願い4

 魔族の匂いはとても近くから漂ってきているから、今日はそこまで遠出をしなくても済みそうだ。

 数分歩くだけでゴブリンやスライム。群れを成している狼のような魔族がわんさかと夜道を歩いていた。

「今日は豊作だな。餌にするのは・・・・あの群れの狼でいいか。あとは全部狩って魔石にでもしよう」

「ちょ、ちょっと待って、あの量の魔族だよ。一人だと危険だから、もっと少ないところに行こうよ。イザヤは魔具だってまだ十分に扱えないんだし」

「大丈夫。潤華はそこで見ていてくれればいいよ。要はさ・・一撃で仕留めればいいだけだ」

 僕は木陰から飛び出して、一番近くにいたゴブリンの頭を捻り、千切る。動かなくなった身体を抉って魔石を取り出せばゴブリンの身体は灰となり霧散していった。

 群れの一匹が殺されたことによって、それに呼応するようにゴブリンの群れが僕と敵対してきた。

 それはその場いた魔族全種に伝播していき、一斉にこの場の魔族が僕に対して敵意を向け、一斉に襲い掛かってきた。

 恐らく僕が倒したゴブリンは、下っ端も下っ端。かなりの格下の地位だったのだろう。力の差をわきまえられていなかった。

 僕はゴブリンを蹴り飛ばすと同時に身体の中から魔石を飛び出させ、スライムを引きちぎったその瞬間に体内から魔石を抽出、狼の牙をへし折り、首をへし折り、その場は一気に修羅場へと化した。

 食材用にとっておいた狼型の魔族の無残な姿と、血だけがその場にたまり、あとの魔族はすべて魔石だけを残し空中へと霧散していった。

 潤華はあっけにとられたような顔をしていた。彼女にとっての常識というものが一気に崩れ落ちたような感覚に襲われているような。

「あの数の魔族を一人で全滅させるなんて・・・・一撃で仕留めればいいって言ったのは、はったりなんかじゃなかったんだ」

「この程度の魔族は魔石が体表近くにあるからね。その核さえ打ってしまえばいいんだよ。人間と同じさ。核を守る肋骨を折って、その先を攻撃すればいいだけ。人間の肋骨なんかより柔い構造をしているから普通の人間でもできるよ。あとはどうやって懐まで近づくか。まぁ、僕の場合は守るより強引に突破したほうが早いからそうしているんだけれど」

 僕は無残な姿になっているその魔族の身体を持ち上げ、家路についた。

 潤華は僕の戦い方にずっとあっけにとられながら、僕の後についてきた。

「そういえば何か勉強になることはあったか?」

 僕の言葉に潤華は、

「あるわけないでしょ」

 その一言だけだ・・・・まぁそうだろうな。


 家に帰れば、リアンがお風呂の準備を済ませてくれていて、先に案内した。

「私は特に動いていないからイザヤが先に入ってもいいのに」

「僕だって対して動いていないさ。それに学園でのこともあるから、ゆっくり身体を休ませるといいよ。人を呼んでおきながら冷めたお湯につからせるのは非常識だからな」

「それを言うなら私が押しかけたんだし、私が一番先に入るのはお門違いなんじゃないかな」

「遠慮しなくていいよ。僕は先にリアンと食事を済ませないと、飢えでうだうだ言うからな。それと、やっぱりリアンは吸血鬼なんだよ。僕の身体についたこの血を洗い流すと怒るんだ。血の一滴さえリアンは残しもしないんだよ。だから彼女が先に風呂に入るのは日常茶飯事だし、慣れているから大丈夫」

「そ、そうなんだ・・・・それじゃあお先に入らせてもらうね」

 そう言って潤華は脱衣所へと入っていった。

 なんだか少し引いているようだった。やはり血を吸うという行為や、魔族を食べるという食性というところだろうか。

 僕も最初は驚いたし、ドン引きしたけれど、数日リアンといるうちに少しずつ慣れていった。

 この慣れの早さも吸血鬼になったことによる副作用だろうか。あの残酷ともいえる食事の仕方を見ても何も思わなくなったのは、吸血鬼になったことで感情が少し消えているからだろうか。

