ひとこと余計な死神さん

サムライ・ビジョン

第1話 屋上のサラリーマン

「お、やっぱりね。ほらあそこ」

死神さんはビルの屋上を指さした。

その先をよく見てみると、確かに今にも死にそうな人がいる。


「よし、掴まって」

そう言うと死神さんは両手を広げた。

誰にも見えていないとはいえ、この方法で空を飛ぶのは恥ずかしい。死後の世界のつかいになったくせに自力で飛べないのもそうだが、死神さんに抱きついて空を飛ぶなんてやはり情けないのだ。


「到着〜」

死神さんはゆっくりと屋上に降り立った。私が死神さんから降りるときは、右手に持つ大きな鎌が当たらないように両手を広げたまま待ってくれる。


「ゴホン…もし、そこの者」

咳払いをした死神さんは、江戸時代の客引きのように呼びかけた。


「え…」

サラリーマンと思われるその男性は振り返り、ひどいくまを見せながら驚いた。

だが、我々の登場に対する反応はこれきりであり、特にそれ以上は驚くこともなかった。


「随分と落ち着いてるね。それはそうと、あなた今すごく死にたそうにしてるでしょ?」

死神さんはなんの気なしにそう言った。


「…なんですかあなた達は…あれですか? そうやって死神みたいな格好して、僕みたいに死にたい人を止めるつもりですか? だとしたら浅はかですよ」

サラリーマンは少しずつ我々に近寄った。


「君のいう『浅はか』というのは、死にたい人なりのプライドなのかな?」

「はぁ? ていうか、話すんなら対等にで話しましょうよ。こんなお面なんかしてないでさぁ…!」

そう言うとサラリーマンは死神さんのフードに手を入れ、頭蓋骨を外そうとした。


「…あれ?」

「ほらね、触れないでしょ?」

それもそのはず、生身の人間では我々にれられない。


「…とうとう幻覚まで見え始めたか…こんな毎日じゃ幻覚が見えてもおかしくないけど」

「幻覚じゃない。そんなことより死にたいのか死にたくないのかはっきりさせなさい」

ブツブツと嘆くサラリーマンにはさして興味がないようで、鎌の持ち手をコツコツと床に当てて催促する。


「…まぁでも、死神が来たってことは死期が近いってことだよな…分かったよ。死ぬよ」

サラリーマンは力なく路上を見た。


「ちなみにここから飛び降りると特殊清掃員が必要になるしもし下にいる人にぶつかってケガをさせたり最悪死なせたりしたらその賠償はあんたの家族に向けられる。誰も身体的な傷を負わなくても精神的な傷を負うかもしれないし治療費や清掃費だって…」

普段は飄々ひょうひょうとしている死神さんが、このときばかりは早送りで喋っているように見えた。


「だー! 分かった、分かったから! じゃあ俺アパート住んでるからアパートで…」

「アパートで自殺した場合その物件は事故物件ということになり部屋を借りる人も大幅に減る。大幅に減るということは利益の損…」

「あーもう! アパートはダメなんだな! それ以上言わなくていいよ!」

自殺に伴うデメリットの説明は思った以上に長いと勘づいたサラリーマンは遮った。


「じゃあもう森の中で死ぬよ。有名な自殺スポットだってあるだろ?」

「別にいいけど、身元の特定できる物的証拠を残して死ぬのと、身元の特定できない状態で死ぬの、どっちがいい?」

死神さんは左右の手のひらで選択肢を示す。


「どういうことだよ?」

「遺族に引き取ってもらうか、誰のものでもないただの死体として施設に保管されるか…どっちがいいかと聞いてるだけだ」

問いかけられたサラリーマンは黙り込み、やがて口を開いた。


「…あの…死ぬのは一旦保留ってことは…」

彼は細々とした声でそう言った。

「ちなみに駅のホームから飛び込み自殺すると運転手をトラウマにしたり、とんでもない金額の賠償金が…」

「いや話聞いてた!? やっぱり死ぬのは後にするって言ってんの!」

初めはかげっていた彼の目にも、ツッコミを入れる頃には光が生まれていた。


「じゃあいつ死ぬんだ。こんな会社に残ったってしんどいだけだろ」

「やっぱり俺、この会社辞めるよ!」

「えっ」

死神さんは抜けた声を出した。


「会社辞めて、画家になる。ずっと画家になりたかったけど決めきれなかった。けど…あんたと話してると、なんか吹っ切れたんだ」

「ええ…死なないの? いや、ここまできたら死のうよ〜 死神もいるんだぜ〜?」

屋上から出て行こうとするサラリーマンを見て、死神さんはナンパのように付いていく。


私はので声をかけた。




「死神さん、その人もう私たちのこと見えてないです」

「…またか…またなのか…」

私は死神さんの付き添いになって日は浅く、死にたい人に死神さんが話しかけるところを見るのはこれが初めてだが、私はもう大体のことは察していた。

余計な情報を喋ってしまい、その場で崩れ落ちる彼を見ていればこう思ってしまう。




「このひとは、ついつい人を救う」のだと。

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