「チュートリアル」
『グロリアス♡ラブ』の看板娘、黒百合ナギ。
彼女は主人公の中学時代からの親友であり、主人公に重い想いを抱き続けていた。
そんな設定があるにも関わらず、このゲームに黒百合ナギのルートは存在しない。
人の心とかないゲーム制作陣は、プレイヤーに主人公を操作させて他5人のヒロイン攻略を強要してくるが、そんなの黒百合ナギが許すはずもなく、彼女はプレイヤーに言葉の刃物を突きつけて来る。
黒百合ナギが好きなのは『グロリアス♡ラブ』の主人公。それを動かすプレイヤーではない。
しかし、今の主人公は外見も中身もプレイヤーである俺そのもの。主人公=プレイヤーの式が成り立っている。
このゲームの主人公にキービジュアルはない。故に、今まで彼女たちの瞳に主人公がどんな姿で映っていたかはわからない。が、少なくとも俺の姿じゃないのは確かだ。
そんな俺と目が合った彼女の取る行動は―—。
『貴方、遂に私の愛する彼の身体まで奪ったのね! こんなの貴方を殺して私も死ぬしかないじゃない!!』
着火済みのダイナマイトで全身武装した黒百合さんに押し倒される光景が容易に想像できた俺は、すぐさま扉の影に隠れ、
「……お、お命だけは勘弁してもらえませんか? プレイヤー風情が出しゃばった真似して本ッ当にすみませんでした。すぐログアウトしますんで命だけは、命だけはご勘弁を」
お手本のような命乞いをした。
現実と相違ないほどリアルなこのゲーム空間で爆殺とか、現実にある身体に害がないとわかっていてもされたくない。黒百合さんには悪いが、返答次第では籠城させてもらうぞ。
「あ、安心してほしいなーケントくん! 私はもう君が思ってるようなヤンデレキャラじゃないよ! ほら見て、私の目! これが嘘ついてるヤンデレの目に見える!?」
俺の反応が予想外だったのか、黒百合は焦る素振りを見せながらヤンデレじゃないアピールをしてくる。
が、いまいち信憑性に欠けるアピールだ。俺を怖がらせたくないって思いは伝わってくるが、黒百合の瞳の奥底は黒く濁っているようにも見える。
正直怖いが、敵意は感じない。今すぐ襲われることはないだろうと判断した俺は、改めて黒百合の前に立つ。
「……疑ってごめん。俺、少し過敏になってた」
先ずは頭を下げて謝る。
ここがゲームの世界でも礼儀は大事だよな。
「ううん、怖がるのも無理ないよ。今まで私がやってきた所業を考えれば、むしろ当然の反応だよね。でも安心して! 私、生まれ変わったから!」
「その発言から察するに、黒百合さんは今までの出来事を全部覚えてるんですね」
「……あんまり思い出したくないけどね」
そう俯いて呟く黒百合さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
過去にヒロインたちに手をかけたことを本当に悔いているようだ。ヤンデレキャラじゃなくなったって言うのもあながち嘘じゃないのか?
いや、油断は禁物だぞ俺。『グロリアス♡ラブ』は前半こそ普通のギャルゲーだが、後半からはSAN値を削るイベントのオンパレードだ。気を許すのはまだ早い。
黒百合は切り替えるように「コホンッ」と咳払い。
再び笑顔で口を開く。
「では改めまして、私は黒百合ナギ! ”フルダイブモード”のチュートリアルを担当してるの! 最新のアップデートで攻略キャラにも昇格したから、よかったら私も攻略してみてね!」
「メッタメタな発言ですね」
「しかたないでしょ。 私みたいに説明するキャラがいないと、このフルダイブモードは成り立たないんだから」
言われてみれば、プレイヤーの存在を認知している彼女ほど、VRであるフルダイブモードのチュートリアルに相応しいキャラクターはいないな。メタ発言をしても特に不自然じゃないし。
「まずは学校に向かおうか。 ほらケントくん、制服に着替えてきて! あんまり遅いと遅刻しちゃうよ!」
「えっ、遅刻とかあるんですか?」
「もちろんあるよ、学校だもん。 先生に怒られるし、内申点にも関わるよ」
遅刻によるデメリットが現実的すぎません? このゲームに内申点なんてパラメータが合った記憶ないが……フルダイブモード特有だろうか。
ともあれ、目に見えたマイナスイベントは避けないとな。
俺は「直ぐに戻ります」と言い残して我が家に逆戻り。
顔を洗い寝癖を直し、制服に袖を通して黒百合のいる玄関へ戻る。朝ご飯は…まぁ時間もないしいいか。ステータス面にどんな影響があるかわからないが、一食抜く程度なら大したマイナスはないだろう。
「お待たせしました。制服って、こんな着こなしで大丈夫ですかね?」
「うんバッチリ!……いやたんま、襟が曲がってる」
黒百合は俺に近づいて襟を丁寧に正してくれる。
女の子への耐性は人並みにあると自負しているが、黒百合のような美少女なら話は別。距離が近いと普通に緊張する。
女の子特有の甘い香りが心臓の鼓動を更に加速させ、過去主人公が黒百合に首を掻っ切られて殺される展開があったことが脳裏をよぎり、鼓動はマッハの領域へ。
何度も思うが、本当に現実世界と相違ないな
今のVR技術がここまで進んでいるとは……追いついてきたね、時代。VRMMORPGが開発されるのも、そう遠くななさそうだ。
「よしっ、これでオッケー! それじゃあ行こっか、歩きながらいろいろ説明してあげるね」
「お願いします黒百合さん」
「敬語じゃなくていいよ。私とケントくんは親友なんだから」
むっ、親友設定は健在なのか。
まだ俺の中で黒百合さんのヤンデレ疑惑は晴れていないが、俺も堅苦しいのは苦手だ。ここは遠慮せずに受け入れよう。
あまりにも現実味溢れる世界観のせいで忘れそうになるが、俺は『グロリアス♡ラブ』のゲームをプレイしているんだ。楽しまなきゃ損だよな。
攻略キャラに昇格したって言ってたし、最初は黒百合ルートをプレイしてみようか。
「わかった。よろしく頼むよ、黒百合」
「ケントくんは、親友を、苗字呼び、スルノ?」
「……よろしく、ナギ」
やっぱ考え直そう。
こいつ絶対ヤンデレ治ってねぇよ。
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