37話 懺悔と花道
「よく生きていてくれた」
時間は少し戻る。北部での戦闘が終わり、ナディア・ミストシーはバークレイ・リチャード少将に呼ばれた。勝敗や被害より先に、リチャードは全員生還の奇跡に真っ赤な目からまた涙を流す。
「感謝されるようなことは、なにも。あなたの指示が全てでした」
「……あの時点で、援軍は」
「補充はどれほどでしょうか」
ミストシーは先んじることでリチャードを諌めた。そこからは将官が尉官に言うべきことではなかった。
謝罪などすべきではない。そんな場合でもない。リチャードはハンカチで丁寧に目元を拭う。
「……ロードレッド中将が本国から旅団を出してくれた。五千ある。道中はフォーク准将が率いて、その後指揮権は私に移る」
「ギフターは」
「ない」
「そうですか。では失礼します」
ミストシーは辞した。すぐに部屋を出た。ここにいては老兵の悔恨に押し潰されそうだった。
病室へ戻ろう。彼女は歩を進める。
「陰気なはずの場所が一番賑やかってのも、おかしな話だ」
廊下まで響いてくる部下たちの声。勢いよく飛び込んだ。
「もうちょっとゆっくりしたかったのに」
ベル・シャロット少尉は帰ってきたギフターたちにわざとらしく言った。
「おかわりないようでなによりですわ、大尉」
「ゆっくりしてくださぁい! 掃除も火の番もしますから!」
「やっほーエメル」
「やっほーホリー」
労いなど欲しない連中である、シャロットの対応だっていつもこうだし、その辺りはやはり奇人集団だ。
「はぁい好。テナーの護衛、どうだった」
白々しさもどこか嬉しい。エコーズの奇人は煙を輪にして吐いた。
「目的は果たしたよ。もちろん護衛の。なあテナー?」
帰りが一緒なのはともかく、行きは別だし、急ぎも待ちもしていない。カシワギはなんとことかわからずに、それでも明るく頷いた。
「はぁい! 好さんはちゃんとしてましたぁ!」
「ならいいの。さ、みんなもう一回装備の確認をして。一時間後、ここを発つわ」
「えー、私、疲れたよ。ベルはそれでもいいだろうけどさ」
「どこまで前進するのかしら」
「リターツまで。そこで陣を築くの。そこからは……」
決戦ね。シャロットは軽い調子で言った。好たちは、そのせいではないだろうが、適当に返事をして準備に取りかかる。
「……面倒かけたね」
好はシャロットをプレハブに手招きで呼んだ。ヒューゴは会議室で作戦概要を聞いている。もちろんシャロットはどうしたと騒ぎになったが、真剣な顔つきで極秘だと説明すると、普段偉そうな佐官も黙った。ヒューゴの性格を知る者はギフターにしかおらず、外面はクールな副官で通っているために、そのまま会議は進んだ。
「面倒?」
「おいおい、正直な好さんなんか滅多に見れるもんじゃないぞ。あんたもそれなりに応じてくれよ、ライアー」
「なんで? 私は私よ」
「……シィの気持ちがわかるぜ」
「あら、とっくにご存知かと」
一服しなよ。吸わないわ。久しぶりに正面からぶつかった好だが、相手が悪い。そんな誤魔化しが通用するシャロットではなかった。
「…………そんな態度じゃ、いつか誰からも愛想をつかされるぜ」
「さすがね、自分をよくご存知だこと」
さすがの好も降参を手を挙げて首をすくめ、降参のポーズを取った。
「言いたいことはわかるよな」
何も言わずに突然飛び出して中央まで行った勝手行為の謝罪と、そのフォローの礼、伝えるまでもないとは思ったが、さすがに迷惑をかけたという自覚があった。だが言葉にしようとすると、いつもの癖、というよりも性格が災いし、素直になれない。シャロットは胸を張る。
「当然。でも責任をとることはもちろん、とることを回避するのも私のお仕事なの。テナーをやって、エリーとゼノをほだすだけ。簡単よ」
