終末世界のまぼろしご飯
南雲 皋
ボクだって天才科学者だからね
「マスター、食材の供給がままならなくなってきました」
「だろうね」
「このままではマスターの今日のディナーも満足に作れません」
「だろうね」
「かくなる上は緊急コマンド『あたしを食べて』を実行します」
「待って待ってなにそれ!?」
ボクはキッチンに向かおうとするマリアに慌ててしがみついた。
重量のないボクが、ずるずると情けなく数歩引き摺られたところで彼女は停止し、腰にしがみつくボクを見下ろす。
その瞳はライトブルーに光っていて、感情は読み取れない。
彼女はアンドロイドだから、感情なんてものはそもそもないのだけれど。
§
世界は終わった。
未曾有の核戦争によって地表は荒廃し、人類は死に絶えた。
ただ一人、ボクを除いて。
天才科学者だった祖父が秘密裏に作り上げた地下シェルターに勢いよく突っ込まれたボクは、地球の中心にほど近いここから世界の終わりをモニタリングした。
存在しうる全ての兵器が投入され、自然が破壊し尽くされ、国が、人が死んでいくのを見続けていた。
潔いくらいにまっさらになった地球を見て、拍手をしてしまったほどだった。
祖父はシェルターの入り口をそれはもう念入りに塞いでくれたらしく、当時のボクの技術力では外に出ることも叶わなかった。
まぁ、出られたとしても何もないから無意味なのだけど。
祖父がシェルターに遺したものの中でもボクが一番喜んだのは、このマリアだった。
人工知能を有したこのアンドロイドは、写真でしか見たことのない母親にそっくりだった。彼女の存在は、もう世界には自分しかいないのだという、どうしようもない孤独を和らげてくれたのだった。
シェルター内には家畜の養殖場や畑、果樹園も存在しており、地表から水分を抽出して飲み水に変換する装置なんかもあったから、生活には困らなかった。
それらの世話やメンテナンスは基本、マリアが汎用ロボットに指令を出すことにより管理していた。
ボクが時々自分の目でそれを確認しては、小さな綻びを直す程度で済んでいた。
祖父は恐らく、ボクが老人になって死ぬまでの間シェルターが持てば十分だと考えていたのだろう。
だから、ボクが自分を改造して寿命を大幅に超えて生きることは想定外だったはずだ。
ごめん、じいちゃん。でも、ボクだって天才科学者だからね。
最初に自分を改造しようと思ったのはいつだったか。
たしか、マリアを一人にしたくないと思ったことがキッカケだった。
マリアに推定可動期間を尋ねたら、二百年は持つと思いますと言ったから。
だから、ボクも二百年生きようと思った。
どうせ世界に一人と一体しかいないのなら、一緒に活動を停止しようと思ったのだ。
それからは、ひたすら自分を改造した。それに伴ってシェルター内の改造も行なった。さすがにボクをマシン化するための材料までは用意されてなかったから、シェルターから素材を拝借するしかなかったのである。
シェルター内の施設を効率化させながら素材を回収し、ボクの身体に換えていく。
世界が終わって六十年も経つ頃には、ボクはもはやアンドロイドと言っても過言ではないレベルになっていた。
人間の脳みそが二百年持つのかは分からないが、意地でも生きようと思った。
今日はボクがシェルターに入ってから二万三千百四十八日目だけれど、まだまだ頑張れそうである。
「だからボクには食事はいらないんだよ!」
「そうでしたか」
「え、なに? 劣化? マリアが物忘れだなんて嘘だろ」
「私もおばあちゃんになりましたね……」
「やめてよ。っていうかさっきの何? 『あたしを食べて』コマンドについて説明を求めます」
「分かりました。緊急コマンド『あたしを食べて』は、シェルター内の食料が枯渇した際に実行できるコマンドです。私の左腕は豚肉、右足は鶏肉、左足は牛肉の代替え肉として使用可能です」
「いやーーーーーーーーっ!!!!!!!!! なにそのこわいやつ!!!!!!!!! おじいちゃんのマッドサイエンティストーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「非常に合理的かと思いますが」
「その顔で言うのやめて、マジ吐きそう、無理」
衝撃の事実。聞きたくなかった。最悪だ。
母親に似せて作ったアンドロイドを食用にするとか、人として終わってる。
自分をマシン化したボクが言うことじゃないかもしれないけど。
