36話 浸る

「面倒を起こすなとベルに伝えてくれ。いいか、絶対にだ」


 いよいよ南部に戻る面子が集まった。雪のやんだ昼下がり、オルカは熱心に説いた。


「ベルに何を言っても無駄だよ」

「そうですね。ま、一応は伝えますけど」


 ミスリスもウィンケルクも不真面目に答えた。見送る側のアビゲイルはこれで隊としてまとまっているのか甚だ疑問だったが、ミストシーやガオロウを知っているために、これが陸軍なのだと割りきった。


「テナー、伝えてくれよ」

「わっかりましたぁ! テナー・カシワギ上等兵、伝えまぁす!」

「いい子だ。お前たちも見習えよ」

「わっかりましたー伝えまーす」

「ホリー、ちょっとは似せなさいよ。こうですわ。わっかりましたぁ」

「あっはっは! 似てねえ、あははは!」


 好はゲラゲラと汚く笑った。よほどツボだったのか、ウィンケルクの背を叩いた。


「そんなに?」


 ウィンケルクとしては自信があったし、それほどひどいとも思っていなかった。


「好、またね」


 シィはもう落ち込んでなどいない。快晴の青い瞳に影はなく、最後にと包容をする。


「これが外れたら、また来るよ」


 ネクタイをつまんだ。縫われたボタンは自然に落ちるようなことはない。


「私が飛んで行って、直してやろうか?」

「そんなことで銀鷹を使ってられないさ」

「本当は自分で出来るんでしょ?」

「シィ、変なことを言うなって。なあ、サラ」

「出来たらここまで来ない。そういうことだろ」

「その通り。さあ戻ろうぜ。楽しい楽しいお仕事だ」

「好が仕切るの?」

「かまいませんけどね、別に」


 ミスリスもウィンケルクも敬礼をし、ユニット装着の後、去った。それにカシワギも続く。


「失礼しまぁす!」

「私も行くよ。おいていかれても面白くないし。じゃあね」


 漆駒は勢いよく走る。シィの別れの言葉は嘶きの中に消えた。聞こえたのかどうかは好だけが知るところだが、彼女はユニットのまま一度だけ宙返りして、そのまま地平線に紛れた。


「なんて言ったんだ?」


 アビゲイルは気になったが、シィは首を振ってなんでもないと言うだけで、


「出発までちょっと寝るね」


 と部屋に戻った。


「我々も鋭気を養おうじゃないか。シィのように寝不足などしていなだろうな、アビゲイル中尉」

「ええ。もっとも空軍では片目だけ閉じていれば睡眠と同様の効果を得られるように訓練をしますから」

「へえ。あの記事は本当だったのか」

「ジョークに決まっているじゃないですか」


 ガトーテックはため息をつく。雑誌の記事を鵜呑みにしないように、なんてつまらない小言をしたくはなかった。


「え? そうなのか、アビゲイル」

「……まあ、よく使われるやつです」


 狼と鷹はそうやって、進軍の時間までを談笑で過ごした。嵐の前の静けさか、空は澄みきり、風も穏やかだ。本格的な冬の訪れを前にして、珍しいくらいの陽気である。

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