岡宮さんの恋まかない。

朝比奈来珠

まかない野菜炒めと里芋焼酎

 私は、岡宮えり、二十八歳。

シニヨンの髪型をし、着物を着てその上からお花柄の割烹着姿で、とある小さな下町風の隠れ店『なずな』という名前で小料理屋をしている。

お客様のご要望に合わせたり、私のおまかせで、おつまみなど、和洋中関係なく、作るのがモットーだ。

 ちなみに、私の顔の右下にホクロがあって、親から「このホクロは食べ物に不自由しない」と言われ続けていた。

その影響からなのか、常連さんから食材を頂くことが多く、頂いた食材をお客様に振る舞うこともある。

 このお店は、元々、親戚の叔父さん夫婦が経営していて、私も調理学校で学びながら、そこでバイトとしてよく通っていた。

なぜなら、板前である叔父さんの作るメニュー料理はともかく、従業員に提供しているまかないのご飯が、更に美味しいからだ。

ところが、三年前、叔父さんは急に身体を悪くしてしまい、もうこれ以上続けられないと板前を引退した。

それと同時に、叔父さんは「えりに任せる」と言って、私に大切なお店を引き継がれることになった。

叔父さんの代から通われているお客さんの笑顔のためにも、お店を無くしたくはないと思い、私は今もこうして料理を提供している。


「ふぅ、今日も無事に終わった。」

この日のお店の業務が終わり、営業の札返しとお店の暖簾を外しに外へ出る。

すると、いつも見慣れたスーツ姿の男性がやって来た。

「うーす、お疲れ。」

「あ、啓ちゃん、お疲れさま。」

そう、私の幼馴染、啓ちゃんこと鳥海啓太。

とある大きな企業に勤めていて、良い風に言うと爽やかな青年といった感じ。

私とは、小さい頃から近所に住んでいた友人だ。

高校の時以来、別々になってしまったけど、私が小料理屋をやり始めたぐらいの時に、偶然お客さんとして現れ再会した。

しかも、お互い一人暮らしで、今住んでいる場所も近所だということがわかった。

だから、私たちは時間や休みが合えば、週に三回ぐらい閉店後、一緒に晩御飯を食べている。

 「これ、ハイっ!」

と、啓ちゃんはいきなり、大きいビニールの買い物袋を私に差し出した。

しかも、いつもより重いので、取り敢えず中身を確認してみる。

「え?何?また何か貰ってきたの?・・・キャベツ一玉に・・・ん?スープの素?」

「キャベツは、いつもの人から。あと、スープのは実家から仕送り。」

「いつもの提供者のおじいちゃんはともかく、スープは、おば様からなんだ。元気そうだった?」

「相変わらずみたいよ。」

キャベツのお相手の『いつもの人』というのは、啓ちゃんの仕事仲間の一人で年配のおじいちゃんのこと。

啓ちゃんが一人暮らしをしているせいか、いつも、そのおじいちゃんからパンや野菜など食料品を提供してくれるという。

私は密かに、その方のことを『食料提供のおじいちゃん』と名付けている。

スープの素は、恐らく、啓ちゃんのお母さんがいつも親しくしている近所の人からの貰い物なんだろう。

「でも・・・なんでスープの素?」

オマケに、量は一リットルという業務用のお店でよく見かけるもの。

「それで、鍋なり何なり作れってことだろう。今、寒いし。」

啓ちゃんは、自分の母親の推測をしながら答えた。

確かに、今は十二月の中頃だから、寒さが本格的になる時期ではある。

私は、何味のスープかボトルの容器に貼ってあるラベルを見てみた。

「地鶏塩ちゃんこ、かぁ。」

『ちゃんこ』と言ったら、もちろん、お相撲さんがよく作って食べる『ちゃんこ鍋』のことだ。

冬の時期ならではという、温かいお品書きだ。

だが、私は家でこういうスープを使ったことは一度もなかった。

「ねぇ、啓ちゃん、これ使ったことある?」

「いや、全く。お袋がこれを買ってるとこも見たことない。」

「そうなんだ、どうしようかねぇ。」

