「リアリティ」



「説明するまでもないかもだけど、フルダイブモードはリアリティ重視のゲームモードなの」


満開の桜並木が目に留まる通学路を肩を並べて歩く俺とナギ。ナギはひらりと舞う桜の花弁ならびらを両手ですくうように受け止めながらそう説明する。


俺も花弁を片手で受け止めようとしたが、花弁は一瞬だけ吹いた強い風に飛ばされて、少し離れたアスファルトの上に落ちる。


「物理演算の精度が尋常じゃないな…。俺の使ってるPCそんなにスペック高くないんだけど、処理落ちとか大丈夫なのか?」

「それは要らない心配だね。だって現実はかくついたりしないでしょ?」

「それはそうだけど」


言うは易し、行うは難し。

それにすごいのは物理演算だけじゃない。太陽の温かさ、感じる風の心地よさ、すれ違う人たちの会話、笑い声、息遣い。五感で感じる全てが現実のそれと思えるレベルだ。

ゲームを始めてまだ数分なのに、開発陣の変態的な技術力の高さが伺える。


俺はほっぺをつねる。当然のように痛みも感じる。

……これ大丈夫か? 物語終盤ヒロインに刺された苦痛で脳に深刻なダメージとか受けない? ゲーム廃人に片足突っ込んでる自覚のある俺だけど、リアルに戻ったら精神的ダメージでガチ廃人になってたとかは御免だぞ。


「……なぁ、ネタバレ覚悟で聞いてもいい?」

「私とケントくんは末永くお幸せに暮らすハッピーエンドが待ってるよ!」

「ナギのルートじゃなくて、他のヒロインルートについて聞きたいんだけど」

「ケントくん、私が隣にいるのに他のヒロインの話する必要アる??」


時折見せるヤンデレの片鱗勘弁してくれませんかナギさん。

一々怖がってたら話が進まないのでスルーして聞こう。


「仮に俺がヒロインの誰かに何らかの方法で殺されたとして」

「そんなこと私がさせないけどね!」

「その時の痛みって、俺の現実の身体に影響とか及ぼしたりする?」

「するけど安心して! 殺られる前に殺り返すから! 」


するのかぁ……。ここまで安心できる要素が一つもないといっそ清々しい。

と言うかナギさん。ヤンデレじゃないこと自負するなら、もうちょっとこう、隠す努力とかしてくれませんかね。


しかも今の言い方からして、このフルダイブモードでもヒロインたちのヤンデレは平常運転のようだ。通常プレイとは緊張感が段違いだね。今すぐログアウトする方法を教えてほしい。


「一応、触覚センサーを切ることはできるよ。でもそれをしちゃうと痛みどころか何にも感じなくなっちゃうの。それに、ほらっ」


隣を歩くナギはそう言って俺の右手を握ると「えへへ、温かいでしょ! こういうのも感じられなくなっちゃうから、切ることはお勧めしないかなぁ」とにへら顔で言ってきた。


突然美女に手を握られてドキッ!っとしたいところだが、俺もとい主人公はこの手に幾度となく殺されてきたんだよな……うん、ドキドキしてきた。


しかし、ナギの手から感じる温もりは本物。

思わず握り返したくなるが、それは流石に恥ずかしいので、やんわり彼女の手を放す。


「頬が赤いね。照れてる?」

「うん。照れてる」


顔が火照っているのを感じる。

どこまでもリアリティに充実な世界だ。あまりここをゲームの中の世界と思わない方がいいかもしれないな。命にも関わるし。


「可愛い反応だなぁ。あ、そうそう。大事な説明がまだだったね。このフルダイブモード、セーブ機能がないの」

「うえっ、マジで?」

「フルダイブモードは7つのチャプターで構成されているの。チャプター間でだけ中断ログアウトができて、またログオンしたらその続きから始められる仕組み」

「つまり、チャプター間以外では中断ログアウトできないと?」

「ゲームを強制終了すればやめられるけど……それまでプレイしたデータが全部消えちゃうからやめてほしい、かな」


ここまでこれでもかっ!ってぐらい技術力の高さを見せつけてきたのに、そこだけは一昔前のゲームみたいな仕組みなのか。いや、これもある意味リアリティを重視した結果なのか?


強制終了でデータ全消去は俺も嫌だ。ゲーム起動前に飯とトイレを済ませておいて正解だったな。各チャプターがどれぐらいのボリュームかは分からないが、まぁ持つだろう。


とりあえず、中断ログアウトできるタイミングまでは、この『グロリアス♡ラブ』の世界を純粋に楽しむことにしよう。……殺されない程度に。


「さっ、見えてきたよ! あれが私たちの通う赤夏高校!」


そう言ってナギが指さす方向には、通ったことがないにも関わらず、懐かしさを感じる外観の建物『私立赤夏高等学校』があった。


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