第9話 罪
「あっちの道が
「えっ?」
お兄さんは優しい笑顔のまま、森の方を指した。その場所は、おそらく現世との出入口。
「危なかった。可哀想だと思って内緒でチケット渡すとこだったよ。君、迷子だったんだね。君は審査無しで現世道を通れるから、気をつけて帰るんだよ」
「ちょっと、ちょっと!私、現世に帰る気無いんだから。中央冥界行きのチケットくれた方が、ゼッタイ泣いて喜ぶんだけど!」
「川の向こうに渡れば、君は親より先立った罪に殺人罪が加算されるから地獄行きは確定だよ。それでも良いのかい?」
「殺人罪?!そんな訳ないわ!私、人を殺した事なんてゼッタイ無いわよ!」
「君自身を殺す事に成るんだ。立派な殺人罪だ。再審で中央冥界に戻れる可能性も有るが、一度は地獄に落ちる事に成るだろう」
「あっ……」
そうか……私は現世で自殺しても、このまま川を渡って命を絶っても地獄行きなんだ。だったら覚悟するしかない。それが親孝行なら……。
「お姉ちゃん、パンツ履いてるの?」
「きゃあ!!」
いきなり後ろに居た男の子に着物の裾を捲られた。ゼッタイ、パンツ見られたし。
「お兄さんッ!この子に裾捲くりされた!これってゼッタイ犯罪よね?」
「あーあ、スカート捲りは罪が重いよ。君は15段積みしないとチケットあげない」
「ちぇッ。お姉ちゃん、着物の時はパンツ履いたら駄目なんだよ。線が透けるから」
「うるさいわね!アンタ、私がパンツ履いてなかったら地獄行きだったわよ!感謝しなさい!」
「そういえば君、変わった衣装だね。現世でそんな衣装着てるの?」
「あっ、私、この上の冥界洋裁店で臨時で働いてるんです」
「白骨さんの所か。それは偶然だ」
「白骨さん知ってるんですか?」
「うん。面識は無いけどね」
「お兄さん何者なんです?最近のファッションだし、子供達にチケット配ってるし……」
「実はこのチケット配りは他の者の仕事なんだけど、『忙しいので、ちょっと変わってえ』って言われてね。本当は僕も忙しいんだけどさあ。この服装は、さっきまで現世で調べ事をしてたからなんだ」
「えっ?お兄さん現世と行き来できるの?ひょっとして私と同じで生きた人間?」
「いや、コッチ側の者だけど……あ、ちょっと待って」
さっき私の裾を捲った男の子が戻って来た。
どうやらこの子が一番最後みたいで、他の子はもう全員船に乗っている。
「15段積んだよ。チケットちょうだい」
「ご苦労さん。はい、これチケット」
「やったー!ゲットだぜ!あ、白いパンツのお姉ちゃーん!」
色を言うなッ!色をッ!
「お姉ちゃんが現世に戻って、もし父ちゃんに会ったら、『サッカー選手に成れなくてゴメン』って俺が言ってたと、伝えといてくれる?」
「えっ……あ、うん。もし、会えたらね……」
「じゃあねー!バイバイー!」
そう言って逆手で手を振りながら男の子は走り去って行った。
子供達を乗せた古い木舟は、霧で見えない遥か向こうの岸に向かって、ゆっくり動き出す。
河原には子供達が積み上げた無数の石の塔と、私とお兄さんだけに成ってしまった。
さっきまでの賑やかさが嘘のよう……。
「あの子達……大丈夫なのかな……」
「ここにいきなり来て、現実を受け止められず、ずっと泣いてた子も居た。あの子達にとっては、これからが本当に辛い試練に成るかも知れない」
「……」
「大丈夫。いい子にしてたら小さい子供は転生が早いし、係りの者がちゃんと面倒みるから。それが良い事かどうかは別の話だけど」
「そうなんだ。ううん、ゼッタイ良い事だわ」
締め付けられた胸の糸が少し緩んだ。
「君はどうするの?地獄だと分かってても無理して渡る?」
「……渡る。もう決めたもん」
「そうか。なら僕も無理には止めない。チケットはあげないけどね」
「お兄さん名前は?」
「ホッカイ」
「じゃあカイ君ね」
「カイ君?」
「ホッ君がいい?」
「カイ君でいいです」
「カイ君、これ買わない?」
私はさっき作ったビーズブレスレットを見せた。赤玉のカワカッコイイ奴なのでカイ君に似合うと思う。
「コレをね、こうやって手に握って願い事を言ってから腕にはめるのよ。一度付けたら自然に切れるまでゼッタイ外しちゃだめ。寝る時もよ。あ、寝ないんだった。そしてね、やがて糸が自然に切れたら、その時に願い事がゼッタイ叶うの。買うしかないでしょ?」
「ミサンガか。いくら?」
「百万円」
「高いよ」
「じゃあ、特別特価価格で百円」
「商売上手だね。じゃあ、百円」
そう言って聖徳太子像のお札を渡された。
ん?小さいし【円】って字が【圓】だ。
これってゼッタイ怪しい。
「これオモチャのお札じゃない!聖徳太子が昔の一万円札なのは中学生でも知ってるわよ!」
「聖徳太子の昔の百円札。本物だよ」
「本当に?こんなの有ったの?パソコンで調べられないのが悔しいわ」
「ところで君の名は?」
「ツクロ!
「
「そうよ。暫くは洋裁店で働いてるから、カイ君、いつでも遊びに来て」
「わかった。あ、僕は次の仕事有るから、またね」
そう言ってカイ君は河原沿いを歩いて霧の中に消えて行った。
「願い事か……」
私は自分用の五色のビーズ付きミサンガを取り出した。そして……。
「お母さんが幸せに成りますように」
そう願って腕に付けた。
「マタタマと結局合流出来なかったなー……まーいいや。さて、私も帰るか!」
河川敷を上がりきって、辺りを見廻した。
人の気配が全くなく、少し身震いする。急ごうと思い、洋裁店の方向を確認してから早足で進んでる途中、何処からともなく『カツンカツン……カツンカツン』という何か乾いた物がぶつかり合うような音が耳に入ってきた。
何の音だろう?
気味の悪い音。
音が段々こちらに近づいて来る……。
なぜか『ゾクッ』と背筋に寒気が走った。
これってゼッタイ悪い予感よね?
冥界のクチュリエール 押見五六三 @563
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