私は、スープの素の使い方を考えてみた。

ちゃんこ鍋はともかく、ド定番のものだと、ラーメンや鶏団子のスープが間違いなく思いつく。

ボトル容器が、ラベルが貼られている部分以外は透明なので、中身が見えている。

色は、原液だから濃くて、鶏ガラスープを凝縮して煮凝りされた感じの色。

そして黒い粒が入っているので、恐らく黒胡椒も入っているだろう。

今度は、ラベルに書いてある原材料を見る。

「原材料は・・・へぇ〜鰹と昆布の出汁も入ってるんだ。」

鶏ガラ出汁やごま油は、塩味系のものでよく使うからイメージは出来てたけど、魚系の出汁も入っていることには驚きだった。

(まぁでも、考えてみれば、元々スープのために開発した原液だよね。)

私は、中身の匂いや味の確認のため、ボトルを軽く振り蓋を開ける。

「え?もう開けるの?」

啓ちゃんは、私が早速ボトルを開ける行動に驚いた。

「だって見た目はわかったから、あとは匂いと味見よ。」

「そうだとしても・・・。」

それでも、啓ちゃんは少し狼狽えた。

「それに、私の味覚が正しければ、作ってみたい料理があるの。」

「作りたいもの?何々?」

流石、食べ物に弱い啓ちゃんは、子犬みたいに目を輝かせて見つめる。

「ふふ、何の料理かはお楽しみ。それはそうとして、スープの匂い、嗅いでみる?」

「いや、それは、えりに任せる。」

私だけ、匂いとほんの少しの味見を確認するために、スプーンで小さじ分だけ出した。

匂いはそんなに無く、とろみは少ないものの、原液だから塩気が濃い。

味は、どこかで食べたことがあるような・・・。

私は、何の料理のときに食べたのか、記憶を辿りながら探ると答えが浮かび上がった料理があった。

「この味、なんかよく下町の食堂とかで焼肉とか中華に出てくるような味だ。」

啓ちゃんは、イメージしながら味を想像しながらコレかなというものを答える。

「あぁ〜わかる!中華だと、塩焼きそばとか餡掛けみたいな。」

「うん、そんな感じ。」

そうなると、大量に減らせるのはスープや鍋だけど、一番このタレがが合いそうなのは・・・。

(予想してた通りの味だし、この料理に決まった!)

「で、今日はコレで何作るの?」

「野菜炒め。」

「え?野菜炒め!?鍋とかじゃなく?」

啓ちゃんは、意外といった驚きの顔で言う。

「もちろん、お肉も入れるけど、ほら、せっかくキャベツも頂いたんだし、それにこの味には野菜炒めがピッタリだと思う!」

「確かに、中華っぽい味なら・・・。」

「大丈夫、啓ちゃんの苦手なピーマンは無いよ(笑)。」

「いや、今はちゃんと克服してますー。」

「昔は、泣いてまで食べられなかったのに〜。」

「あぁ〜、言うな!」

「とりあえず、もう料理作るよ。」

ちょっとからかいも入れつつ、私はいそいそと厨房へ向かった。


(さぁ、作るぞ〜。)

私は、早速、野菜炒めの準備に取り掛かった。

包丁を手に取り、まずは、野菜を切ることから始める。

野菜の材料は、キャベツと人参、ニラ、白ネギと至ってシンプル。

貰ってきたキャベツは、大きさも立派だった。

私は上から順番にめくり、ザクっザクっと一口大ぐらいのざく切りにしていく。

人参は、白や緑しかない彩りに合わせで入れている。

皮を剥いた後、火の通りが遅いので薄めの短冊の形にする。

ニラは地に近い茎を軽く洗い、端を少し切り落とし、長さが四センチ程度でシャキッシャキッと。

白ネギは斜め切りに切るのだが、今日買ってきたばかりだから、瑞々しい音が居心地がいい。

野菜が主役だけど、タンパク質のお肉も忘れずに。

今回は、中華系の野菜炒めなので、よく使用する豚肉を選んだ。

豚肉は薄切りや小間切れが、食べ応えがある上に、一口大くらい切れてあるので時短にもなるから、私の中ではオススメ。

もちろん、バラ肉やしゃぶしゃぶ用でもOK!

