「最悪の第一印象』
目が覚めると、知らない天井が見えた。
ベッドから身体を起こす。
いつの間に寝ていたのだろうか……いや、違う。寝ていたわけではなさそうだ。
目を擦って周りを見渡す。視界に移ったのは俺の部屋ではなかったが、見覚えがある場所ではあった。ここは『グロリアス♡ラブ』の主人公の自室だ。
思い出してきたぞ。俺は『グロリアス♡ラブ』のフルダイブモードをプレイしてるんだ。何という没入感、本当にゲームの中に入ったような感覚だ。
ベットから立ち上がり、部屋の中を観察していく。
勉強机に漫画オンリーの本棚、今が四月の中旬だと指し示すカレンダー、私服の入ったクローゼット、ハンガーにかかった紺色の学生服。全てがゲーム通りに並べられていた。
実際に学生服を手に取ってみる。触った感触もあるし、重みも感じる。最新のVR技術ってスゲー。
思わず感動していると、部屋の隅に置かれた姿見鏡が目に入った。
「えっ、俺!? いやそれにしては若い……学生時代の俺か? 」
俺の身長よりも一回り大きい鏡。そこに映っていたのは、高校生時代の自分の顔だった。
『グロリアス♡ラブ』は高校を舞台とした学園もの。当然主人公は高校生であるが、自分の顔が反映されているとは驚いた。
たった5年前の姿なのに、とても若々しく見える。
でも高校生時代の俺って、こんなイケてる顔だったけ……? ああ、あれかな。確か主人公にはイケメン設定があったから、それが反映されてるのかも。
にしてもどういう仕組みだこれ?
「ケントー! さっさと起きなさーい! 遅刻しても知らないわよー!」
部屋の外から誰かが呼ぶ声が聞こえる。
主人公の母親だろう。ゲーム内では立ち絵はなかったがどんな人だろう。
俺はゲームを進行させるため、部屋を出て階段を降り、声のした方へと向かう。
「ようやく起きたわねバカ息子。さっさと食べなさい。迎えが来るわよ」
「うえっ、母さん!?」
思わず変な声が出た。
声の主は予想通り主人公の母だったが、その顔は俺が毎日顔を合わせている実の母の顔だった。しかも俺と同じく5歳ぐらい若い。
「その前に顔を洗ってきたらどうだ、寝癖が付いてるぞケント」
「父さんまで!?」
母さんに並ぶように父さんも現れる。
こ、この流れ。まさか顔だけしか取り柄のない愚弟もいる……?
「寝坊したのお兄ちゃん? 遅くまでゲームしてるからだよ。だからアタシ注意してあげたのに」
「いや何でお前は
振り向いた先にいたのは俺のことを兄と呼ぶ美少女だった。姿も口調もまるで違うが、無駄に顔の良い弟の面影が彼女にはあった。
「TS? 何寝ぼけたこと言ってるのさ。あ、わかった。ゲームのやり過ぎで頭おかしくなって、自分をギャルゲーの主人公だと思い込んでるんでしょ。ちょっとヤバいよお兄ちゃん」
「今の俺はホラーゲーの主人公だよ愚妹」
「もっとヤバいよ兄」
ゲームの世界なのにこうも自然に会話が成り立つものなのか。
そして思い出した。主人公には弟ではなく妹がいる設定だった。それなら納得、と思えるほど俺の頭はまだ狂っていない。
いやいや流石におかしいだろ! 何で主人公一家が俺の家族に侵食されてんだよ! 俺の
当然だが、事前に家族の顔データをゲームに取り込ませていた、なんて真似はしていない。そもそもこのゲームにそんな機能はないし、そんな機能があったって絶ッ対に使わない。
これじゃあゲームの中に入ったと言うより、5年前にタイムスリップした気分だ。よくよく周りを見渡したら、リビングの間取りも我が家と同じだし。
弟が妹になっている以外、現実と大差がない。
なんだか少し怖くなってきた。確かに『グロリアス♡ラブ』は恋愛ホラーゲームだけど、それはヒロイン達の思考回路がホラーってだけであって、これはホラーの方向性が違う。怪奇だよ。
と言うか、ここ本当に『グロリアス♡ラブ』の世界?
もしかして、夢?
ピンポーン!
