ああ…ゆうちゃん…」
しかし、その微笑みはすぐになくなった。
「ゆうちゃん…ずっと部屋に閉じこもって、ご飯も食べてないって聞いたよ…?」
ゆうちゃんは声を震わせながら謝った。
「心配させてごめん」
ゆうちゃんは振り絞るように喋った。
「…でも、もう大丈夫だから! ご飯もちゃんと食べるし、部屋に閉じこもったりもしない! 大学入って勉強して、ちゃんと大人になるよ! 約束する! …だから…」
ベッドの手すりに両手をつき、ゆうちゃんはうなだれて一言も喋らなくなった。
沈黙を破ったのは…
「ゆうちゃんなら大丈夫よ…ゆうちゃんは頑張り屋さんだもん…できないことなんて…」
おばあちゃんは、ゆうちゃんの手を優しく握ったまま、語りかけた。
目を閉じたおばあちゃんの胸元から白いモヤのようなものが出てきて、我々のもとへゆっくりと吸い寄せられてきた。
それを受け取った死神さんを見て、私は瓶を取り出し…仕事を済ませた。
声を上げて泣く人々の中で、ゆうちゃんはこちらを振り向いた。
なにも見えていないはずなのに、彼は誰かに話しかけるように口元だけを動かした。
「ありがとう」
そんな風に言ったのだと思う。
「帰ろうか」
「…はい」
ひとこと余計な死神さん サムライ・ビジョン @Samurai_Vision
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