第40話 魚の廃都


 ゲームというのは成果を求める遊びだ。

 だからこの世界では誰もが何かを得ようと行動する。

 誰もが野、川、山、湖といった場所へ通い、何かを得ている。当然、街でもそうする。それは妖石のように物かもしれないし、通貨のように数字かもしれない。

 では海に出たなら何を得んとするか。

 やはり魚だろう。

 小柄で目の細い女が槍を構えた。舟と縄が波に合わせて揺れた。縄は槍を投擲した後に、引き寄せて回収するために結ばれたものだ

 ひと際高い波の直後、傾く舟に立つ女は槍を投擲した。

 海面に突き立った槍を、縄を握って引き寄せていく。

 大きかった。手でつかめそうな距離まで引いてみれば、舟へと上げるまでもなく、その正体がわかってしまう程に。

「マグロだ! 何マグロですかね!?」

 女は、男の声で私たちに誇った。

 私は祝いの言葉をかけた。隣の女――ニカイドウは褒めるような言葉を言った。何マグロかは誰も答えなかった。

 私が同じ槍を用いて中くらいの魚を得る一方で、ニカイドウは安価な槍ばかり使い、漂流物を回収する慈善事業にいそしんだ。

 そのうち風向きが変わったような気がした。

 舟が陸へと引き上げるまでの時間は、行きよりも随分と短く感じた。

 最初に舟を降りたのはニカイドウだった。腰まで海に沈んだ。舟を脇から押すつもりらしい。

 私は舟に結ばれている縄の束をつかみ取り、舳先から舟を降りた。海水が染み込み、色の濃い砂浜へ立つ。

 縄を束ごと――舟の進行と重ならないよう斜め方向へ投げ、私は極小の稜線となった縄をつかんで舟を引いた。

 ツチガミさんが私の背後へ回り、私と共に縄を引く。

 ニカイドウはこちらへ来ず、舟を押し続けた。

 海からの風が強く吹き、急速に陸地へと雲が運ばれていくのが見えた。

 分厚かった雲はもう少なく、空は青かった。陽光が海面で反射し、きらめく光景を私はまぶしいと感じた。

 その幻惑の中にニカイドウは溶け込んでいた。とうとう足が乾いた砂浜を蹴るのが見えた。

 砂が舟に押し分けられ、蹴り進む足もまた砂を散らす。

 小さい割に、重い舟だった。


「そろそろ落ちる」

 ニカイドウは防風林の松に寄りかかり、伝統的な別れの言葉を告げた。

「そうですか。楽しかったですよ」

「ええ、俺も。まぁ、俺ばかり遊んでいた気もしますけど……」

「構わないさ。私からのプレゼントだ」

 不穏な一言だった。別のVRゲームで凶悪なチーターだった人物の発言なのだから。

「そうかもしれませんね。このゲームの仕様上、新しい人との縁が運を呼び込むとか……。ああいや、そんなことは抜きで良かったと思っていますよ。その……あなたと会えて……」

「忠告するが、女のアバター相手に慣れない褒め言葉を使うな。どうしてかわかるだろう? 理由は答えなくともよい。では」

 そう言うと、ニカイドウは突然噴出した煙に包まれ、姿を消した。

 職業として忍者を選んでいたらしい。

 こうして私はニカイドウと別れ、その後ツチガミさんとも別れた。もちろん、またわずかに湧いた嫉妬心を投げ捨ててから。

 そして私は、夢から覚めた。

 

「しいたけの~焼いたやつ~……ひじきと大豆を~甘く煮込んだやつ~……それでこっちが~――」

「ハイ! そばがき! ウリヤ、知ってるか。英語でもソバガキって言うんだぜ」

「……アメリカ人が日本語を喋ってるってこと?」

「違うよ。ソバガキって言葉を使わざるをえないんだよ」

「それは英語じゃなくて日本語じゃないの?」

「英語の中に日本語が入ってる形かな」

「じゃあ今この瞬間にアメリカ人全員が同時に『ソバガキ』って言ったら、完全に日本語喋ってることになる?」

「うーん……次の瞬間にはもう英語に戻っちゃうからね……」

「難しいなぁ……。姉ちゃんの話が難しいなぁ……」

「私も正直なところ、最初の時点でおかしなことを言ってる自覚はあったよ。ごめんね!」

「でも『難しい』と『おかしい』って、ちょっと重なってるかもしれない。部分的に」

「それも別の難しい話だなぁ……」

 休日の夕食前の会話としては奇妙なものだ。

 サシドリさんが少し身を乗り出す。

「まぁ~私が今の会話でわかったのは~野菜を見ると賢くなる可能性があるところかな~」

「そう? ナカマチちゃんは何か賢くなった感じあった?」

「いえ、特に」

「じゃあ、私らが馬鹿すぎたのかな……」

「姉ちゃんで馬鹿なら俺はどうしたらいいの?」

「……冷めないうちにご飯食べよっか~」

 自然の成り行きだとしても、世の変化に人は戸惑うばかりだ。

 肉ばかりだった夕食が、野菜ばかりになることも戸惑う理由としては充分かもしれない。

 ポケットのスマートフォンが震える。

 コウツさんからだった。

 人との出会いもまた戸惑いの原因であろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る