「マリア、たぶんシェルター内をボクがアップデートしすぎて内部領域に空きがなくなってるんだろ。マリアのこと考えてなかったわ、ごめん。今日からマリアの改造するから、もう記憶データ削除しなくていいよ」
「おばあちゃんになったわけではなかったのですね」
「分かってて言うのやめてって」
「ところで、ディナーはどうされますか」
「ボクの食事事情、完全に忘れてるの? 記憶の優先度そんなに低かった?」
ちょっと悲しくなりながら、ボクはキッチンへと向かった。
シルバーのトレイに、パン用の皿と小ぶりのサラダボウル、メイン料理用の大皿とカトラリーを乗せる。
それから特製の錠剤を一粒と、コップに注いだ蒸留水を持って食事専用のテーブルへ。
椅子に腰掛けると自動で電源が入り、ボクの手首にベルトが装着される。
ベルトの付いた手でラムネみたいな味の錠剤を口に放り込むと、ポリポリと噛み砕いて飲み込んだ。
「今日はチーズインハンバーグに、付け合わせはブロッコリーとコーン。パンはバターの効いたクロワッサンとガーリックトーストで、サラダは……和風ドレッシングの海藻サラダにしようかな。名付けて“マスターの洋風ディナー“」
「私の命名権がマスターになくて本当に良かったです」
「ひどい! いいじゃん別に! はい、マスターの洋風ディナーよろしく!」
ボクがそう言うと、テーブルのサイドから伸びたチューブが皿の上に液体を垂らしていく。 今のボクが望んだ味を作り出す、調合液である。
少し待っていると、目の前の空っぽだった皿に料理が見えてきた。
ほかほかと湯気の立ち上るハンバーグをナイフで切って二つに分ければ、中からトロリとチーズが流れ出してくる。実に食欲を刺激する見た目である。
チーズはハンバーグにたっぷりかかっているデミグラスソースと混じり合い、いい匂いを漂わせた。
まずは、とブロッコリーをフォークに刺し、チーズとソースを絡めて食べる。
うーん、今日もマシンと薬はしっかりと仕事をしているな。
ボクの手には肉を切る感触も、ブロッコリーにフォークを刺す感触もしっかり伝わっていた。
まるでそこに本当に料理があるように思えるくらいに。
ボクはそのまま、本当は存在していないブロッコリーを口に含む。フォークの先に付いた薬液が唾液と混ざり合い、ベルトから流れる信号によって味覚情報に変換されて脳内に到達した。
「うん、美味しい!」
ガーリックトーストをちぎって口に含めば、バターとガーリックスパイスの味が口一杯に広がる。カリカリに焼けたパンの食感もバッチリだ。
次はワカメとレタス。ドレッシングを絡めて口に運ぶ。柔らかいけれどコシのあるワカメに、シャキシャキのレタスがいい感じ。少しだけワサビの風味があるドレッシングが、ボクの好みにバッチリ合っていた。
こんな味は入力した記憶がないので、動くかどうか分からないけれどお試しで仕込んでみた学習機能が働いたのだろう。
さて、いよいよメインディッシュである。
一口大にカットしたハンバーグに、これでもかとチーズとソースを絡めて口に放り込んだ。しっかりとした肉に歯を立てると、じゅわりと口内に肉汁が広がる。
それらはチーズとソースの力を借りて、とてつもない威力でボクに襲いかかった。
美味すぎる。
「それは今、ハンバーグを食べたのですか、ブロッコリーを食べたのですか」
「ハンバーグですぅ! ちょっと現実に戻っちゃうからそういうこと言わないで!」
「はい」
「わざとじゃないよね」
「…………はい」
「うーん、悔しいけどやっぱりボクよりおじいちゃんの方が天才だなー。冗談言える人工知能、ボク作れる気がしないや」
「私を育てたのはマスターですよ」
「そう? ならいいけど」
ボクは再びテーブルの上に目を戻し、ハンバーグを口にした。
いつまで、いつまでこんな生活が続くのだろう。
ただただ本当の終わりに向かって歩いている毎日は、思いの外ボクの心を蝕んでいった。
食事の時間を排除しなかったのは、これがボクにとって必要な行為だと無意識に理解していたからだ。生命維持には不要の行為でも、ボクを人間たらしめる食事という行為は、絶対に必要だった。
はるか昔、祖母が作ってくれたハンバーグの味を忘れないよう、マッシュポテトの味を忘れないよう、コーンスープの味を忘れないよう、ボクは今日も、明日も、まぼろしご飯を食べるのだった。
終末世界のまぼろしご飯 南雲 皋 @nagumo-satsuki
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