僕らには、〇〇がない。

印田文明

僕らには、〇〇がない。



 僕らの計画性のなさは、5年前から治らない。



「つまりね、雲っていうのは液体なんだよ」



 橋元と行動するとき、僕の理性的かつ理知的な思考回路は臨時休業となり、思いつきのみでアクションを起こしてしまう。

 ある日はちょっと近くの中華屋に行くだけだったはずなのに、気づけば沖縄へ旅行していた。

 またある日は、特に好きでもないコンビニの駄菓子を買い占めてみたりした。


「つまり水が空中に浮いてるんだ。不思議だと思わないか?」


 悪ノリと言われればそれまでだが、気を遣わない関係性も大切だと思うようにしていた。



 今日までは。



「僕はこの状況のほうがよっぽど不思議だと思うけどね」


 深夜2時。

 車を走らせて山奥まで来た。

 天体観測の隠れた名所としても知られるこの場所で、僕らは雑魚寝して曇天を眺めている。


「本来なら星座の豆知識でも披露したいところだが、こうなっては雲について語るしかないかと思ってね」


 橋元はあたかも僕が彼の豆知識を楽しみにしていたかのように言う。


「前々から言いたかったんだが、何かにつけて蘊蓄を垂れるクセ、直した方がいいよ。君に友達が少ないのは間違いなくそのせいだ」


「知識は世界の解像度だ。俺はみんなの見る世界をよりクリアにしてあげたい一心で豆知識を語っているのさ」


「、、、解像度が全てではないだろう。いまやフィルムカメラの画質が趣深いと捉えられる時代なのに」


 反論の方向性が明後日へ向かっていることは自分でも気づいている。しかし今はこの絶望的な状況から目を逸らすために、少しでもくだらないことを考えたかった。


 僕らに覆いかぶさるように浮かぶ雲という液体は、星の一粒でさえ見せようとはしない。

 もしかしたらあそこに月があるのかもしれない、と思える程度の灯りだけが透けて見えている。


「ま、そうカッカッするな。幸いここは邪魔者もいない山奥だ。一晩空でも眺めていれば、何か妙案でも思いつくさ」


 能天気に伸びなんかしている彼を尻目に、僕は文字通り頭を抱えた。


 僕がどれだけこの天体観測を楽しみにしていたと思っているんだ。

 きっと人生が変わるような、劇的な日になると期待していた。蓋を開けてみれば、結局自分と彼のダメさを再確認しただけだった。


「常々思っていたことだが、僕らは少々勢いだけで行動しすぎだ。こんな場所で曇天を眺めることしか出来なくなるかもしれないなんて、ちょっと考えればわかるのに」


「でも、結局最後にはいつもいい思い出になるじゃないか。今回も同じ、なんだかんだいい思い出になるはずだ」


 ほんの少しだけ雲が切れ、隙間から一粒だけ星が光をこぼした。ほんの少し感動しかけたが、晴天の都会のほうがもっと星が見えるという事実に気づき、尚のこと落ち込んだ。


「今回ばかりはどう転んでもいい思い出になんてなりそうにないけどね」


 ははは、と橋元は快活に笑う。


 曇りであるなら、すぐに下山して日を改めればいい。当然その考えは頭をよぎったが、車のガソリン残量がそれを許さなかった。

 ここに着いた時点でほぼガス欠状態。森の中で立ち往生するより、開けた場所で朝を待ち、歩いて下山するほかないのだ。


 もちろんスマホに電波は届かず、多少高機能な懐中電灯に成り果てていた。


「とはいえ、俺たちの目的は達したじゃないか。これからのことはゆっくり考えればいい。なにせ、否が応にも朝までここにいるしかないんだから」


 またははは、と笑う橋元に冷たい視線を浴びせ、また星ひとつない曇天を見上げてはため息を吹きかけた。



 確かに目的は達した。

 僕らの間にはが寝そべっている。



 僕らの共通の敵であった森高を天体観測に託けて人気のない場所に呼び出し、殺害した。

 あとは埋めて帰れば、明日から森高のいない平和な日常が待っている、はずだった。






 





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僕らには、〇〇がない。 印田文明 @dadada0510

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