「クラスメイト」



「ここが私たちのクラス。1年C組だよ」


 赤夏高校の校門をくぐり、まっすぐにやってきたのは俺とナギのクラス。三階建て校舎の一階中央に位置するのが1年C組の教室だ。


 中に入ると、30人近い生徒が各々グループに分かれて談笑していた。この高校特有の騒がしい雰囲気、とても懐かしく感じる。

 

「ホームルームまでもう時間がないから、学内の詳しい案内はお昼休みにしてあげる」

「助かるよナギ。それまでは普通に授業を受ければいいんだな?」

「うん。ケントくんには少し退屈な内容かもしれないけど、真面目に受けないと内申点に関わるから注意してね」

「内申点…」


 "グロ♡ラブ"の主人公には身体能力、学力、清潔度、容姿など、多くのステータスが存在する。

 日常パートの中でステータスを一定まで高めなければ、ルートに入れないヒロインがいたり、イベントのフラグが立たなかったりと、ステータスの良し悪しはゲームの進行に大きく関わってくる。

 今ナギの言った内申点はおそらく"学力"に対応するステータスだろう。低すぎると進級や卒業に関わり、進級できなければその時点でゲームオーバーになる。真面目に受けるに越したことはない。

 

「ところで、俺の席ってどこ?」

「私の隣!」


 ナギは自分の席に座ると、嬉しそうな笑顔で隣の席を両指でビシッと指さす。

 このあたりの設定は通常プレイと一緒なんだな。


 俺は席に座って鞄を下ろす。それと同時に前に座っていた生徒が振り向いて声をかけてきた。


「ケント、お前が遅刻ギリギリなんて珍しいな。また遅くまでゲームか? 」

 

 短髪で縁のない眼鏡をかけたイケメン君。不愛想な態度ながらも声色には優しさを感じる。おそらく俺、いや主人公の友達なのだろう。

 

 ……ん? "グロ♡ラブ"にこんなキャラクターいたっけか。俺の覚えている限り、男でネームド且つ立ち絵のあるのは一人だけだが、こんな人ではなかったはずだ。性格キャラも違うし。

 とりあえず、今は話を合わせよう。

 

「まぁ、そんなところ。今やってるやつ、もう少しでクリアできそうでさ。なかなかやめるタイミングがなくて気が付いたら朝だよ」

「相変わらずのゲーム狂いめ」

「ゲームに狂って何が悪い」

「何もかもだバカ」


 厳しい口調ながらもフッと笑うメガネ。この親しさ、高校よりもっと前からの友達みたいだ。


 ナギと同じく主人公の親友ポジションのキャラクターに青井来斗あおいらいとって男がいたのは覚えている。さっき言った唯一立ち絵のある男キャラだ。

 しかし奴はメガネでも短髪でもイケメンでもクールキャラでもない。これと言った特徴のないのが特徴なモブっぽい顔だったはず。

 親友の割にゲーム内での出番は少なく、しかし親友設定故に俺との仲が深いあまり『こいつ主人公君の隣にいて邪魔だなぁ……消そ』といろんなヒロインに特に意味もなく殺されてしまう悲しきキャラ、それが青井来斗だ。


 じゃあコイツは一体誰だ? 

 今さら本人に名前を聞くのもあれだし、ホームルームが終わったらナギにコッソリ聞いておこう。


「っと、そうだケント、黒百合も。ん」

「……? んって、何だその手」

「課題の回収だ。日本史の授業で出ていただろう」

 

 えっ、何それ初耳。

 俺は鞄からクリアファイルを取り出し、プリントを確認する。その中の一枚に今日が提出期限のものがあった。


 日本史の課題。回答欄はまっさら。

 おいふざけんな昨日の俺。趣味に没頭するのはやること終わらせてからが常識だろがい。


「はいこれ私の。でもどうしてが集めてるの?こういうのって委員長の仕事じゃない?」

「その委員長に頼まれたんだ。私用でホームルームに出られないから代わりに集めててほしいとな。鬼灯ほおずきからの頼みは何故か断れん」


 ナギと青井の会話を聞き流しつつ、俺は速攻で筆箱からシャーペンを取り出し課題に取り組もうとする。しかし、俺の手はすぐに止まった。

 "青井くん"、だと?


「えっ、お前もしかして……本当に青井来斗?」

「何を言っている。どこからどう見ても俺は俺だろう」


 すまん。どこをどう見ても面影すら見当たらねぇ。

 人物紹介が無ければクラスメイトEぐらいの存在だったお前が、どう高校生デビューしたらさわやかイケメンメガネになるんだ。


「ナギーっ、ナギさーんっ。コイツが来斗ってマジなの?」


 怪訝な目で見てくる来斗を他所に、俺はナギに耳打ちする。

 後で聞こうと思ったが今知りたい。何がどうしてこうなったのか。


「……あっ、そっか。ケントくんはアップデート後にプレイするのは初めてだから知らないんだ。青井くんはね、私になったんだよ」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

「んん-……口で説明するより、見てた方が早いかも」


 そう言うとナギはサッと俺から離れる。

 来斗がナギ? 見てた方が早い? どういうことだ?


