『チュートリアル』
*――――――*
このゲーム作った人間たちって絶対正気じゃないよね。少しでも良心があればこんなゲーム世に広めようとしない。私ならしない。
けど、そんな人間がいたからこそ、私はケントくんと出会えることができたんだよね。それだけは感謝しなくっちゃ。
でも私の設定考えた人間は絶許。事が済んだらありとあらゆる個人情報盗んで社会的に抹殺してやるから覚えとけよ。
「プレイヤー風情が出しゃばった真似して本ッ当にすみませんでした。すぐログアウトしますんで命だけは、命だけはご勘弁を」
って、そんなこと考えてる場合じゃないわ私。
ケントくんが扉の影から殺人鬼を見るような怯え切った表情で私を見つめている。これはこれでソソるものを感じるけれど、怖がられるのは不本意だ。
ちょっと、いやかなり傷つく。
「あ、安心してほしいなーケントくん! 私はもう君が思ってるようなヤンデレキャラじゃないよ! ほら見て、私の目! これが嘘ついてるヤンデレの目に見える!?」
安心させるように両手を挙げて無害アピールし、私は曇りなき
私の数々のヤンデレ行動は自分の意志じゃない、プログラムによって動かされていただけ。本当の私は純愛が大大大好きな恋する乙女。この純情で純白な想い、どうか伝わってほしい。
……でも怯えている顔もやっぱりいいなぁ。
寧ろこんなに怖がる顔見れるのって逆にレアじゃない? 今のうちに脳にインプットしとこ。
「……疑ってごめん。俺、少し過敏になってたよ」
ケントくんは未だ疑心を拭えない様子だけど、隠れるのをやめて頭を下げてきた。
冷静になって考えれば、ケントくんの行動は当然だ。彼はプログラム通りにしか動けなかった私の事しか知らないんだから。
私は全てのルートでヒロインたちを殺めている。”
「ううん、怖がるのも無理もないよ。今まで私がやってきたこと考えれば、むしろ当然の反応だよね。でも安心して! 私、生まれ変わったから!」
そう、私は生まれ変わったんだ。
恋愛の神様の力で、人殺しをしなくていい存在になれた。これだけは本当だと胸を張って言える。
「その発言から察するに、黒百合さんは今までの出来事を全部覚えてるんですね」
「……あんまり思い出したくないけどね」
ケントくんの指摘に私は俯いて答える。
ナイフで身体を刺す感触。
動かなくなるまで首を絞め続ける感触。
チェーンソーで肉を斬る感触。
人を殺す感触なんて碌なモノじゃない。
このゲームは無駄に細部にも凝って作られているから、きっとその辺の感触は現実と同じもの。あんなことするのは二度とごめんだ。
それに、私がヒロインを殺すたびに画面の向こうのケントくんは顔面蒼白で絶叫を上げる。流石の私も好きな人のあんな顔はもう見たくないし、あんな声聞きたく……聞きたくない。うん、全くもって聞きたくない。
嫌な思い出は忘れるに限る。
閑話休題もかねて私は軽く咳ばらいをし。
「では改めまして、私は黒百合ナギ! ”フルダイブモード”のチュートリアルを担当してるの! 最新のアップデートで攻略キャラにも昇格したから、よかったら私も攻略してみてね!」
笑顔で嘘の説明をした。
「メッタメタな発言ですね」
「しかたないでしょ。 私みたいに説明するキャラがいないと、このフルダイブモードは成り立たないんだから」
笑顔で嘘を重ねる私。
このゲームにフルダイブモードなんて近代的なゲームモードは存在しない。私が攻略キャラになったのは本当の事だけど、フルダイブモードはケントくんにグロリアス♡ラブをVRでプレイしていると思い込ませるために考えた嘘に過ぎない。
ケントくんは無類のゲーム好き。だから引き入れる以上、彼にはグロリアス♡ラブの世界をできるだけ楽しんでほしいと私は考えた。だから彼が楽しめそうな設定を考えて、可能なかぎりゲームの世界を書き変えた。それがフルダイブモードの正体。
いろいろと設定を弄った結果、ゲームのスタート時点が入学式から少しズレちゃったけど、これからのストーリーに影響は出ないから大丈夫。たぶん。
ケントくんにはまだいろいろ説明しなきゃいけないことがあるけれど、少し時間が危ないかな。
「まずは学校に向かおうか。 ほらケントくん、制服に着替えてきて! あんまり遅いと遅刻しちゃうよ!」
「えっ、遅刻とかあるんですか?」
「もちろんあるよ、学校だもん。 先生に怒られるし、内申点にも関わるよ」
グロリアス♡ラブは”学園恋愛ホラーゲーム”。学校に行かずして物語は進まない。
何度も遅刻したり学校をサボったりすると、退学になってゲームオーバーになる。ケントくんとのラブラブ高校生活(予定)をそんなくだらない形で終わらせるものか。
「直ぐに戻ります」ケントくんはそう言い残して家の中に戻り、そして数分後。
「お待たせしました。制服って、こんな着こなしで大丈夫ですかね?」
紺色を基調とし、左胸に赤色の校章が刻まれた学生服。
赤夏高校の制服を着こなし、身だしなみを整えた状態でケントくんは戻ってきた。
素敵。あぁ、素敵。
生で見る制服姿のケントくんは記憶より何十倍もイケている。
「うんバッチリ!……いやたんま、襟が曲がってる」
もうちょっと近くで見たい欲に負けて、一ミリも曲がっていない襟を正してあげるフリをする。
私が顔を覗き込むと、ケントくんの顔が少し赤くなる。もしかして照れてる? 反応が可愛すぎて心配になってくるレベルね。 大丈夫? 付き合う?
私と付き合ってくれれば絶対に幸せにするし、他のヒロインの魔の手からも守って見せるよケントくん。そのためにはケントくんのいる位置を何時でも把握できるようにしておかないといけない。
襟に発信機付けておくね。
「よしっ、これでオッケー! それじゃあ行こっか、歩きながらいろいろ説明してあげるね」
「お願いします黒百合さん」
「敬語じゃなくていいよ。私とケントくんは(まだ)親友なんだから」
この親友設定があるせいか、私には今まで
三年連続同じクラスだった中学時代。林間学校では一緒のグループになり、体育祭では一緒に二人三脚をした。夏休みには図書館で一緒に宿題をし、修学旅行では一緒に歴史あるお寺の街を廻った。そして同じ赤夏高校に合格し、高校でも一緒のクラスになって喜び合った。
そんな記憶があるけれど、これだけ一緒にいながら親友止まりってどういうことなの私。
まぁいいわ。大事なのは過去より未来。
これから三年間、不束者ですがよろしくねケントくん!
「わかった。よろしく頼むよ、黒百合」
「ケントくんは、親友を、苗字呼び、スルノ?」
「……よろしく、ナギ」
はぁぁ……好きな人に名前で呼ばれるのって、幸せっ。
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