願い3
「庇う? 私がイザヤを? 私なんかよりイザヤのほうがずっと強いですけれど・・・・」
「戦闘面ではなく、生活面の話です。
今のイザヤは、あの学園でとても怪しまれた存在です。だからイザヤの戦いを間近で見ていたあなたが、彼の味方になってあげてほしいのです。孤立して怪しまれるより、味方がいたほうが動きやすいですから。
もちろんただでとは言いません。私たちの味方をするということは、少なからずあなたもほかの人から怪しまれるということですから。ですからあなたの信用を得る交換条件として、私たちは、私たちの情報をあなたに流したのです。これはいわばあなたにイザヤの味方として、私たちの協力者となってもらう交換条件に、私たちの命を差し出したのです。あなたがどうしても私たちに協力できなくなれば、この情報を流すことも可能だということです」
あの天真爛漫な笑顔から一転、まじめな顔でリアンは物騒な話をする。
普通の人間の一個人情報なんて、他人からしたら大した情報ではないだろう。
けれどそれは『普通の人間』であったときだけだ。人間の姿をした魔族が、人間の中に紛れて生きるのだ。その情報は、魔族の命を掌握しているのと同じことだ。
今、僕たちは自分の命を潤華に差し出して、協力してくれと依頼しているのと同じこと。
彼女もそれが理解できないほど馬鹿じゃない。僕なんかより頭のいい潤華なら、この情報の重要性をもっと理解しているだろう。
きっとその先のことも理解できている。
「そうまでするのは、あなた達に協力するということがそれほど危険なことだということですか? 正直、二人分の命をいきなり差し出されても困ります。それも一方的に先に話しておいて。私に拒否権がなかったのですが。私がここであなたたちの交換条件に乗らないという選択肢もありましたよね」
「それでもあなたを巻き込むということは、あなたの命も巻き込むということです。もしどこかから私たちの情報が漏れたとき、味方をしているあなたはいわば魔族を擁護していることになる。そんな人間を、今の世の中が許すとは言えません。他にもいろんなことにだって巻き込まれるでしょう。
だから私たちの情報を先に流すことで、あなたはどのようにでも言い訳できます。例えば、勝手に話をされて脅されたとか言って私たちを悪役にしてもらっても。何とでもしてもらって構いません。これはあなたに多量の選択肢を与えつつ、私たちの選択肢を潰しているのです。
今、私たちの命はあなたの行動一つでどうとでもできるということです。そうまでしてでも、私たちには協力者が欲しかったのです。あなたに自分の心臓を握らせることで信用を得ようとしているのです」
「どうしてそこまでするのですか? 他にも方法はあるでしょう。それこそ本当に私のことを脅して言うことを利かせることだって。イザヤには先に私の情報が流れているのですから、それを使うことだってできたはずです」
潤華に言われてリアンは、はっとした。
どうやらその案は思いつかなかったようだ。
ほかにもこんな自分の命を晒しださなくても、先に交渉をすることで潤華の信用を得ることだってできたはずだ。
真っ先に他人を貶めることを思いつかず、自分の身を交渉の材料にすることで信用を勝ち取る方法しか思いつかない辺り、リアンの優しさというものが垣間見える。
「潤華、彼女はこういう人なんだ。他人を傷つける方法は思いつけないんだ。多少、情に訴えかけるようなことはするし、今みたいに真っ先に自分を傷つける、いわば自傷行為まがいのことをするけれど、決して他人を貶めたいわけじゃないんだ。少しは信用してくれないか」
潤華は少し考え込むような素振りをした。そして、
「・・・・・・わかりました。まだ完全に信用するわけじゃないですし、イザヤの味方になるということがどのようにすればいいかの想像がまだ付きませんけど、それでも今ここであなたたちのことを無下にするようなことはしません。けれど、それでもあなたたちのことは完全には信用しません。私を裏切るようなら、容赦なくあなたたちの命を潰します。それでいいんですよね」
潤華の協力を得るという答えが聞けたことが嬉しかったのか、彼女は首を縦にぶんぶんと思い切り振って僕に抱きついてきた。
僕はホッとすることしかできなかった。
確かにうれしい気持ちもあったけれど、まずは少なからず潤華の理解を、信用を得られたという成果が手に入っただけで、これから先の身の振り方が幾分楽になるというものなのだから。
「ありがとう、潤華」
「いや、別にいいよ。さっきも言ったように私はイザヤに命を助けられたからね。恩返し、というわけじゃないけれど、何かイザヤに返したいと思っていたのは本当だから。まさか自分の命を差し出してくるとは思わなかったけれど。けどリアンさんの誠意も、優しさも見えたからそんな人を簡単には無下にはできないよね」
多少ピリピリとした緊張する空気が張り詰めていただけに、それが晴れたときの解放感というものもすごいものだ。
緊張感が漂う空気の中にいるだけで多少なりとも精神的な疲れも感じるし、頭も使うから肉体的な疲れもある。
だからリアンのお腹が鳴ることも、別に変なことではないのだ。
緊張から解放されたリアンが、空腹の状態のまま頭を回転させていた彼女が、その疲労から空腹であることを主張してきても何らおかしいことなんてない。
リアンのお腹が鳴って、さっと自分のお腹を押さえたけれど、何分誰もしゃべっていない状況だ。聞こえないわけがない。
「お、お腹がすきました・・・・」
羞恥でまるで林檎かの様に頬を真っ赤に染めているが、僕も潤華もその姿が面白くて、思わず二人同時に笑いだしてしまった。
「な、何を笑っているの。二人は少し食べてきているようだったけれど、私は何も食べてないんだから仕方ないでしょ」
「わかってるって。それにしたってタイミング悪いだろ。いや、むしろばっちりなのか?」
いつまでも笑っている僕に対して、リアンは口を膨らませて、ポカポカという擬音がお似合いなくらいの力で僕の背中を叩いてきた。
「そう怒るなって・・・・ということで、僕は食料の調達に行ってくるから、潤華は先にお風呂でも入っていてくれ」
「あ、お風呂に入るにしてもお湯がまだはれてないから、少し待っていてくれないかな」
「それなら、私もイザヤについていこうかな。イザヤのことを少し知ったうえで狩りを見ると、何か勉強になることもあるかもしれないから。それにお風呂の前のいい運動になると思うし」
「そうか。なら行ってくる。その間にリアンはお風呂の準備をしておいてくれ」
リアンは首を縦に振って、鼻歌を歌いながら風呂場へと直行していった。
僕と潤華は夜の街に再び出て、魔族の匂いがするほうへ歩き彼女はその後ろをついてきた。
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