その場合は、一口大のサイズに切るか四等分に切るのが丁度ぐらい。

今回は、冷蔵庫に入っていた豚肉の小間切れを使うことになった。

それを、あらかじめ片栗粉で軽くまぶしておく。

その方が、後で炒めるときに、タレにも馴染みやすくなるからだ。

(野菜炒めの下ごしらえは、こんなところかな。)


底の深いフライパンを選んでコンロに置き、ごま油を引いてコンロの火をつけた。

中火ぐらいの火力に合わせ、フライパンが温かくなるのを少し待つ。

フライパンが温まったところで、片栗粉を軽くまぶした豚肉を投入。

フライパンの底から、豚肉が入ったのと同時にジューっと、お肉と油とのぶつかり合いで鳴り響いた。

まるで、ここから炎の熱い戦いによるゴングの合図が鳴るかのようだ。

お肉がピンク色から、焼き色が変わり付くまで、ひっくり返したりしながら炒め続ける。

薄いピンク色のお肉から火の通った色の変化し、やがて狐色の焼き目が目立つようになってきた。

私は、一度フライパンからお肉をお皿に取り出し、今度のお相手は、野菜陣営だ。

まずは火の通りにくい人参からスタート。

人参に油が回ったら、白ネギ、キャベツと手早くシャッシャッと返しつつどんどん油を回す。

(これぐらい回ったら、お肉戻してニラも入れないと。)

先ほど、炒めたお肉をフライパンに戻し、ニラも一緒に入れてスピードアップ。

そこでようやくお待ちかねの登場。

本日の味付けの主役、『地鶏塩ちゃんこスープの素』の出番がきた。

それを大さじ二杯ぐらいを目安に、原液のままで入れる。

炒める量に合わせてお好みに入れても大丈夫だが、入れ過ぎにはご注意。

しかし、原液だけでは塩味が強すぎるのと、野菜、お肉の味付けが淡白だからオマケ程度に胡椒を軽く2振り程度に少し追加してみた。

あとはザッとラストスパートを駆け込むぐらい炒めたら、お皿に盛って完成。

「うん、出来た!匂いもいい感じ。」


「啓ちゃん、ご飯出来たよ〜。」

カウンターの料理を提供する机の上に、料理をまず二品置いた。

啓ちゃんは、カウンター席でそれを順番に受け取り、それぞれ並べてくれる。

「ありがとう、お、凄く良い匂いしてんじゃん。」

「はい。野菜炒めと、鶏ガラネギスープ。」

「お!そうときたら、ご飯も欲しくなるよなぁ。」

啓ちゃんの言うセリフに、私の予想は当たった。

「啓ちゃんがそう言うと思って作ったよ、はい、具無し卵炒飯。」

私は、野菜炒めと同時進行に、炒飯も作っていたのだ。

「え?具無し?なんか意味あるの?」

啓ちゃんの頭の上にハテナが三つ程浮かんでいた。

けれど、私には作戦があった。

「理想は、焼肉みたいにワンバウンドしたり一緒に食べる方法。」

「あぁ〜そういうことか。」

そう、あえて味付けを控えめにという引き算方式。

野菜炒めの味が濃い分、どこかで引き算をしないと逆に塩辛くなるからだ。

(それに、塩分を取りすぎないように、啓ちゃんの健康も・・・。)

