第41話 恭子の時代
二十一世紀。かつては北半球寄りだった国際秩序の中心が、徐々に赤道地域へ移り変わりつつある時代。
いや、確たる『中心』が希薄になった時代と呼んだほうが正しいかもしれない。
上位も下位も存在が希薄で、何処もが、誰もが、水平に並びうる社会。まるで、インターネットの仕組みが現実とすり替えられてしまったようでもあった。
人々が数ある『中心』ではなく、数多の『拠点』へ寄り集まっては離散する時代。薄く、細い縁が地球全土に広がっていた。
二世紀前の人々は、電信技術の発達によって急激にその世界観を拡張された。
また、それより以前の時代からの影響か、宗教と思想が強く求められた時代でもあった。確たる『中心』が希薄となってしまったがために、宗教か思想のどちらかによって自己の内面に『中心』を形作ろうと試みたのだろう。
今でも科学技術による時間と空間の圧縮はとどまるところを知らない。移動、運送、通信、最近加わったのが充電。
世界の状態は拡張から拡散へと移り、進行し続けている。限りなく希薄であるということは、限りなく同じであるということでもあるのだ。
西暦二〇四二年。ナカマチ・キョウコが生きる時代。
気候変動の進行と武力衝突の頻発は、人類が地球表面で幸運にも繫栄した生物でしかないことへの自覚を迫っていた。
そして、世界が拡散すればするほどに、人類がただ一個の群れになるということも……。
「――そんなことを、あのニカイドウという人に言われました。私と通話アプリで繋がっていたのですが、ゲームの中で別れたすぐ後に……何というか、急に……」
「そうか……。やはり変な奴だったな。まぁ、そういう性格だから、VRゲームであんな振る舞いをしていたのかもな」
私の向かいに立つコウツさんは、小さく笑った。服装は和装。腰に安価なアリツネ刀を指している。顔は、おおよそ本人らしい顔といえた。
「じゃあ、俺はその辺を少しぶらついてから落ちる。今日は無理を頼んで悪かった」
「お気になさらず。私や他の人も、コウツさんに助けて頂いています」
「ああ……。じゃあ――」
別れを告げようとしたのだろうが、コウツさんは言い淀んだ。
「俺は別の仕事もやっているんだが……」
「流行りのシャドウワーク、でしょうか」
「まぁ、そんなところだ。これは内密にしてほしいんだが、未来予測というのを扱っている。もちろん、それなりに科学的な根拠をもったものだ」
私には未来予測という言葉にそれほど怪しい印象はない。百年後までわかると主張するようなものは別だが。
コウツさんは次の言葉を躊躇いがちに発した。
「それで……富士山が噴火するかもしれないそうだ」
あまり驚きはなかった。そういった予測と事実の両方に対してだ。
「またですか」
「ああ、まただ」
「的中するかどうかに関係なく、随分と経済に影響を与えてしまいそうな情報ですが、部外者に話しても良いのですか。私がその情報で高い利益を得るシャドウに就いているかもしれませんよ」
「構わんさ。利益があるから規則を守る……。利益があるなら規則を破る……。未来予測は弊社にとって重要な秘密……。どうやら俺は未来予測のエキスパートってことになるらしい。そんな俺を、あのカトウはかなり危ない橋を渡ってヘッドハントしに来た。彼女と話して、なんとなく察しがついた。この技術は俺が思っていた以上に広まっていたようだってな」
「危ない橋ですか……。人材獲得をそれほどの闇の中で行なうということは、コウツさんが扱っている未来予測の技術と似たものがあちこちで使用され、その重要性ゆえに可能な限り秘密にされていると……そう理解しましたがよろしいでしょうか?」
「よろしいよ。カトウのことはもう知っていたのか?」
「表も裏も一応は。話してくれる範囲でですけどね」
「そうか……。話を戻そう。多分、俺がこんな今日を迎えることも予測されているような気がする。だから自分の利益をとったってわけだ。無秩序な状態から秩序を見出す行為が予測だそうだ。そう考えると、未来予測の技術が広まっている今の状況は、未来が決定されやすくなっているのかもしれない」
「皆が利益と損害のバランスをとろうとすれば、皆が一つの安定した未来へ向かおうとする。そして、そのような技術が資本力をもった立場の異なる組織が運用する……。果たしてうまく行くのでしょうか?」
「瓦解しそうだな。まぁ、俺個人は受け取れるだけの利益をもらうだけだ。世界の仕組みがどうあるべきかなんて悩んでも仕方がない。それじゃあ――ああ、噴火のことは他の人間に言っても構わないからな。備えをしても損はない」
そう言って、コウツさんは立ち去ろうとした。
「コウツさん」
「なんだ」
「コウツさんが見た予測は、すぐにでも自然災害が起きるという想定をした予測でしょうか。それとも」
「前者さ。後者なわけないだろ。自然を完璧に予測できるなら、俺は神を裏切ったことになる」
その晩、私はよく寝付けなかった。
一晩中、枕元に置いたスマートフォンに報道局のライブ番組を映し出していたせいだ。
それを消したとしても、同じ結果だっただろう。
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