万障
岸亜里沙
万障
仕事帰り、俺は銃を持った見ず知らずの男に拉致された。
銃で脅され、車に押し込まれ、そして連れて来られたのは、山奥の廃墟と思しき建物。
どうして俺は拉致されたのか?
理由も状況も、何も把握出来なかった。
男に促されるまま、俺は廃墟の中へと足を踏み入れた。中は意外にもしっかりとした造りだ。壁紙は剥がれ、床には埃も積もっていたが、リフォームすればまだまだ生活出来そうな家だ。
細部までしっかりと観察し、奴の隙を付いて逃げたかったが、それは出来そうもなかった。奴は俺にピタリと張りつき目を離さない。
もう生きて帰れないんだと、俺はその時直感した。
「お前とゲームをしたい。キキキ」
男はとある部屋に入るよう、俺に命令をした。扉を開けると、そこから強烈な異臭が漂ってきた。
手で口と鼻を押さえながら入っていくと、そこは浴室のようだった。カビだらけになったタイル。割られた鏡。そして浴槽に溜まっている汚物のような茶色い物体。
「お前がゲームに勝てば生きて帰れる。キキキ」
そんなはずはない。
俺は男の顔をはっきりと見ているわけだから、生きて帰すはずがないだろう。
だがとりあえず男の言うゲームとやらの内容を聞いてみる事にした。
「ゲームって?」
「この浴槽内の
男は銃を向けながら俺に警告した。
「俺は外で待ってるからな。逃げようとかするなよ。そうしたらその瞬間殺す。1時間後が楽しみだ。キキキ」
俺は異臭が立ち込める浴室に一人残された。
窓は無いし、換気扇部分はコンクリートで塞がれているようだ。こっそり逃げる事は出来そうもなかった。
とりあえず浴槽の中も確認してみた。
見ているだけでも吐き気がしてくる。浴槽内に溜まった汚物は、およそ30リットル以上ありそうだ。常識的に考えても、こんなの1時間で飲み干せる訳がない。
俺は絶望した。
(1時間後)
「さあ、結果はどうかな?キキキ」
男は浴室内に入ってきた。
「・・・は?お前、何もしなかったのか?」
そう。俺は何も行動を起こさなかった。
この汚物を仮に飲み干せたとして、生きて帰れる保証はない。病気になるか、その前に、胃袋が破裂していただろう。どうせ死ぬなら、銃で撃たれて死にたかった。
惨めに生きようとするくらいなら、潔い死を選びたかった。
「キキキ。ゲームオーバーだ。お前はここで死ぬんだ」
男は俺に近寄ってきた。
「さあ、その銃で殺してくれ」
俺は言った。
「キキキ。誰がお前を殺すと言った?」
「何?」
「誰がお前を、この銃で殺すと言った?」
「え?」
「キキキ。お前の死の結末は、こうだ!」
そう言うと男は俺の頭をつかみ、浴槽の汚物の中に強引に押し込んだ。
万障 岸亜里沙 @kishiarisa
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