これで晩御飯のメニューは揃った。

「いただきます!」

二人一緒に、食事の挨拶を交わした。

まずは、メインの野菜炒めを頂く。

「うん、このタレ、野菜炒めにすごく合う!」

「すごく良いね。タレの量はそんなにかけてないけど、充分味がついてる。」

「こりゃあ、ご飯がすげぇ進みそう(笑)」

「もう、そんなに慌てないの。」


 私たちは、いつものように、たわいない会話をしながらご飯を食べている。

そんな中、料理がそろそろ無くなりそうな頃に、私は、今日の出来事の中で思い出したことがあった。

「あ、そういえばね。」

と前置きをした上で、私は一度席から離れ、カウンターテーブルの上端に置いていた紙袋を持ってきた。

「コレ。」

「何?里芋、焼酎?」

私が袋から取り出し、焼酎の瓶を啓ちゃんに手渡した。

「うん、時々来てくれるお客さんからもらったの。所沢市のお酒って言ってたわ。」

「へぇ〜。」

「そのお客さんが、所沢に住んでて、こんな焼酎見たこと無いだろうって。」

「確かに、里芋焼酎って見たことないし、知らないなぁ。」

啓ちゃんも、興味津々に焼酎の瓶を見ていた。

そして、これを見て飲みたくなってきたのか、啓ちゃんは私に聞いてきた。

「なぁ、今、飲んでも良い?」

「今日はダメ!まだ週の真ん中日よ。」

「えぇ〜、ダメ?飲みたかったなぁ・・・。」

啓ちゃんは、少ししょんぼりとしていた。

それよりも、私にとって、ここからが本当に伝えたいことだ。

「あのね・・・啓ちゃん。」

「ん?何?」

啓ちゃんは、会話の続きを聞こうとじっと私を見る。

「そのお客さんから言われたんだけど『このお酒を飲むときは、いつも晩御飯でここに来ている例の兄ちゃんと、一緒に呑んで仲良くだぞぉ。』って・・・。」

ちょっと恥ずかしくなりそうだけど、私は、なんとか伝え切る。

と言うのも、焼酎を提供してくれたお客さんは、私がいつも啓ちゃんの話もしていて、薄々気づいたのか私が片想いしていることがバレていた。

だから応援の意味合いもあって、コレを私と啓ちゃんにと頂いたもの。

すると、啓ちゃんはこう言った。

「うん?例の兄ちゃんって、俺のこと?まさかねぇ・・・(笑)。」

啓ちゃんのからかいに、私は、もどかしさから爆発してしまった。

「うぅ〜、もぅ!啓ちゃん以外誰がいるっていうのよ!」

私は、少し頬を赤らめながら叫んだ。

もちろん、啓ちゃんは、普段叫ばないはずの私をみて驚き、戸惑ってしまった。

「え、えり?急に・・・。」

「それに、だって・・・そのラベルの、この焼酎の名前と説明書き・・・。」

「え?」

「ちゃんと、読んで・・・。」

私は更に恥ずかしくなりながら、啓ちゃんに伝えた。

彼は、お酒に貼ってあるラベルを、もう一度確認した。

「んー、ん?恋も咲く・・・。この焼酎の由来が、里芋(親芋)が、子供、孫へと・・・そしてその意味合いから『恋愛じょ・・・』。」

ハッとしたのか、啓ちゃんの頬も少し赤くなっていた。

「・・・〜〜。」

啓ちゃんは、ようやく私の話したお客さんの話を聞いて、意味を理解してしまったのか、恥ずかしくて何も言えなくなっていた。

オマケに、彼は、顔を赤くしながら手で口を覆っている。

私には、啓ちゃんの顔に、そんな感じの雰囲気の表情が読み取れた。

「まっ・・・まぁ、と、取り敢えず・・・。」

しばらく沈黙の間、仕切り直したのは啓ちゃんからだ。

「えりの言いたいことは、把握した。ただとにかく、今日せっかく貰ったんだから飲もうぜ。」

「だから、今日はダーメって言ってるでしょ!啓ちゃんは明日も仕事なんだし、私もこの後仕込みもしないといけないんだから。」

「えぇー!」

「・・・その代わり。」

「ん?その代わり?」

「仕事休みの前日の夜に、どっちかのお家で一緒に・・・どう、かな?」

私は恥ずかしさが残っているのか、まだ顔が少し赤いながらも、彼を誘ってみた。

「あぁ、良いよ。その日に飲もう。」

私の普段言えない恥ずかしいおねだりに、何かを思ったのか、啓ちゃんは、少し照れ隠しをしているけど、微笑みを見せながら答えた。

啓ちゃんに対する片想いがあるままで、そんなに意識もしていなかったのに、私は心の中のどこかで、やっぱり恋をしていたんだ。

啓ちゃんは、私のその気持ちを今日初めて知ったのか、前から薄々気づいているのかはわからないけど。

それでも、私は、啓ちゃんに対して『好き』という気持ちが、また湧き始めている。

だが、それとは対照に、まだ素直に言えない自分もいる。

だから、今度のお休みの日、お酒のチカラを、ほんの少し借りて伝えようと思う。

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岡宮さんの恋まかない。 朝比奈来珠 @raise_asahina

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