今日も胸騒ぎ
@ramia294
意識を失った僕に、病院行きを勧めたのは、妻でした。
意識を失う直前、胸に違和感を感じていたので、循環器科を受診しました。
1週間の心電図を受けて、医者が言いました。
「心房細動と言います」
人の心臓は、規則正しく動く事により、ポンプの働きを行います。
僕の心臓は、出鱈目に電気信号を発生させて、気ままに動き、圧力を作れず、血流が脳に行かなかった様です。
結果、意識を失います。
「性格でしょうか?」
僕の言葉に、医者はキョトンとしました。
しかし、次の瞬間、大爆笑。
「原因が、あなたの性格という事ですか?気ままな性格に気ままな心臓という事かな?面白い。そんなことは、聞いた事もありません。普通、要因は…」
医者は、不安で、泣きそうな僕を見て、爆笑した事を反省したのでしょう。
真面目に答えてくれました。
「分かりました。心臓の事ですからね。不安にもなりますよね。原因ですが、例えばどの様な時に症状がでますか?」
僕は説明しました。
趣味で書いているお話を投稿サイトに公開しようとする時、胸がドキドキを始め、気を失います。
「そうですか。ネットの小説投稿時ですね」
カタカタとパソコンに文字が浮かびます。
「それ以外は、どうですか?」
僕が、気を失うのは、決まって公開しようとする時でした。もしもクルマの運転中に、気を失うと死んじゃいます。
「他の時は、今のところ大丈夫みたいです」
「ネット小説。どんな物ですか?」
僕は、スマホを医者に差し出しました。
短い文章なので、読み終えるのに、5分もかかりません。
僕の書くお話。
お笑いです。
大きな笑いは、求めません。
小さな笑いをいただきたくて、コツコツ、コツコツ書いてます。
医者の口元が、微かに動きました。
「分かりました。アブレーションを行います」
医者は、僕のスマホを返しながら、言いました。
お話の感想は、言ってくれません。
再び胸が、騒ぎ出しました。
気付いた時は、病室でした。
「発作を目の前で、見ることが出来て勉強になりましたとお医者さんが、言ってたわよ」
妻が入院の荷物を解いています。
棚の上には、僕のスマホが。
その夜、医者が訪ねてきました。
検査後、アブレーションを行う事に決まりました。
アブレーションは、カテーテルで心臓の壁を凍らしたり、焼いたりする処置。
心臓が、正しい電気信号を出す状態に戻ります。
カテーテル処置の最中は、意識を保っています。
お医者さんたちの動きが見えます。
カテーテルを引き抜いた、医者の顔が、不思議そうにしています。
「少し深い麻酔をします。遠慮なく眠って下さい」
看護師さんの優しい声が聞こえます。
目覚めたときは、またしても、病室でした。
その夜は、カテーテルの入り口、穴の空いた足の付け根のために、身動き出来ず。
寝返りとは偉大なりと悟った夜が、昇り始めた朝日からスタコラ逃げ出すと、医者が、病室にやって来ました。
「処置は、無事終わりました。これで問題は、無いはずです。ところで、ひとつ伺いたい。これに見覚えは、ありますか?」
ビニール袋に、包まれていましたが、透明なフィルムの中央に、青くて四角い部分がありました。
「あなたの心臓の壁に張り付いていました。そんなものは、初めて見ました」
お医者さんに手渡された物。
何処かで、見覚えが…。
よく見ると青の中に文字が浮かんでいます。
「これは…。公開ボタン。投稿サイトで、お話を公開するときのボタンです」
医者が、頷きました。
「なるほど。では、また明日」
なるほど?
他の人にもあんな物が、心臓にあるのでしょうか?
見たことが無いと言っていたような…。
またしても眠れない夜が…と思いましたが、すぐに眠りに落ちました。
翌日検査を受け、夜にはお医者さんが、病室に来られました。
「あなたはの検査の結果は、とても良好。すぐにでも退院出来ますが、明日もう一度心電図をしましょう。退院はそれから決めます。ところで、ネット小説投稿、いや公開ですか。されましたか?」
「いいえ、ここ数日間はしていません。やはり原因はあれですか?」
「いいえ、分かりません」
医者は、あっさりそう言うと、あっさり帰って行きました。
翌日、
「あなたの心臓は、もう大丈夫です。次は、3ヶ月後に検診に来て下さい。それまでに、ネット小説投稿を出来るだけ行って下さい」
「やはり、あれが関係しているのですか?」
僕は、不安になり、お医者さんに尋ねてみました。
「分かりません」
医者の返事は、つれないものです。
僕は、さらに、思い切ってお医者さんに質問してみました。
「僕の書く物語。少しは、笑えるものでしょうか?」
お医者さんの口元が、微かに動いた気がしました。
「では、予約を忘れないようお願いします」
医者は、僕の質問には答えず、病室を出ていきました。
久しぶりと言っても、入院は1週間もなかったのですが、猫は歓迎してくれます。
遊べとおやつを繰り返し、僕の上で眠りました。
次の検査は、3ヶ月後だと妻に伝えると、笑っていました。
「ノンビリとしているのね。普通、1週間後か、1ヶ月後じゃない?」
「その時まで、ネット小説を投稿する事と言われたよ」
「あの趣味で書いている?どう関係あるのかしら?」
僕は、妻に心臓から公開ボタンが出て来た事を話しました。
「お医者さんは、言わなかったけど、あれのストレスが原因かな」
「でも、ストレスとあなたの病気は関係無いって、担当医は言ってたわよ。だいたい趣味でしょう。好きで投稿しているのだから、書かないと、それこそストレスがたまるわよ」
そうなんだが…。
「ちょっと訊きたいが、僕の書くお話。本当に面白いのだろうか?少しでも笑えるのだろうか?」
聞こえているはずなのに。
妻は、答えません。
口元が、微かに動いたような気がしました。
猫が振り向きました。
口元が、微かに…。
僕の胸が、またしても騒ぎ出しました。
終わり(;^_^A
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