「それでケント。お前のは?」

「えっ、あっ、すまん。写させてくれない?」

「するわけないだろう。先生への提出はホームルームが終わってから行く、それまでにやっておけ。お前の頭なら余裕だろう。……話は変わるが、ケント」

 

 来斗は椅子を此方に向け、腕を組みながら神妙な顔つきで俺の方を見る。

 メガネの向こう側に見える瞳は真剣そのもの。俺は一旦考えることをやめ、真面目にライトと向き合う。


「何だよ急に改まって」

「お前、好きな異性はいるか?」

「本当にどうしたんだよお前」


 まさかの恋バナ。

 真面目な顔して損したよ。 


「赤夏高校は美人が多い。黒百合もそうだが……委員長の鬼灯、A組のアイドル国枝くにえだ、D組の一見ヤバいがよく見てもヤバい金城かねしろ、2年の女王日野下ひのもと。上げていけばキリがない」

「お、おう……そうだな」


 俺は頷く。今来斗が上げた名前は全員ヒロインの名前だ。

 この"グロ♡ラブ"で攻略できるできないキャラクターたちだ、当然みんな可愛い。各々違った魅力があり、"グロ♡ラブ"発売前に非公式で行われた一番攻略したいヒロインアンケートでは、誤差はあれど全員の票がほぼ横並びだったとか。


 俺は黙って来斗の次の言葉を待つ。

 来斗は何が言いたいんだ? コイツと恋バナをするイベントなんて俺の記憶にない。たった一回のアップデートでお前の身に何が起こったんだよ。

 

「お前にはデカい借りがある。もしお前が気になる奴がいるのなら、俺がいろいろ調べてやろう」

「つまり、どういうこと?」

「恋のキューピットになってやると言ってる」


 クソほど真面目な顔して何言ってんだコイツ……と思いたいところだが、今のセリフ、記憶にあるぞ。


『せっかくの学園生活、恋しなきゃもったいないよ大損だよ! 私が〇〇くんの恋のキューピットになってあげる! 』


 ”グロ♡ラブ”通常プレイでのプロローグ中のナギのセリフ。

 黒百合ナギは本来、主人公の恋を手助けするキャラクターだった。


 ギャルゲーによくいる都合のいいお助けキャラ。各ヒロインの好きなものやよくいる場所、誕生日、趣味など必要に応じて様々な情報を教えてくれるプレイヤーの味方。その過程でいろいろと話が拗れたり捩じれたりしてナギは病んでいくのだが、それはまた別の話。

  

 だけど、ナギはヒロインに成った。

 だからポジションも変わったんだ。今までナギが担っていた"主人公の恋路をサポートする"ポジション、それが来斗に移り替わった。来斗がナギになったってのはそういう意味か。でもお前がイケメンになる理由なくない?


「で、誰が気になる。やはり黒百合か? お前とアイツは付き合いが長いだろう」

「えーっと俺は……」

「私も気になるなァケントくんは誰が気になるのかなァ?」


 隣から感じる胃に穴が空きそうなほど強い視線に冷や汗をかきながら、俺は口ごもる。


 もしかしたら、ここが分岐点かもしれない。これが普通のギャルゲーなら気軽に選ぶが、ここは"グロ♡ラブ"。一つ一つの選択肢に命をかけなければならない世界だ。熟考させてほしい。


 しかし、ここでタイミングよくチャイムが鳴る。同時に先生が教室に入ってきた。ホームルームの始まりだ。


「話の続きは後でしよう。ケント、課題を忘れるなよ」

「やっべ、そうだった」


 俺は先生に見えないように、こっそり課題に取り組む。

 日本史だったか。高校一年の内容ならそう苦労しないだろう。一応俺、現役の大学生だし。ホームルームの時間は短いが充分やれるはず。


 課題の内容は”各政策を行った歴代内閣総理大臣の名前を漢字で書け”、か。入試の時に死ぬほど勉強した記憶もまだ残ってるし、これぐらいならいける。

 

 俺はシャーペンを必死で走らせ、何とかホームルーム中に終わらせた。

 多少間違えたところもあるかもしれないが、別にいいよね。

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プレイヤーに直接語りかけてくるタイプのヒロインにゲームの世界に閉じ込められた件。 サマーソルト @assist11

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