第32話 アバドンの首

 宝物庫に侵入を果たしたアバドンは、呼び声に導かれるままに一点を目指して歩いてゆく。


 やがてその歩みが止まると、アバドンの目前には立派な祭壇が鎮座していた。


「貴様、これはなんのつもりだ」


 共に歩いてきて脇に立ったミリュエルに、すかさずアバドンの問いが飛ぶ。


「せっかくの戦利品トロフィーですもの。大事に保管してるって言ったでしょ~? でもそのままじゃ寂しいから、飾り付けてみたのよ~」


 にこにこと釈明するミリュエルの言う通り、首を納めたと思われる容器の周囲は、色とりどりの花で飾り立てられていたのだ。


「これじゃ葬式みたいじゃないの。趣味悪いんだから」


 二人に遅れて追いついたリシュエルが悪態をつくも、


「え~? 綺麗で可愛いと思うんだけど~」


 ミリュエルはまったく悪びれない。


「どの道もう必要なきものである。我が首よ! 在るべき場所へ帰れ!」


 アバドンが叫ぶと、容器がびしびしとひび割れを起こし始め、次の瞬間派手に割れ、丸い物体がアバドンの元へ飛んで行った。

 アバドンはそれを片手で掴み取ると、無造作に首元へ乗せる。


「おお。力が漲る。これがデュラハンの完全体というものか」


 リシュエルもアバドンを包むオーラが増大するのを感じ、感動していた。


「やったわね、アバドン! これで大陸最強はあなたに決まり……ええええええええ!?」


 口上の途中でリシュエルが叫び出したのも無理はない。


 見上げたアバドンの首は、予想を遥かに裏切って、銀色の長髪がさらりと揺れる、見目麗しい女性の顔を有していたからだ。


 不覚にもリシュエルは、その容姿に一瞬見惚れるが、すぐに己を取り戻して噛み付いた。


「ちょ、あ、え? ……あなた女の人だったの!? 一言もそんな事いわなかったじゃない!」

「うむ。確かに言った記憶がないな。鎧の上からでは体型もわかるまい」


 元の声帯を取り戻してか、涼やかに通る高音が女性の口元から発される。


「なんでそんな大事なことを言わないのよー!!」

「戦をするに必要な情報ではあるまい」

「こっちの心の準備ってものがあるでしょうが!! 大体なんで女性なのにそんなに背が高いのよ!!」

「これでも巨人族の端くれであるからな。同胞に比べれば小柄な方ではあるが」

「ぐ、ぐぬぬ……あっきれた……」


 淡々と返すアバドンの言葉に突っ込みを入れたいところであるが、触れれば自分が死んでしまう。そのジレンマを飲み下し、リシュエルは大きく溜め息をついた。


 自分の性別を捨て去るほどに、戦のことしか考えていないのだと、改めて思い知らされたのである。


「時にリシュエルよ。次はどうする」

「次って……?」

「この国をもって、魔界の大国は全て潰したことになる。なれば、我輩は次の戦場へ向かうぞ」

「え、それって……」


 そこでアバドンはミリュエルを見やる。


「貴様の転移術はまだ健在なのだろうな」

「もちろんよ~。元々人間界に進出するために研究していた術だからね~。アンデッドになっても問題ない程度には習熟してるわよ~」

「よし。では吾輩は、まだ見ぬ強者を求めて人間界へ行く。かの地でもまだまだ戦乱の火種は多くあるのでな」

「あ、じゃあ私も便乗で~。リシュエルも当然来るわよね~?」

「ちょ、ちょっとそんなあっさり!」

「今や死の女王デスクイーンの称号を冠したあなたの居場所はどこにもないのよ? だったら、私達と一緒に人間界も滅ぼしてしまいましょ」


 悪魔が囁くように、優しく囁くミリュエル。

 その提案は至極魅力的に思えた。


「ふ、ふふふ……そうね。どうせダークエルフの呪縛からは逃れられないんだから、好きに生きた方がいいわよね」

「うんうん」

「決めたわ! 私も人間界へ行って、死霊術を極めてやる!」

「よく言ったわ~。さすが私の娘~」

「ベタベタしない! 抱き着かれたら死ぬから!」

「あら、そうだったわね。私ったら~」


 ミリュエルが舌をぺろりと出して軽い反省をするのを見て、リシュエルは軽い不安を覚えたが、これしきのアクシデントを乗り越えられなければ、人間界征服などやっていけまい。


「よし! じゃあミリュエルは早速転移の準備! 先発隊として私とアバドン! 続けてどんどん不死軍を送り込むこと!」

「え~? じゃあ私が一番最後に上陸になるじゃない~」

「負けた癖に文句言わない!」

「は~い……」


 大人しく地面に魔法陣を刻み始めるミリュエルを横目に、アバドンがリシュエルに尋ねる。


「不安か」

「これは武者震いよ。もう覚悟は決めたから」

「そうか」

「って、そこはもう少し優しい言葉をかけるところでしょ?」

「ふむ。いや、必要あるまい。我等には、主の加護がある故にな」


 そう言ってかすかに微笑むアバドンの表情に、リシュエルは全ての不安を取り除かれた。


この自信に溢れた神官がいれば、どんな障害も乗り越えて行けるだろう。


「準備できたわよ~」


 そこへ丁度ミリュエルの合図が飛び、リシュエルは拳を固く握り締めた。


「いざ行かん。戦いの地へ」

「頼りにしてるわよ、相棒!」

「ワオ~ン!!」


 こうしてデュラハン、ダークエルフ、デスウルフ達は魔法陣の光に呑まれて消えた。




 これが後に、「不死戦争」と呼ばれる一大戦火の幕開けとなるのであった。

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デュラハン無双 スズヤ ケイ @suzuya_kei

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