35話 増刊

 数時間後、テナー・カシワギが中央拠点に現れた。ユニットの性能を考えればかなりの遅刻である。

 彼女はオルカの執務室でこれまた愛くるしく挨拶をする。


「はぁい! テナー上等兵です! ただいま到着しました!」


 元気でよろしい。そう言ってオルカは緩む頬を意識して引き戻す。


「戦力補充のためとシャロット少尉から連絡があったが、その必要はないと思うので、北部に戻ってくれ」


 カシワギは与えられたメモをこっそり見た。本人はこっそりのつもりだが、面と向かってのことである。しかし咎めはしなかった。


「えーっと、承りました! 連れてきた護衛と、南部援軍として向かわせたミスリス、ウィンケルクと戻ります!」

「よろしい」


 ガトーテックがそのメモを除きこもうとする。警戒などするはずもないカシワギだ、むしろはいどうぞと渡してしまった。


「これはシャロット少尉が?」

「はい! これだけ読めば大丈夫って!」

「なんで遅れたんだ?」

「急ぐと危ないって言われたからです!」

「そうか。それもそうだな」


 オルカはニコニコしながら引き出しからガオロウの作った携帯食料を取りだし、カシワギに与えた。


「わぁ! ありがとうございます!」

「そんなのあげないでくださいよ」

「そんなのって……。あと二本しかないんだぞ」

「これおいしいですよね!」

「そ、そうよね。テナーがそう言うんだもの。おいしいわよね」


 ガオロウはこれを「麦のやつ」と称し、度々配る。好んでいるものは少ないが、待ち遠しくしている者もいて、オルカとカシワギもそうしたグループに属していた。


「テナー、とりあえずミスリスたちが戻るまで待機していてくれ」

「はぁい! あ、何かお手伝いすることはありますか!」

「可愛いなぁ……じゃなくて、えーと、そうだ。飯はまだだろう。食べてきなさい」

「わかりましたぁ! テナー・カシワギ上等兵、朝ごはんに行ってきまぁす!」


 バタバタと走るカシワギ、嗅覚の鋭さか、道を間違えることはなかった。


「で、いつホリーたちが来るんだ」

「昼には」

「んー、それまでテナーの相手をしてくれ」

「はい。中佐は、なにを?」

「することあるか?」

「なにも」

「だろ? 読書でもするよ。誰かがバックナンバーを沢山取り寄せてくれたからな」


 週間ギフターという雑誌がある。リンカーフォード出版から発刊される人気雑誌だ。ページの割に中身は薄く、しかしグラビアにはギフターの私服のピンナップ、直接インタヴュー、季節によっては水着などもカラーで掲載されている。他にも二ページほどのコラムと嘘っぽいゴシップやギフターならではの悩み、相談、噂、質問を解決する「みんなのお便りコーナー」が人気だ。


「愛読してますね」

「私も投稿してみようと思うくらいにはね。軍に応援のメッセージなど出したどうなるか気にならないか?」

「そうですか。それでは失礼します」

「……そんなに興味ないのか」


 オルカは木箱から適当に一冊取り出した。


「お、夏の増刊か。げ、海軍の連中、こんな格好で仕事を……? あ、シィもいる」


 シャツとショートパンツ姿の海軍ギフターたち、それとスペインで撮影されたらしいシィの水着姿。白いビキニが海辺に映える。

 だらしなく肘をついてページをめくる、オルカの安らぎの一時だった。

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