第42話 煙と霧、および半導体 前編


 その晩の夕食は、余り気味だった先週よりも量が適切だった。

 余った分など翌日の食事に回してしまえば済む……と言い切るには少し多かったのだ。

 原因は、以前よりも一人少ないせいだ。ウリヤくんがこの家を出て一週間が過ぎた。時間とともに、彼のいた空間が少しずつ埋まっていく。食事や家事の分量、騒がしさや雰囲気がひっそりと移り変わっていく。

 少年は別の場所へ向かった……。ただそれだけだ。カヤノさんもサシドリさんも、もう話題にあげなどしない。

「今日さ~、帰りにそこのスーパー寄ったわけよ~」

 最近のカヤノさんの喋り方は、サシドリさんに似てきたように感じる。

「やっぱ店内放送で流すのな~。『物資の安定供給に努めてまいります』ってさ~」

 カヤノさんが食卓に置いたスマートフォンを指でつつく。

「こいつに質問したら……というか先んじて正論を言ってくる賢い装置が普及してる世の中で、教科書みたいな『無用の混乱』なんて起きるかね~?」

「まぁ~……正論ばかり言われるとかえって不安になるらしいね~」

 私も本家と同じ意見だった。

「正しそうな意見でも信用できないのは、発信者の信用が足りないせいかもしれませんね」

 私はスマートフォンを指さして続けた。

「生きた人間が代わりに姿を見せて喋るようにしたら、皆が聞き入れるようになるかもしれません」

「そうだな~。……あーそれ、結局二十世紀と同じだなぁ?」

「道路と同じで、道が広くなったり増えたりはしても、車が空を飛べるようになったわけではない……みたいな?」

「かもな~。そもそもこいつ、正論しか言わないからなんか操られてるような気がしてくるんだよな……。で、段々反発したくなってくるって寸法よ」

 まるで反抗期だ。該当者は世の中にどれだけいるだろうか。

「反抗期のせいか~。ああ、ウリヤくんは反抗期どうだった? すごかった~?」

 サシドリさんの問いに、カヤノさんは腕組をしてしばらく考え込んだ。

「……結構地味だった気がする。あと期間も短かったと思う」

「抑圧が強かったんじゃない~? ここに住んでた時も何も問題起こさなかったし……お年頃なのにね~」

 にやつくサシドリさんへ、カヤノさんは呆れた表情を返した。もっとも、カヤノさんが言い返し終わった直後にその表情も大きく変わってしまうこととなったが。

「何もなかったんなら良かったろ。……ん? サシドリ、なぜ黙る? なぜ顔が赤い! あっ、待てや! せめて立会人の元で話を聞かせ……ちょっと本当に待ってよ!?」

 立会人とは私のことだろうか。あの二人相手では自信を持てない。

 騒音の原因が消え、急に一人きりになった食堂で、私は自分のスマートフォンをポケットから取り出した。

 いつの間にか届いていたメッセージを開くと、コウツさんの後任の者からだった。

 コウツさんにも事情があるのは重々承知しているが、一度短く連絡をとったきりだった。あの人もいつかここでのことを懐かしんでくれるだろうか。

 私はメッセージを開いた。丁寧な文章で明日ここへ尋ねると記されていた。

 顔写真が添付されているのは防犯のためだ。

 眼鏡をかけた、年若い丸顔の女だった。

 

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祭屋 銃銃太郎 @gungun

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