ここが本当にゲームの世界かと疑ったのも束の間、甲高いインターホンの音が家に響く。
この音、我が家のインターホンとは違う。ゲーム内で使われているインターホンの
「何ボケーっとしてるのさ、早く向かいに行ってあげないと」
「え? あ、ああ……」
やはりここは『グロリアス♡ラブ』の世界で間違いない。が、時間軸がわからない。
『グロリアス♡ラブ』は学園もの。主人公とヒロインたちの通う
通常プレイとフルダイブモードでは物語のスタート地点が違う、と考えるのが妥当か。ふむ、分からんことが多いし早くチュートリルが欲しいところだ。せめてセーブとログアウトの方法だけでも教えてほしい。頭を整理したい。
そのためにも、先ずはゲームを進行させなくてはならない。玄関にたどり着いた俺は鍵をあけて扉を開く。
「おはよっケントくん! うわぁー、すごい寝癖だね。もしかして寝起き? 私が直してあげよっか」
外に立っていたのは、白百合の髪飾りが特徴的な黒髪の少女『黒百合ナギ』。
このゲームを代表する、プレイヤーに直接語り掛けて来る系のヒロインがそこにいた。
*――――――*
使ってみてわかった事。
"ゲーム世界の設定を書き変える力"は決して万能な能力じゃなかった。
書き換えられるのは、ゲームのストーリー進行を著しく妨げないような設定だけ。このグロリアス♡ラブの舞台や世界観を変えることはできないし、キービジュアルが存在する主要キャラクターの外見やキャラ設定を書き変えることもできない。もちろん消すこともできなかった。
逆に、立ち絵のない設定が曖昧なキャラクターには設定を付与することができた。
私には『ゲームキャラでありながら画面の向こうにいるプレイヤーを認知している』という設定がある。その影響か、私はゲーム起動中のPC端末に保存されていた一部の個人情報を閲覧することができた。名前とか生年月日とかね。
以前までは行動に制限があったけど、思いのまま動ける今では可動域が大幅に広がっていた。以前、ケントくんの弟くんがこのゲームを起動したときには、彼の端末を経由してネットを閲覧することもできた。
ネットの海は恐ろしい。糸を垂らせば探せばどんな情報も釣り上げることができる。ケントくんの赤裸々な個人情報、家族構成、顔写真は直ぐに見つけられた。
それらを基にして、ゲーム内での彼らのビジュアルとキャラを設定した。
主人公にビジュアル設定が無くてよかった。ケントくん、自分の姿に驚いてくれたかな? ちょっとカッコよくモデリングしちゃったかもだけど……いやいや、そんなことないよね!カッコいいもんケントくん!
けど『妹がいる』設定だけは準拠しなきゃいけなかったから、弟くんにはTSしてもらった。まぁ、主人公の家族に関しては私が遊び心で設定しただけだし”実在する人物とは全く関係ありません”だからいいよね。フィクションだからセーフ。
ケントくんは遂にゲームを起動した。
私はすぐさま彼をゲームの中に招き入れた。
私はこのゲームの世界をできる限り、現実世界と遜色ないレベルまで近づけた。登場する全てのキャラクターは自分の意志で動くし、天気も四季も移り変わる。
この現実のようなゲームの世界で、私はケントくんを攻略する。
本当は他のヒロインを消しておきたかった。ライバルだから、邪魔だからって理由じゃない。彼女たちの思想が危険すぎるからだ。
設定を書き変えることができなかった以上、彼女たちの
ゲームの世界にも"死"は存在する。
ケントくんを死なせるなんて、そんなこと私が死んでもさせない。
私は目の前のインターホンを押す。同時に、このゲームに一種類しか存在しないインターホンの
私にはもう一つの設定がある。それは『主人公と中学時代からの親友』。この大きなアドバンテージ、使わない手はない。
フルダイブモードと偽って私はケントくんを招いた。彼はどうやってゲームを進めていけばいいのか分からず混乱しているかもしれない。だから、私がチュートリアルを務めよう。
扉が開かれ、ようやく彼と対面する。
「おはよっケントくん! うわぁー、すごい寝癖だね。もしかして寝起き? 私が直してあげよっか」
この日をどれだけ待ちわびたことか。嬉しくて思わず泣きそうになるが、私は平常心を保って、親友に挨拶をする。
私を出迎えてくれたケントくんはジャージ姿で寝癖が付いていた。
画面越しじゃない生ケントくん。しかも寝起きの姿。
だらしない姿もまたカッコいい。眼福ものだね!
脳と瞳に焼き付けるように
対するケントくんは私を見るなり目を見開いてドアの陰にサッと隠れた。
……あ、あれー? 思ってた反応と違う。
もっとこう「生ナギたんキタ! 生ナギたんキタこれ! 生で見るとホントに可愛いなぁナギたん! 」みたいな? ゲームキャラに会えて嬉しい!って反応してくれると思ってたのに。
何だかケントくん、懸賞金のかかった犯罪者と出会ってしまったみたいな反応なんだけど。
扉の影からこちらの様子を伺うケントくんの口から出たのは
「……お、お命だけは勘弁してもらえませんか?」
まさかの命乞い。
その時の私はすっかり忘れていた。
私のトンデモ設定『自分と主人公の恋路を邪魔するプレイヤーを両親の仇の如く怨んでいる』設定を。
あはは。
この設定考えた人間死んでくれないかなぁ。あはは。
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