シャロットは微笑んで、
「あなたは責任、とりにいったんでしょ? 逃げてばっかりの私とは大違い。羨ましいわ」
と誰かを想うように両の目を閉じて、しかし彼女らしく、片目だけ指で開いた。
「見つめていないと、愛想つかされて、あなたもいつかこうやって、可愛い奇人たちと南部なんかを任されちゃうわよ?」
好は低く笑った。ああ、こいつは、もうひとつの私だ。遠くない未来の、何かを間違えた私だ、と気がつき、しかし好は己が誰なのかを知っていた。そんな未来でも悪くないと瞳をギラギラと光らせる。
「それが本懐じゃねえのかよ、ライアー。羨ましいのはこっちの方さ。あんたは私のしたいことを、もう全部やっちまってらぁ」
「嘘吐きね」
「お互いさまだ。泣かすなよ、奇人も、狼も。逃げるのは面白いが、泣かすのは面白くない」
「おあいにくさま。泣かすのが面白いんじゃない」
筋金入りのひねくれに、好は今度こそ口に出した。
「降参だ。やりづらいったらない」
「あはは、あなたは私よりずっと素直だよ。嘘の仮面を着けてるだけでね」
「あんたは?」
「地顔よ。正直者の仮面が欲しいくらい」
戸がコンコンと軽く叩かれる。ヒューゴだった。
「やっと会議修了ですよ。はいこれ、資料読んでおいてください」
「ありがと。好。そろそろ発つよ」
部屋を出て冷たい外気を、愛する煙とともに吸い込んだ。
「エメル、お前、手先は器用か?」
「はい? まあ、それなりには」
意味不明な問いかけにもヒューゴは頷く。何を意味するかを知るシャロットはすかさずヒューゴの頭を撫でた。
「世界でも有数の職人よ。私の副官は」
「へ? なんですか急に」
変なものでも食べたのかと、本気で心配するガトーテック。シャロットは彼女の肩にそっと手を置いた。
「せっかくの舞踏会だもの。あなたの作った仮面を着けなきゃ。辺鄙で寒い舞踏会だけど、いつまでもうるさい遠吠えを聞くより、ずっといい。どこまでもついてきなさい、エメル」
「そのうち毛皮でも剥ぎそうだ」
「ありね。やってみようかしら」
「な、何を言っているのか理解できないんですが……」
「いいのいいの。ほら、みんなを集めてきて。遅刻厳禁よ」
「は、はあ。わかりました」
走るヒューゴの背に注がれる視線は、紛れもなく情熱の色を帯びていた。
「遠吠えがうるさいってのだけ、嘘だろ」
わかるぜ。もっと上手く隠せよ。好は楽しそうに声を潜めた。
「……あの子、いい子なのよ、本当に。ね、逃げてるでしょ、私」
「好きで逃げてんだろ?」
そういうことにしておくよ。好はシャロットの背を軽く叩いた。
風は止み、しかし雲は流れている。
「両手に花だ。笑えよ、ライアー。演じてくれ。舞台に出て派手に踊ってくれ。そうしてこそ、千秋楽にゃあ花束が貰えるのさ」
「その一輪に、黒い薔薇はあるのかしら?」
整然と並びゆく軍人、その最前列には奇人の群、目だけで早く来いと職人が呼んでいる。
「……さあてな。だけど、天使から花を奪おうとすればどうなるか、想像はつくだろう?」
「あら、花道だって楽屋だって、真っ赤な劇場よ? 何をしたって一緒、一興よ」
「降参、降参。やってみな。ベル・シャロット」
「ふふ、両手に花は、あなたかもね」
「は?」
「あ、私たちが最後みたい。なんだ、それじゃあ、ゆっくり行きましょうか」
「……奇人の頭領は違うねまったく」
のんびりと歩く二人、しかし注意の声は飛ばない。彼女たちがどういう人物かを考えれば、そんなことをするものはいない。
ユニットは
そして一言。軍人の熱気が雪を溶かす。
「さ、号令をどうぞ」
ギフターズ・ワルツ しえり @hyaru
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