『リアリティ』



「説明するまでもないかもだけど、フルダイブモードはリアリティ重視のゲームモードなの」


満開の桜並木が目に留まる通学路を肩を並べて歩く私とケントくん。

私はひらりと舞う桜の花弁ならびらを両手ですくうように受け止めながらそう説明した。


私の真似をするように、ケントくんは花弁をキャッチしようとしたが、一瞬吹いた風によって花弁は吹き飛ばされ、遠く離れた場所に落ちる。


「物理演算の精度が尋常じゃないな…。俺の使ってるPCそんなにスペック高くないんだけど、処理落ちとか大丈夫なのか?」

「現実はかくついたりしないでしょ?」

「それはそうだけど」


ケントくんの反応を見る限り、外の世界とグロリアス♡ラブの世界は大して差はなさそう。ちなみにこの辺の設定は私は何もいじっていない。開発陣の変態的な技術力の高さがうかがえるね。褒めてつかわす。


肩を並べて通学路を歩く私たち。

ああ……感ッ激。夢にまで見た登校シチュエーション。本当なら手をつなぐ、いや腕を組む、いやイチャラブちゅっちゅしながら歩きたいところだけど、何事にも順序がある。

大丈夫、時間はあるわ。それまでの過程を楽しむのも恋愛の一興よね!


「……なぁ、ネタバレ覚悟で聞いてもいい?」


ケントくんが神妙な顔で聞いてくる。

ネタバレ? 私との将来設計的な意味のアレかな。


「私とケントくんは末永くお幸せに暮らすハッピーエンドが待ってるよ!」

「ナギのルートじゃなくて、他のヒロインルートについて聞きたいんだけど」


は??


「ケントくん、私が隣にいるのに他のヒロインの話する必要アる??」

「仮に俺がヒロインの誰かに何らかの方法で殺されたとして」

「そんなこと私がさせないけどね!」


突然縁起でもないことを言いだすケントくん。

思わず目を見開いてしまったが、彼が何を言いたいのかは何となく察しは付いた。


このゲームは進めれば進めるほど、あの異常者ヒロインたちの手によって殺されるリスクが高くなる。痛みまで感じるほどリアルなこの世界で殺されたらどうなるのか、プレイヤーなら知らずにはいられない。


一言で言えば死ぬ。ケントくんはVRでプレイしてると思っているけど、実際は私がケントくんを肉体ごとこの世界に引き込んでいる。殺されれば当然死ぬ。けど私が守るから問題ない。


ケントくんには死の恐怖に怯えながらプレイしてほしくないし、ここはやんわり答えよう。


「その時の痛みって、俺の現実の身体に影響とか及ぼしたりする?」

「するけど安心して、 殺られる前に殺り返すから! 」


思ったよりやんわりしなかった答えが口から出た気がするけどきっと気のせい……いや気のせいじゃないかも。ケントくんが”うそでしょ…”と言いたげな表情で顔を青くしている。


ま、まずい。ここでケントくんの好感度を下げてログアウト方法を聞かれたらショックのあまり鞄に忍ばせている包丁を握っちゃうかもしれない。ここはちょっと大胆にでもなんとかしないと!


「一応、触覚センサーを切ることはできるよ。でもそれをしちゃうと痛みどころか何にも感じなくなっちゃうの」


まぁ痛みを感じないだけで致命傷を受けたら普通に死んじゃうけど。


「それに、ほらっ」


そう言ってケントくんの右手を両手で握る。

……手汗、大丈夫だよね私。


「えへへ、温かいでしょ! こういうのも感じられなくなっちゃうから、切ることはお勧めしないかなぁ」


安心させるように、心を温めるように。微笑みながら私はケントくんに笑顔を向ける。

当然、この笑顔は取り繕った笑顔だ。私の内心はそれはもう穏やかじゃなかった。


キャあああーーっ!!

手ぇ握っちゃった! 手ぇ握っちゃった!!

大人の階段一つ登っちゃったよ私ったらだいたーん!!


手をつなぐなんて付き合い始めて1週間ぐらいにすることだよね! それを出会った初日にしちゃうなんてやりすぎかな私! あっ、ケントくんの顔がちょっと赤くなった! 照れてるーっ!


「頬が赤いね。照れてる?」

「うん。照れてる」


ケントくんはそっぽを向きながら、私の手を優しく振りほどく。

はぁーっ……ぎゃんかわな反応だなぁ……。


心の声をそのまま口にしたいけど、流石にドン引きされるのが目に見えるから我慢。……っと、そういえばまだあの事を言ってなかった。


「可愛い反応だなぁ。あ、そうそう。大事な説明がまだだったね。このフルダイブモード、セーブ機能がないの」

「うえっ、マジで?」


マジなの。


「フルダイブモードは7つのチャプターで構成されているの。チャプター間でだけ中断ログアウトができて、またログオンしたらその続きから始められる仕組み」

「つまり、チャプター間以外では中断ログアウトできないと?」

「ゲームを強制終了すればやめられるけど……それまでプレイしたデータが全部消えちゃうからやめてほしい、かな」


これまでケントくんにはいろんな嘘をついてきたけど、これに関しては全部本当の事。

7つのチャプターに分かれてしまったのは私の意思じゃない。私がグロリアス♡ラブのさまざまな設定を書き変えた結果生まれた副産物。悪く言えばバグに近い。中断ログアウトのタイミングに関しては私の意思だけど。


正直に言えば、ケントくんにはずっとこの世界にいてほしい。ずっと私の傍にいてほしい。神様からもらった能力を使えば、ケントくんをグロリアス♡ラブに閉じ込めることは造作もない。


でも、それじゃダメ。


私の意思を一方的に押し付けて、ケントくんをこの世界に縛り付けても、彼はきっと私を愛してくれない。そんなのアイツらみたいなヒロインヤンデレ共のやる所業だよ。


だから私は、ケントくんが自分の意思で、このグロリアス♡ラブの世界に残りたいと思ってくれる努力をする。永遠に私と一緒に居たいと思ってくれるほどに、私は彼を籠絡こうりゃくする。


黒百合ナギが才原ケントを籠絡こうりゃくするゲーム。

それがフルダイブモードの正体であり、私が能力を駆使して作り上げた、新しい"グロリアス♡ラブ"。


その舞台となるのがあの場所。


「さっ、見えてきたよ! あれが私たちの通う赤夏高校!」


正直見飽きた赤夏高校。

でも自分の意思で、好きな人と通えると思うと、不思議と足取りは軽くなった。




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