 それとも順応がただ早いだけなのか。だとしたら僕の気づかない一つの才能だろう。

 僕が潤華のことを脱衣所に案内してリビングに戻ったら、リアンはもう僕がとってきた魔族を食べ始めていた。それはもう一心不乱に。

 こういうところが人間に驚かれるところだというのに・・・・まぁ食欲には抗いようがないし、リアンからしたらこれが普通だから仕方がないことだと思うけれど。

「あ、イザヤ先に食べてるよ。それにしても、今日はちょっと少なめだね。この狼の魔族の肉はちょっと固いし、見た目より中身が詰まってないから全然満足できないよ」

「とってきてもらっておいて文句しか言わないのか。そんなことを言うならこれからとってこないぞ」

「その時はイザヤの血を吸うもん。そうしたら二人して行き倒れだよ。それでいいならご自由に。ほらイザヤ、こっちに来て袖と裾をめくって」

「はいよ」

 リアンの側まで寄り、前腕が見えるくらいまで服の袖をめくって彼女の前に差し出すと、何の躊躇もなく僕の指をくわえて、手についている血の一滴も残さずに舐めていった。

 指、手のひら、手の甲、前腕の細部についた魔族の血を残さず舐め切り、逆の手へ。そちらも同じようにきれいに飲み干した。

 けれど毎日のようにしているけれどあれだな・・・・リアンみたいなかわいい女の子が僕の指を咥えている姿を見ていると、なんか変な感じがするな・・・・

 なんだかいかがわしいというか・・・・今、僕らは何をしているんだろうかという変な気持ちにさせられる。

「イザヤ。そんな視線で見てたら変なことを考えているのもバレバレだよ。そういうのは私の見てない、いないところでやって。ほら早くズボンの裾も捲って」

「べ、別に変なことなんて考えてないし」

 必死に取り繕ったがリアンは、「はいはい」と流すように足についた血も全部舐め切った。

「うーん、やっぱりなんだか物足りない。今日はイザヤが激しく動いていたからなのか、イザヤの緊張感も伝わってきたからなのか、どうにもいまいちお腹が膨れないっていうか」

「別に誤魔化さなくてもいいし、いつもそうだろ・・・・ほら」

 僕は右側の肩が見えるくらい襟を捲り、首をさらけ出し、左側に頭を傾ければ、リアンは喜んで僕に抱き着いてきた。

「ありがとイザヤ♡ やっぱりこれがないとね。それじゃあ、いただきます」

 そのままリアンは僕の首筋に八重歯を突き立て、抉るように突き刺した。

 童話や、逸話の中に出てくる、吸血鬼と言えばの誰でも想像できるような吸血行為。

 漫画やアニメでの突き立てられる側のリアクションと言えば、なんだか気持ちよさそうにしたり、興奮状態になるような、ハイなテンションになるというイメージがあったのだが、現実と想像はまた違う。

 ここ数日、リアンは僕の血を吸うことを求めるけれど普通に痛い。首にでかい注射を刺されているような感覚だ。

 血を吸われているときも、体内から血液が無くなっていく感覚がわかる。転んで出血しているときとは違い、体内を流れる血流と、体外に出ていく流れも鮮明に感じ取れる。それくらい一気に、多量に体内から吸血されているということだ。

 僕がまだ吸血鬼として完全ではないから痛覚や、感覚というものは感じられる。

 ということは、僕とリンクしているリアンもこの痛覚は感じているはずだ。

 僕なんかよりずっとそういう感覚が研ぎ澄まされているリアンにとっては、この痛みを何倍にも感じているはずだ。その痛みよりも吸血行為をするほうがよっぽど彼女にとっては重要ということだろうか。

 そんなことを考えていると、目の前がふらっとした。血を吸われすぎて眩暈がし始めた。

 僕はリアンの背中をトントンと叩く。それは二人にとって吸血行為の終了の合図だ。僕の身体の限界点を教えるための合図。

 それをしなければリアンは永久に血を吸い続ける。楽しそうに。美味しそうに。

 僕の首から彼女のきれいな、鋭い八重歯が抜きとられ、僕の首筋には二つのぽっかりと二つの穴が開いていた。けれどその傷もすぐに塞がってしまう。

 どうも吸血鬼は他の種族よりも怪我の治療が早いらしい。

 血の流れが他の種族よりも活発になっているらしく、傷をふさぐための血小板を運ぶ量が他の種族より何倍も速いのだとか。

 吸血鬼間でもそんな感じの理屈で通されているみたいだが、本当はなんでここまで傷の治りがいいのかよくわかっていないらしい。

 リアン曰く、「そんなことはどうでもよくない?」だそうだ・・・・よくねぇだろ。

 口元についた血をかぬぐい、満足したような顔をしているリアンは僕に抱き着いたまま口をもごもごさせて、「ん」と唇を近づけてきた。

 次は僕の番、ということだろう。

 言う通り僕はリアンの唇に口を添えれば、彼女の舌先から自分の血を僕の口に流し込まれた。

「イザヤ。お風呂ありがとう。おかげでさっぱりし・・た・・・・よ・・・・・・」

 そこに最悪のタイミングで、潤華がお風呂からあがってきた。

 扉は僕のむいている方向にある。だから必然的に潤華もその扉から入ってくるのだけれど、ばっちりと目が合った。

「ごめん。もうちょっとお風呂に入ってるから、ごゆっくり・・・・」

「いや、潤華待って。誤解だから。誤解だからぁぁ‼」   

 リアンのことを投げ飛ばし、潤華のことを追いかけようとしたけれど、無情にも扉は閉められ顔をぶつけるし、投げ飛ばされた彼女は、その勢いで床に頭をぶつけたようで後頭部を手で抱えながらこっちを睨みつけて怒っている。相当怒っている。

「悪い・・・・」

 僕も痛かったのだけれど・・・・けれどリアンは頬を膨らませて、そっぽを向いて拗ねてしまった。

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魔族狩りの魔族 龍柳四郎 @ryuuyagisirou

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